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06 アレイストとレオディス

 わたしの発言は結構な爆弾発言だったらしい。あれからすぐ、わたしはヴェイドさんとアレクに、人気のない部屋に連れて行かれた。

「フィオナ、魔力の気配が識別できるのかい?」

「うーん」

 わたしはしばらく考えこんだ。

「証拠はって言われても困るけど、なんとなく、この人の魔力はこんな気配だって分かるわ」

 例えばヴェイドさんの魔力なら、優しくて温かい、水に包み込まれるような気配がする。それはきっとわたしの半分が精霊だからなのだろう。普通の人とは違う感覚が身についている。

 だがいまの彼は、かすかに冷たく腐敗したような香りをまとっている。それはいつか、わたしの父親――クレマン伯爵の屋敷でわたしを酷く扱った、闇の魔術師のものとよく似ていた。

「ヴェイドさん、あなたレオディス殿下のところで何をしていたの?」

 治療をしていたわけじゃないの?

 そう訊ねると、ヴェイドさんは険しい顔になっていた。

「フィオナ。きみに一度、レオディス王子を見せたい」

 わたしは黙って、青紫の瞳を見つめ返した。




 第二王子のレオディス殿下が病に伏せっているというのは、兼がね噂には聞いていた。

 もともと体が弱かったというレオディス王子は、流行り病にかかったことがきっかけで体調を崩しているのだという話だった。ただでさえ繊細な貴族という人種なのだし、ましてや彼の生活圏はわたしが疲れ切るほどのストレス過多な場所だ。よくある話なのだろう。

 だからわたしも、事態はそれほど深刻なものではないと思っていた。

「ひどい……」

 問題の王子を前に、わたしは思わず顔をしかめた。

「やっぱりフィオナには何か見えるのか」

 隣のヴェイドさんは、顎に手をあてながらわたしの反応を見ていた。アレクはなにも言わず弟王子を見おろしている。

 レオディス王子の首もとには、見ているのも痛々しい、黒くよどんだ魔法陣が刻まれていたのだ。そして、そこから滲み出る魔力は、間違いなくあの闇の魔術師のものだった。

「実のところ、ぼくには彼の首もとには痣があるようにしか見えないんだ」

「僕にもそう見えるな」

 二人は言ったが、すぐには信じられなかった。

「こんなにくっきりと見えるのに?」

 目をそらしたくなるほど、レオディス王子の顔は苦痛にゆがんでいた。

 今朝まで意識があったという彼だが、いまはこちらの呼びかけには全く反応しない。ソイルさんがヴェイドさんを呼び戻したのは、そのためだったのだ。

「おそらく、きみは半分精霊の血が流れているから、普通は見えないものも見えるんだろう」

 ヴェイドさんはわたしの瞳を見た。

 半分が精霊というわたしには、真実を見ぬく力が備わることがあるようだ。そして、

「魔法陣には何て描いてあるかわかるかい?」

 と、当然のことのようにヴェイドさんが言うものだから、わたしは彼をにらみつけた。

「もう、わたしに読めるわけがないじゃない」

 魔術もろくに習っていないわたしが、いきなり魔法陣を読みといたらそれこそ奇跡よ。それでなくとも問題の魔法陣は黒くよどみすぎていて、書かれた文字までは読み取れない。

 かろうじて形の分かる文字らしきものを羊皮紙に書き起こしてみると、ヴェイドさんはそれを手に深く考えこんでしまった。

「何かわかるのか?」

「うーん、事態はやっぱり深刻だったなあ。案の定、呪印だよ」

 緊迫感のない声で、ヴェイドさんは言った。




 呪印、というのは闇の魔術に分類される封印術のひとつだった。

 リスタシア――というよりも、聖地カルクトに本部を置く魔術師協会では、一般的に闇魔術は禁術として扱われ、その使用は固く禁じられていた。過去にクレマン伯爵という男が、禁術使用の罪で監獄送りになっていることからもその罰則の厳しさは見て取れる。

