魔法使い
「なるほど、君はツバメが人間ほど長く生きられないってことを知っているんだ?」
「知っていると変ですか? 魔法使い様」
思わず関心の声を漏らせば、隣で食事中だったツバメが嚥下して顔を上げた。ベンチの上で食事中のツバメが私の隣に居る。
くちばしにくっついた肉片を苦笑しつつ取ってあげる。それをどうしようかと悩んだのは一瞬で、ぱかっと開いたツバメの口に放り込んでやった。
差し入れが気に入ってくれたのなら何よりだ、と私は思わず口元を緩めた。声に出したら話がずれるので、言いたいのを堪えておく。
因みに、今日の差し入れは魚の身をすり潰して蒸したもの。鶏肉を選ぶという失態は繰り返さない。
練り物、と分類されるそれを選んだのは、日持ちの良さと弾力の良さからだった。腐りにくく日持ちする物を選べば肉は干すか塩漬けしか思いつかない。干し肉は硬いからツバメひとりでは噛みきれないだろうし、塩漬けした肉を水で洗う器用さがあるとも思えなかったから除外した。その点、練り物は弾力は強いものの噛みきれないわけではないし、火を通しているので傷みにくい。王子に言われたままにチーズを用意するのは癪だったので、かなり辺境の国の調理法を調べた手作りの品だった。
「故郷に帰ってこれるのは2回くらいって」
父親に聞いたのは母親に聞いたのかは食事に励んでしまったので聞けなかった。
…普通は、1回帰ってこれただけでも優秀なんだけどね。
このツバメの両親はおろか、兄姉もここ1年の渡り間に失敗したのだと思われる。末仔がこうして生きている以上、現状血は絶えてはいない。が、次代につなげられるかはいささか疑問が残っていた。
成長が遅いんじゃなくて、おそらく成鳥としてこれでも成長は終わってるんだ。かなり成長不足だけど。
身の丈ですらこれだけ足りないというのなら、他の部分の成長が足りていないとは言い難い。
寿命云々然り、生殖能力然り。
このツバメはつがいを得ていない。というか、つがいの得方が分からないようだった。
…分からなければ他のツバメに聞く、という方法もあると思うんだけどね。
知っている事はいくつかある。けれども、知りたい事もまたいくつもあった。
「ひゃ」
ツバメが思わずあげた声に、私は首を傾げつつ視線を向けた。
ツバメが驚いた声をあげたのは、私の使い魔であるフクロウが飛んできたからなんだろう。タイミング的にそうとしか思えない。
丸まるようにして身を縮ませているのは、怖いと感じるせいなのだろうか。確かに、身体の小さいツバメに比べて、私の使い魔は3倍程の大きさがあるのだけれども。
私の使い魔の印である、私の魔力をまとった黒に近い灰色(墨色ともいうらしい)脚環には細く折りたたまれた紙が括り付けられていた。
手紙のようだ。急ぎの伝言でなくても、大抵は魔法でメッセージを伝えるのに、あえての手紙。面倒事の予感しかしない。
とりあえず手紙をフクロウから外した。手紙を括り付けられるなんて慣れていないからなのか、使い魔の表情は清々したと語っている。けれど、すぐに使い魔の興味は私の隣に居たツバメへと移った。
止めなさい。確かにサイズ的にネズミとも言えなくはないけれど、これば食べてはダメ。
声に出したら聞こえたツバメの方が怯えそうなので止めておいた。主従間にある意識のラインで伝えると、「えー?」とやや不満そうな返事が返ってくる。
知識で選ぶなら、鳥類の中ではやっぱりカラスなんだけどね。
夜目も効くという事で、私はフクロウを選んだ。鳥類の使い魔はフクロウで、他にも居るからね。
ただそれも、昔に比べれば少なくなってはしまったけれど。
国内最強、どころか、周辺国で最強だと呼ばれた全盛期の強さはもう残っていない。
譲り受けた力の大半を返してしまったからね。大分弱くなってしまった…それでも周辺国の魔法使いに侮られる程に堕ちてはいないけれど。
国に仕える気はもうないのだから、自衛できるだけの力が残っているのならもう充分だった。返す事が出来た魔力と違って、こちらの返還できなかった『ギフト』は私の中で今なお健在なのだから扱いに困ってしまう。
ご主人様、そいつ泣いてませんかー?
おやつではない事を認識したらしい使い魔の指摘で我に返ると、相変わらず身体を小さくしたままのツバメからは、「ひっく、ひっく」としゃっくりの音が聞こえていた。泣いたせいでしゃっくりが止まらないみたいだ。
「大丈夫だよ」
努めて優しく声を掛けて、怯えていたツバメを抱き上げた。
そんな私の姿に使い魔がありえないものでも見るような視線を向けたけれど、今は無視しておこう。勿論、帰ったらお仕置きだ。
「私の使い魔で驚かせてしまったのならすまない」
「…つ、かい、ま?」
「ああ。ほら、脚環があるだろう? これが私の使い魔である印なんだ」
恐る恐るといった様子で私の使い魔へと視線を向けたツバメは、脚環を確認したからか、コクリと小さく頷いた。
「脚環、が、あると、使い魔の印、なんですか?」
そんな風に言うのは、きっと自分の脚にデザインは違うものの、脚環があるせいなのだろう。
「使い魔となる動物と契約する時に付ける道具の一例だよ。鳥類の場合は脚環が一般的だけど」
「契約」
ぽつりと呟いて、ツバメはしばらく黙り込んで。
「契約ってどうするんですか?」
悩んだ末に何だろうけれど、そう尋ねてきた。
一般的な契約法をかなり噛み砕いて説明する事5分。
「わたし、したことありません」
私の説明を理解した上で、ツバメは首を傾げながら自分の脚にある脚環を見つめていた。
やっぱりツバメ自身には契約した記憶がないみたいだ。
まじまじと見ようとしたためか、脚をあげていたツバメは、バランスを崩してころりと転がってしまった。
「したことありません」
私の目の前で転んだ事が恥ずかしかったのか、ふくれっ面で言葉を繰り返していた。睨みつけたところで脚環が怯む事などないというのに、ツバメは真面目に睨んでいる。
ああ、可愛い。うちの使い魔達にはいないタイプだ。
転んで座り込んだまま、親の仇のように脚環をつついている姿を見せられたら誰だって笑ってしまうはず。
さっきまで泣いていたのが嘘のような感情の切り替えの早さはまるで子供。
そんなツバメの姿に癒されていたけれど、聞こえてきた咳払いに現実に戻らざるえなくなってしまった。
使い魔が、早く手紙を読めとせっついてくる。
気乗りしないが手紙を開けば、やはり歓迎しない内容が書き記されていた。
弟子が色々とやらかしているらしい。
そう長く不在にしてるわけでもないのに責任者として出て来いと召集令状がくる程。
詳しい事が書かれていないのは書く暇が無かったのか書けない事なのか…考えたくもなかった。
とりあえずこれ以上の長居は無理そうだ。
「悪いけど私はこれで失礼するよ」
「帰られるのですか?」
さよーならです。ゴハン、ありがとうございました。あと、タオルも。
礼儀正しくお礼を続けるツバメに頷き去りかけ、聞き忘れていた事を思い出した。
けれど、全部を聞いていく時間は残っていない。
ここはひとつ、一番気になっていた事を聞いておこう。ツバメの外見からは判断がつかなかった事だ。一人称も、自分がそうだから「わたし」と呼ぶだけでは判断がつかない。
「聞きたかったんだけど、君は男の子? 女の子?」
結果、今日一番、ツバメの涙腺崩壊を拝む羽目になってしまった……。




