6
本日数話投稿予定。
ただいまかえりました、と珍しく着地を成功させたツバメは俺が無反応でいると小首を傾げて、もう一度ただいまの挨拶を繰り返した。
どうやら聞こえなかったと考えたらしい。
素知らぬふりでツバメと正反対の方向へ顔を向けていれば、首を傾げたままのツバメがとことことこちらへと歩いてくるのが横目に見えた。
暗くともエメラルドくらいはツバメでも見えるだろうから、ツバメを窺っているとばれないように向ける視線は不自然にならないよう努めている。
微かな物音に混じって時折コツン、と音がするのは、脚環が地面にぶつかった音のようだった。
「王子様、寝ていらっしゃるのですか…?」
確認のつもりなのだろうか、問うているはずのツバメの声は小さい。眠っているのなら睡眠を妨げないようにと気遣いを含んでいる。
思えば、ツバメは最初から腰の低いやつだった。
――少しだけ端っこで休ませていただいても良いでしょうか?――
そう言ってここに転がり込んできた時から、ツバメは必ず檻の端に転がるか滑り込むか着地するかする。
普通の銅像じゃないのは確かだが、心はあっても身体は無機物だ。生物じゃない。それなのにツバメは俺をそこらの木の枝扱いして停まったりはしない。近づくにしても一々伺いを立てるような性格だ。
控え目だと言えば確かにそうだが、成鳥であるはずなのに小さすぎる身体も相まって、こいつ生きていけるのかとこっちが心配になるくらいだ。実際、渡りも経て、よく今まで生き延びてきたという事に関しては感心している。
顔を動かして視線を向ければ、夜目が効かない割にも俺がツバメに気付いた事を察したようだった。ホッとしたツバメの表情がエメラルドから青銅へ、その中のどこかにある俺の思考へと送られる。昼夜の明暗に何ら不自由を感じない仕様だから、ツバメの表情の変化を見逃す事など起きはしない。
変化の殆どない公園内を見るしかない、無駄な視力だと長年思っていたが、最近は無駄ではないと思う様になった。
その視力が、ホッとした表情が徐々に薄れていくツバメの姿を捉え続けていた。
困惑が安堵の表情に混じり、次第には打ち勝っていく。
しかし打ち勝った困惑もすぐに別の感情に打ち負かされたようだった。
浮かんできたのは悲哀か、とツバメの表情について考察していた所で、ツバメが負の感情になったのは、俺が沈黙していたせいかもしれないという可能性に思い至った。
それは単なる予想でしかなかったが、ツバメが無言で隅へと移動し始めた事でそれが正解ではと確証が募る。
どうにかしなければ。
そればかりが思考を巡るが、具体的な案は何も出てはこなかった。
すでにツバメは移動し始めていて、台座から離れられない俺が不恰好な格好で手を伸ばしても引き止められる距離は過ぎていた。手にある杖をも活用すれば、まだ届く距離ではあるが、乱雑な扱いになるのは否めない。下手したら傷つけそうだ。
そんな事になるよりは話しかけてツバメを引き戻すべき。それが最良。
「お前」
基本的にツバメの就寝は早い。
話しかける大義名分を考えているうちにツバメが寝てしまうかもしれない。
そう思って咄嗟に呼びかけたが、考えなしに呼びかけた後にアドリブが効く程俺は器用じゃない。
結果、沈黙。
「…なんでしょう?」
それでもツバメは足を止め、身体を向き直って尋ねてきた。
身長差があるから毎度の事当然ながらの上目使い。表情からは悲哀は薄れており、純粋に呼ばれた事を不思議がっていた。小首をこてんと傾げる仕草まで付いていて、随分とサービスが良い。ツバメ自身にサービスなどと言う認識はないだろうが。
そんな事を考えていて、また口が留守になる。
ツバメの関心を引かねばと話題を考えていたはずなのに。
「…王子様?」
不信を感じたのか、呼びかけて視線を落としたツバメは、そのままちょこちょこと歩いて俺の方へと近づいてきた。
奇跡が起きている。
窺いもせずに、俺が許可したわけでもないのにツバメの方から近づいてきた。
驚きよりも喜びの方が相当大きいのだが、そこは根性で表情に出るのを誤魔化した。だらしなく垂れ下がろうとする頬肉を引きしめつつ、視線だけはツバメに釘づける。凝視するくらいは良いだろう。
「これ、かごですか? 魔法使い様、置いていかれたんですか?」
見えないながらに何かあるのだと探りに来たのが近づいた理由らしかった。
ツバメはバスケットをしげしげと見上げている。
「食べものとタオルがあるからと置いていった」
「………ササミですか??」
見上げる瞳が涙で潤み始めているツバメの姿に、ここは意地悪をするところでも焦らすところでもないだろうと首を横に振って否定した。ササミに関しては魔法使いに持ち帰らせている。
「果物と木の実だ。腐らせないように食え。ただしここで食い散らかすなよ」
「貰ってしまっていいんですか?」
「俺は食わん」
「ありがとうございます」
鶏肉は無いのだと分かった時の心底安堵した表情から、食わせる前に気付くべきだったと悔やんだ。同じ種ではないが、鳥類の肉を食べたというのは衝撃的な事だったのだろう。
一度飛び上がってバスケットの縁に停まったツバメだったが、そう間もなくバスケットの中へと転がり落ちていった。バランスが保てなかったらしい。
どんくさい。
「………これが、タオルですか?」
どんな果物や木の実があるのかと嬉々として確認した後に、ツバメが尋ねてきた。綺麗に畳まれてバスケットの隅に詰められていたタオルが食べものではないとちゃんと理解できているらしい。
「これ、どうするんですか?」
「人間は水分を拭うのに使うが、魔法使いはお前のベッドのつもりで持って来た。…そう使えばいい」
人工物についての知識が乏しいらしいツバメにタオルの説明をした。食べ物が入っていて用途の分かりやすかったバスケットとは違い、タオルは何に使うのか想像が出来なかったらしい。
上等なものを用意した所為か、柔らかな生地にツバメは足を取られて、転んでいた。
「ふふふ」
転んだ後にそんな笑い声が聞こえてきたので、痛みは感じなかったらしい。
「王子様。魔法使い様は明日もいらっしゃるのですか?」
お礼を言いたいのです――とツバメがあまりにも嬉しそうに言うものだから、
「さあ、元々滅多に来ないからな。仮に来たとしても俺が同席を許すかどうかは別物だが」
つい憎まれ口が飛び出してしまったのだった。




