王像
時々姿を見せるようになったツバメに、どうやら余は気に入られたようだった。
それを妃が面白くなさそうに見ているのだが、たまにはいいだろうと思っている。大したことでもないケンカの度に家出する妻を自由にさせているのだから、このくらいの楽しみは認められてもいいはずだった。
とはいえ、余への嫉妬は半分もないのだろう。ツバメに対して思う所が多いらしい妃からの視線が刺さる。
気になるのならば素直になって話しかければ良いものを。
勿論、それが妃にはできない事は分かっていた。プライドが高いというよりは、対等であろうとする故に恩の売り買いが下手なのだ。
助けてもらった事に素直に礼をいう事はできても、受けた恩を返せない事に悩むのは昔からの事で、妃の美点だと余は認識している。
だが、そんな性格が根底にあるからだろう、妃は面識の薄い相手と打ち解けるのが苦手でもあった。
第一印象で失敗した自覚があるから余計にそうなっているに違いない。
間を取り持ってお膳立てする事は容易だが、そうするにしても自然な流れでもっていかねばならない。余から切り出すのは不可。
意を決した妃が話しかけるまで待つか、ツバメが妃について聞いてくるまでは待つ事にしよう。
夏が間近に迫っている今日この頃は、公園が閉園されてもまだ日が出ていて明るい。
それ故に、日没までの時間にツバメがよく遊びに来るようになっていた。
家族の話ばかりしていた出会ったころとは違い、最近は話題に王子像の事が上がる事が多い。どうやらツバメも王子像の性格を少しずつ把握してきたらしい。それなりに仲良くできているというのなら何よりだ。
「そういえば、でぇとってなんですか?」
「ん?」
「はじめてお会いした時に王様おっしゃってたじゃないですか。お妃様、でぇと中って」
余の腕に停まって尋ねるツバメは、知らない事を知りたいという知識欲故に問うているらしい。
言葉の意味を自分なりに考えたという様子が無いからこの場で発言したのか、妃が余とツバメの会話に聞き耳を立てている事が分からなくて言っているのか…。
…口止めをしておかなんだ余にも責任はあるか。
「教えてください」と語るきらきらする瞳を前に、答えないという選択肢は消えた。意味もなく「あー…」と言葉を濁して思考を働かせる時間を稼ぐ。
「デートは、下心を持つ男女が」
「したごこ…?」
分からない単語を反芻するツバメと、突き刺さる視線。
さらりとツバメが聞き逃せば問題の無かった余の言葉が、繰り返された事で周囲に殺気を満ちさせた。
まずいな。無知というのもあるが、清らか過ぎる。
さらっと告げて、妃へ少しばかり当てつけるつもりだったが、自分の首を絞めかねない状況に陥っていた。
これは場の空気をこれ以上濁さずに、ツバメに説明せねばならない。
「あーつまりだな…デートというのは……ツバメで言う所の、つがいかどうかを探す行動の一種だ」
「つがいっ!? でぇとしたら、つがいになれるのですか!?」
む。予想外に食いつかれた。
妃の方に気を取られていたのが敗因だろう。興奮気味に話題に食いつくツバメに余は頬の筋肉が引きつりそうになる。
「あくまで、人間で言う、だ。鳥は…オスがメスを求愛して、メスが受け入れたらつがいになる」
「きゅーあい?」
「つがいになってくれと乞う…お願いだな。種によって行動は違うが…餌をメスに貢いだり、巣を作ったり、自分が立派なオスだと着飾ったりして、自分が優れたオスである事アピールする。ツバメの求愛行動はなんだったか」
ツバメについての知識が無いわけではないが、寿命や主食について程度の生態知識ばかり。求愛行動についての知識は持ち合わせてはおらず、期待するツバメに応えてやることはできなかった。聞いているだろう妃の方も、会話をするきっかけに混ざってこないという事は求愛行動までは知らない様だ。
「アピール…………どうすれば、つがい…」
どうやらつがいを得ていない事はこのツバメにとってかなり重たい話題だったようだ。家族や王子像の話しかでなかったので、つがいに興味が無いのかと思っていたが、余の思い違いだったか。
しかしまた、困ったことに。
結局、ツバメの求愛行動が分からず落ち込んだツバメを励ましている間に、日が沈んでしまい、帰れなくなったツバメは泊まっていくことになった。
妃の視線は相変わらず痛いし、王子像の方も帰ってこぬツバメを案じているだろう。明日、事の顛末を聞いたあいつが怒って、余へと報復できない代わりにツバメに八つ当たるだろう光景が想像できてしまった。
…………きっと理不尽に責められるだろう。許せ、ツバメ。




