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07 優しい魔術師

 ◆・◆・◆


 ――さすがに大魔術師に挑もうという方はいらっしゃらないでしょうね。……ですが、利用される場合もあるのですよ、私のように。

 ソイルさんの言葉は真実だったと、言わざるをえないだろう。


 次々と王宮から辞していく薬師たち、

 そして一方で噂にのぼる“庶民相手に治療する薬師”のわたし。


 冷徹と言われる王宮魔術師のヴェイド・フロディス、

 そして彼が大事にする娘のわたし。


 この先を考えるのは、実に簡単よね。

 でもまさか、こんな風にきっちりと型にはめられようとしているとは、夢にも思わなかったわたしである。今現在、わたしはしぶしぶ顔のヴェイドさんに連れられて、再び王宮へと来ていた。

 他でもない、ヴェイドさんの屋敷に“王宮からの遣い”だと言って、オルディスさんが来たからだ。でも、彼がやってきたことに驚いていたのは、わたしだけだった。ヴェイドさんは「やっぱりか」と、うんざり顔で見知った顔を眺めていた。


『王宮の使者だなんて、オルディスさんってば、治安局の局長じゃなかったの?』

『そうなんだが、俺は現王陛下の弟だからなあ』

『え……、ええええーっ!?』

『悪いことをしたな、嬢ちゃん。俺ぁ、こういう時にこきつかわれちまうんだよ』


 この展開には、本当に度肝を抜かれたわ。

 ちなみに、かつては六番目の王子だったらしいオルディスさん。それだけでなく、彼の従妹が国王陛下の第一王妃なのだという意外な事実を知った。言われてみれば、オルディスとレオディス、うーん似てるわね。

 でも、こういうのって卑怯な話よね。

 依頼は断るつもりだったわたし達だったが、まさか知り合いが使者として訪ねてきたら、追い返すわけにもいかなかった。オルディスさんは困った顔で、“無免許薬師”のわたしを見おろした。


『まさか王宮にバレちまうとはなあ。嬢ちゃん、お前さんには気の毒な話だが……』

『どこからバレちゃったの?』

『少なくともうちの局じゃないだろうな』


 いったいどこから漏れたのだろう。市井の人たちには結構、綿密に口止めしてきたということもあり、それだけが不思議だった。まあばれてしまったら仕方のない話だ。

『俺の顔を立てるためにも頼む』だなんて言われてしまっては、もうわたしは用意された型に納まるしかなかったのだ。




 そしていま、わたしとヴェイドさんはソイルさんの執務室に居る。この話の流れでは、どう考えても冷戦状態に見える二人に、わたしは背筋が冷える思いだった。

「宰相殿、あの書状はどういうつもりだ」

 案の定、ヴェイドさんの声音は冷え切っていた。その表情は意外なほど無表情で、今まで見たこともないぐらい冷たい顔をしている。

 対するソイルさんは臆した様子もみせず、「だから忠告したのです」と言った。

「あなたは国をあまく考えすぎだ。能力のある者を放っておくわけがないでしょう。それほど隠したいと思ったのなら、いっそ屋敷の奥にでも閉じ込めておくべきです」

「言ってくれるね」

 ヴェイドさんは冷ややかに笑った。

「誰のお蔭でこの国が栄えたと思うんだ? 北の土地で花の都だなどと馬鹿らしい、これだから人間は嫌いなんだ。リスタブルードの息子の代で早々に見捨てておくべきだったか。それともきみ達は、ぼくがいつでもこの国を見限れると分かってないのか?」

「それでも、建国からずっと王室を見守ってきたあなただ。思うところはあるのでしょう?」

 脈々と連なる国王たちは、すべてあなたの息子のようなものだから。そう言って悠久を生きる魔術師を見すえた彼に、ヴェイドさんは黙り込んだ。

 ソイルさんの話では、ヴェイドさんと初代国王リスタブルードは、もともと知己の仲だったようだ。彼が老いて亡くなった後も、ヴェイドさんは魔術師として彼の子孫を見守ってきたのだという。だから現王といえど、ヴェイドさんにとってはただの子ども同然で、ヴェイドさんを縛ることはできなかった。

 本当はいつ王宮魔術師を辞めてもよかったのだというところに、のこのこやって来たのがわたしで、まさかわたしが彼を王宮に縛り付ける原因になろうとは。

 ただの居候なんてそれこそ捨て置いても良かったのに、水の魔術師は人が言うほど冷酷ではないのだ。わたしは彼が、『フィオナを引き取ったのは本当に間違いだった』と言い切らなかったことに少しだけ救われる思いだった。

「フィオナさん」

 突然かかった声に、わたしははっと我にかえった。ソイルさんがわたしを見ている。

「は、はい……」

「彼のことを、頼みます」

 え?

