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 王子様がいらっしゃるあの場所は、大きな公園の一角にあります。

 それも開園時間がしっかり決まっていて、夜間は外に警備付きで閉鎖される空間です。

 夜になると人目も気にせず王子様が寛がれるのはそういう理由だったりします。公園の周りを覆う結界が夜には強く働くのだとか。

 わたしは、それ以上詳しくは知りません。

 初めて王子様の所で休ませていただいた時に王子様が教えてくださったのはそれだけだからです。夜は公園から出られなくなるという事を。


 王子様の所から逃げたわたしですが、働いている結界故に公園を出ることはままなりません。

 鳥目過ぎて公園から安全に脱出できる気もしません……なんて思う間もなくですよ。


「落ち着いたか?」


 掛けられる声は低くて、少し甘い様な、優しい声でした。

 慰めに掛けられた言葉に、わたしは何と返せばいいか分かりません。ただただしゃっくりと嗚咽を繰り返すだけです。

 居心地悪く身を竦めていると、背を微かにですが硬い感触が滑って行きました。

 大人なのに、っていう羞恥心が、返って涙をにじませてしまいました。

 恥ずかしい、情けない。

 最初に涙を流したのとは違う理由で、今なお涙がこぼれます。

 ご迷惑おかけしてしまってすみません。

 そう言い逃げたい心境です。

「あの、もう」

 大丈夫ですから。

 そう言おうとするわたしの前に、すっと出てきたのは手。

 ごつごつと骨ばっていて、長い指。ひょっとしたら、わたしの身体よりも長いかもしれない硬い指が、すっと私の目元を撫でて、涙を拭って行きました。

 硬くて、冷たいその指が肌色ではない事は、鳥目のわたしでも判断がつきます。

 温かさを伴わないその色は、闇夜で濃くは見えるけれど、きっと青銅色。


 少し劣化した、銅像の色。


「涙は止まったみたいだな?」

 良かったと安堵して、彼は指に付いたわたしの涙を拭い去りました。

 いったい今何が起こったのか。

 状況の把握についていけないわたしの涙は、確かに止まってしまったようです。思考も著しく停滞していますけれど。

 見上げてみても、彼の表情は見えませんでした。ぼんやりと闇色とは違う塊が見えるだけです。

 思わず首を傾げると、ふわりとした浮遊感がわたしを襲いました。

 先程わたしの涙を拭ったのと同じ色の手が、わたしを載せたまま上昇しています。ゆっくりと、けれども確実に上へと登って行きました。

 相手の目鼻先までいざなわれて、やっと少しはまともに目が見えました。

「………………王子様?」

 少しぼんやりと見えるそのお顔に、サファイアの輝きはありません。お肌と同じ青銅色。小麦の様な金の輝きも一つもなくて。

 恐る恐る、でも気になって近づいてみれば、わたしの知る王子様とは似てはいても同じではありませんでした。

 手もそうですけど、顔もちょっとごつごつと骨ばっている感じで、髪型も似てるけど違います。

「そう呼ばれるのは随分と久しいな…いや、余は初めて呼ばれたのか」

 青銅色の目が少し細くなって、口元は弧を描いていらして。

 それは、わたしの知る王子様では見た事の無い笑顔で――、


「そなたの言う王子様とは、悪趣味な金箔像の事だろう?」


 大人の笑みの中に、いたずらを好む子供の様な笑顔が


「余は、あれのオリジナルが大人になった時に記念して造られた像だ」


 見え隠れしていました。






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