 その闇魔術がなぜ、リスタシアの王子にかけられているのだろう。そうすることで、なんの利益があるというのか。

 わたしの疑問は、アレクが答えてくれた。

「たぶん、王位継承に関わるのだと思う」

「王位継承?」

 アレクの私室に通されたわたしとヴェイドさんは、お茶を囲みながら座っていた。

 わたしは彼に訊ね返した。

「次の国王には、アレクがなるんじゃないの?」

 アレイスト王子は、リスタシアの第一王子なのだ。普通に考えれば順当に彼が王位継承者ということになるが、違うのだろうか。

「王族の世界はそう簡単じゃないんだよ、フィオナ」

 アレクはそう言って微笑みながら、わたしの髪をなでた。

「レオディスの母親は父……レストバードの、第一王妃なんだ。身分的に第二王妃の僕の母よりも、レオディスの母親のほうが上位でね」

 もともとは公爵家の娘であった弟殿下の母君。

 第一王妃である彼女は、リスタシア王族の血縁でもあり、過去に高官を何人も送り出しているという名家の出身である。その母のもとに生まれたレオディス殿下は、後ろ盾が強いのだとアレクは言った。

「だから僕は長子だけど、順番的には二番手なのさ。だが僕の母の血縁には宗教的に名の通った司教がいるらしくてね。そっち関係の人たちから勝手に支持されているというわけ」

「王政に宗教が関わってもいいの?」

 それはあんまり良いことでは無いんじゃなかろうか。思わず心配になったわたしだが、もちろんだよ、とアレクは言った。

「政治と宗教は深くかかわるべきではないね。お互いに影響し合うぐらいがちょうどいい」

 彼は淡々とした顔でお茶を飲んだ。

「もちろん、そういった国があるのも知っているさ。例えば隣国ヴァレリオルは王政でありながら宗教国家とも言えるけど、うまく折り合いをつけながら国として成り立っている」

「ヴァレリオルねえ……、あの国はどうも好かないな」

 ヴェイドさんは難しい顔をしていた。

 海峡を隔てた東側にあるヴァレリオル王国は、同じサークレシア大陸にあるにも関わらず、リスタシアとは国の在り方がまったく異なると聞く。宗教柄か、魔術がさほど発達していないあの国では、ヴェイドさんのような魔術師は生きにくいのだろう。

「遠い外国のことはともかく、いまはレオディス殿下のことでしょう?」

 わたしは話を戻した。

「つまりアレクを次期国王にと考える人たちが、今回の事の発端になった可能性があるってことなのね」

 わたしは、レオディス王子にかけられた呪印を思いうかべた。

 苦しそうだった。見ているだけでも痛々しいと思えるあの呪いは、本人にどれほどの苦痛を与えているのだろう。人間がやったとは思えない、とても罪深いことにわたしは思えた。

 もともと仲のよい兄弟だったという、アレイストとレオディス。

 アレクは彼の姿を見て、どれほど傷ついたことだろうか。



 ◆・◆・◆



 フロディス邸に王宮から書簡が届いたのは、それから数日と経たない朝だった。

「すみれ通り、フローディスさーんっ。配達でーっす」

 玄関先で、間延びした声の“配達鳥”の声がした。リスタシアではしゃべる大きな鳥が荷物を運ぶのだ。

「フィオナ、外に配達鳥が着てるみたいだよ」

 ヴェイドさんは食堂で“簡単呪い入門 第五巻”に目を落としながら、わたしに言った。取りに行けということらしい。わたしはお皿を洗う手を止めて、彼に振り返った。

「ヴェイドさんが行けばいいじゃない」

「ぼくは仕事中なの」

「本を読んでるだけでしょう?」

「あのー、フローディースさーん?」

「ぼくはいま呪いについて調べてるんだ。あんまり黒魔術に詳しくないからね、これも立派な仕事のうちだ」

 彼は本をひらひらと振ってみせた。

「わたしだって家事の途中なのよ、忙しいんです」

「ぼくだって忙しいよ、国が関わるぐらいにはね」

「フローディスさーん、いらっしゃらないんですかー?」

「でもヴェイドさん、その本、昨日は『なんか仕事面倒だし、ぜんぶ見なかったことにして燃やしちゃおうかな』とか言ってませんでした? しかもそれ、本当は趣味で読んでるだけでしょう?」