 わたしが問い返す間もなく、ソイルさんは自分の執務室から出て行ってしまった。残されたわたしは、隣で色のない表情で立ち尽くすヴェイドさんを見あげた。

 ――彼のことを、頼みます。

 普通、逆ではないのかしら。

 あの宰相様の思惑は、わたしには分からなかった。






 その後のヴェイドさんは、当然だけど機嫌が悪かった。

 その一方で、彼の仕事は非常にうまくいっていた。ド素人の身ではあるが、ようやくレオディス殿下の治療にあたれる薬師モドキが見つかったのだから。

 まあ、その薬師モドキというのはわたしのことね。

「きみがこういった場面で素晴らしい能力を発揮するのは分かっていた」

 ヴェイドさんはとても不機嫌そうに言った。

 その目の前ではわたしが煎じた薬草が、ヴェイドさんの治癒術と合わさって、まぶしすぎるほどの光を帯びていた。治癒術師と薬師。それぞれ個人でも十分に需要のある職業だったが、このふたつの職が連携することでより強い効果の治療が行えることは、現代ではよく知られた事実だった。わたしはとくに魔力持ちの薬師モドキだから、より質の高い仕事ができることは明白だった。

「ヴェイドさん、怒ってるのね」

「常々怒ったことがないとぼくは言っていたけど、今回ばかりは言ってやる。怒ってるよ」

 彼は言動のわりに悲しそうな顔をしていた。

「ぼくは結局、ルードの子孫を見捨てられないんだ。時期をみてどこかに隠居しようと思っていたけど、こうしてずるずると三百年も経ってしまった。自由の身だと思ってたのはぼくだけだったんだよ」

 彼は気の毒なぐらい、打ちひしがれていた。

 ヴェイドさんは結局のところ、リスタブルードの子孫が気になるのだった。普段の我がままぶりが隠れてしまうほど落ち込んでいる彼を見て、わたしは思った。

 彼は我がままで好き勝手で、ときどき冷酷なのに。

 やはり人を見捨てることができない、とても優しい魔術師なのだと。



 ◆・◆・◆



 レオディス王子の容態は、少しずつだが回復に向かっているようだ。

 やがて意識を取り戻した王子だったが、首もとの痛々しい呪印は未だにそのままだった。こればかりは治癒術と薬草で誤魔化しても解決には至らない。

「呪い、闇、生命、放出、混沌、再生、神……うーん……」

 彼に与えられている執務室で、ヴェイドさんは以前、わたしが書き記した単語を読みあげていた。レオディス王子の呪印から読み取れる単語は、それだけだ。闇魔術にはあまり詳しくないというヴェイドさんは、魔術書を片手にうなっていた。

「この羅列の意味が分からないな。図形の構成的には“捕縛陣”に似ているんだけど、性質そのものを見れば“洗脳術”に近い……まったく新しい術式ということか? でもなあ」

 そんなふうにぶつぶつと呟きながら、彼はやがて銀色の髪をわしゃわしゃとかき乱した。

「ああもう、ダルガディスもやっかいな術式を残してくれたもんだ! よっぽど意味不明な呪文でも残してくれたほうが楽だった!」

 相当いきづまっているようだ。

 ダルガディスというのは、闇の大魔術師と呼ばれる残虐非道な人物のことだった。

 いまは逃亡してどこに居るのかわからないが、以前、クレマン伯爵の屋敷で精霊を集め、なにかの実験を繰り返していたことは分かっていた。わたしも屋敷に捕まって酷い扱いを受けていたため、そんな彼を文字通り間近で見ていたわたしだったが、やはり彼が何の意図を持っていたのかまでは分からない。ひとつ分かることは、彼は半精霊のわたしを使って魔力の量を測っていた。

「ねえ、ヴェイドさん。半精霊だと魔力量の回復っていうのは早いのかしら」

「いきなりなに、いま忙しいんだよ」

 苛々した様子で彼はわたしを一瞥した。

「お願い、質問の答えを教えて」

「……半精霊だと魔力はだいたい一晩で回復する」

 彼はしぶしぶ私にそう返した。

「きみの話をしてるのかい?」

「そうよ」

 察しのいい彼は、わたしがなにを考えているのか理解したようだ。

「闇の魔術師のことは無理に思い出さなくていい。こういう魔術がらみの件はぼくに任せておくんだ」

「でもわたしも何か力になれるはずだわ。呪いの解読が進まないんでしょう? あの魔術師を一番近くで見ていたのはわたしなのよ」

 わたしは、一度覚えたことは忘れない。

 だがそれも普通の日常での話だ。わたしは未だに、母親とともに捕まっていたときのことを思い出すと、平静ではいられなくなる。それが心の傷なのだとヴェイドさんは言っていた。

 それでも構わないと、わたしは考えていた。彼の仕事を手伝いたいという気持ちは変わっていない。できることなら、空位であるという彼の補佐官になりたかった。

「協力したいという気持ちはわかった。それには感謝するよ。でも、そのために傷つこうとするのはやめなさい」

「それぐらい、わたし大丈夫よ」

「ぼくが大丈夫じゃない」

 わたしの言葉をさえぎるようにヴェイドさんは言った。彼はわたしを見ながら顔をしかめていた。

「せめて幸せになってくれればと思うのに、どうしてきみはこうなんだろうな」

 傷つくとわかっていて飛び込もうとする。

 彼の言いたいことが分からないでもなかったが、わたしは気がつけば言い返していた。

「わたしの幸せって、なんだと思う? ヴェイドさん」

 あなたの傍にいたい、そう思ってはいけないの?

 せめて役に立ちたいのだ。いつかは彼の屋敷だって、掃除をし終えてしまうだろう。じゃあ、そこからわたしはどうしたらいいの? せっかく魔術師に向いていると言われても、それを彼のために役立てることはいけないことなの?

 そして彼が言い放った言葉を聞いて、わたしは部屋から飛び出した。

「少なくとも、この王宮にはない」

 ぼくの傍にはない、そう言われたような気がして、すごく悲しかった。

 ヴェイドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿……!



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