「まさかそんなわけがないよ」

 冗談っぽく言うヴェイドさんだったが、わたしは知っていた。その魔術書、中身は別の本だって。

 その中身は、彼が趣味で購入している、最新魔術情報が長々と述べられた魔術雑誌だ。レオディス殿下のことに真面目に取り組んでいるかと思えば、彼はこの調子だった。

「わたしも薬師の真似事をしてから、見分けがつくようになりました。ヴェイドさん、あなた仕事の書類を読んでるときは嫌そうな顔しているもの。ほら、最新型の魔導具なんてどうでもいいでしょう?」

 わたしがヴェイドさんの手から“雑誌”を奪い取ると、「昨日届いたばかりなのに」だとか何とか、彼はぶつぶつと文句をたれた。

「早く、玄関に、出てください!」

「仕方ないなぁ……」

 彼はようやく重い腰をあげた。

「フ、ロ、ディ、ス、さーーん!」

「はいはい、いま出ますよ」


 それから戻ってきたヴェイドさんが手にしていたのは、一通の手紙だった。

 彼はわたしの目の前にそれを突き出した。

「きみ宛てだ」

 ヴェイドさんの顔は複雑そうにゆがんでいた。なんなのよもう。おもむろに手紙を受け取ったわたしは、それをひっくり返し、

「ええっ!? ヴェイドさん、これって」

「どうみても国王の紋章だね」

 淡々とした声で彼は言った。

 驚いたことに、手紙の封筒の裏には、リスタシア王族の紋章で蝋封がされていたのだ。

「国王陛下が、なんでわたしに手紙なんて……」

 まさか“謎の薬師”がわたしだとバレてしまったのだろうか。わたしは震えあがった。そうなったら、どんな刑に処されるかわからない。

 でもそれにしては手紙が一通というのも、おかしな話だった。おそるおそる封を切ってみると、入っていたのは依頼書のようだった。

「ええと偉大なる水の魔術師の弟子、フィオナ殿、上の者、薬師として王宮に登城されるよう――」


 えっ?


「なるほど、じゃあ断りなさい」

 そこまで聞いたヴェイドさんは、素早くわたしから書状を奪い取り、細切れにして破り捨てた。

「あ、ちょっと何をするのよ」

 紙くずと化した書状を、精霊たちがくずカゴに運んでいくのを見ながら、わたしはヴェイドさんに言い返した。

「断れるわけがないじゃない、相手は国王陛下よヴェイドさん。この国の王様!」

「相手はきみがぼくの弟子だと思っている。それならいかな王族といえど関係ない、断りなさい」

「無理に決まってるじゃない」

「ふーん。なら、きみは薬師の免許ももたない身分で、国王陛下からの依頼を受けるのかい? ああ、なんて身に余るお話だろうね。しくじったらどうなることやら」

 ヴェイドさんはなじるように言った。うっ、お腹がいたい……。

 彼の言うことはもっともだった。

 わたしはただ、独学で魔術薬を作っていただけで、免許も持たなければまともに魔術の勉強もしたことのない、多少魔力の強いド素人なのだ。

「断るのと失敗するの、どっちが処罰が軽いかなぁ」と、しれっとした顔で言う彼を横目に、わたしはいっそ、目をまわして気絶でもしたかった。

 だって国王陛下なのよ?

 放浪癖のある王子殿下とちょっと親しくなるのとでは訳が違うのだ。簡単に約束できる相手でも、断れる相手でもない。薬師の真似事なんてやるんじゃなかったと、いまさら後悔しても遅かった。


 そして依頼は断るという方向で決まったフロディス家に、王宮からの使いがやって来たのは、その日の夕刻のことだった。




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