04 説得と会話
フロディスを説得して欲しいんだ。次から次へと薬師を辞めさせるのを“やめろ”ってね。
とはいっても、どう説得したものだろう。
屋敷にもどったわたしは、アレクからの頼みごとに、どう対応したものかと考えあぐねていた。
ひとつ失敗したなと思ったのは、どうしてヴェイドさんが薬師を辞めさせようとしたのか、アレクに聞きそびれてしまったことだ。ヴェイドさんは皮肉っぽくて嫌な人間かもしれないけど、何の利益もなしに酷い真似をするような魔術師ではなかった。
ぼんやりと考え込んでいると、ふ、と彼の魔力が濃くなった。
「ただいま、フィオナ」
後ろから抱きすくめられる形で、ヴェイドさんはいきなり現れた。彼の青紫の瞳がわたしの顔をのぞきこんでいる。突然現れるのはもう慣れちゃったわ。
「おかえりなさい」
「……なんだか今日はやけに普通だね。ぼくはいま、屋敷が無事でがっかりしてるところなんだけど」
「失礼ね、わたしはいつでも普通です」
まったく、この人はなにを期待しているのよ。
そして質素な晩餐が終わったあと、わたしはおもむろに切りだした。
「ちょっといいかしら」
「なに?」
彼は食堂の椅子に行儀わるく腰掛けながら、紅茶を飲みつつ魔術書を読んでいるところだった。背表紙に“簡単呪い入門”という一文が見え、いったいなにを読んでるのよこの人は……と、無性に突っ込みを入れたくなった。
わたしはお皿を片付けながら言った。
「ねえあなた。最近、仕事のほうはうまくいってるの?」
「ぶっ」
なぜか彼は飲みかけのお茶を噴き出した。
ちょっと汚いじゃない。わたしは顔をしかめながら口を継いだ。
「悩んでることとか、あるんじゃない。同僚の人たちとは上手くいっているの? わたしには何でも悩みを言っていいのよ」
「ちょっと待ってフィオナ。なんでぼくらはいきなり夫婦の会話みたいなことしてるんだ?」
「夫婦ってこういう会話をするの?」
わたしはきょとんと、彼の顔を見あげた。
「まあ、アンディーナの教育方針なんて知らないが……」と、彼は苦い顔で本を置いた。「今度はいったいなにを企んでいるの」
「別に、なにも企んじゃいないわよ」
魔術薬の件で懲りたもの。
わたしは単純に、彼に悩みがあるんじゃないかと思っただけだ。でなければ王宮付きの薬師を辞めさせる理由がみつからないし、よくよく考えてみれば、わたしはそんなに彼のことを知っているわけじゃなかったのだ。
そんなわたしをよそに、ヴェイドさんは目をすがめながらわたしに言った。
「じゃあ教えてあげよう。ぼくの仕事は順風満帆そのものだし、目下の悩みは、フィオナがどうやったら何もやらかさなくなるかだ」
「あらそう」
「何か今日は調子が狂うな……」
彼は困った顔でまた本を開きかけた。わたしはそれを眺めながら「ちょっと噂を聞いたのよ」と、空になっているカップにお茶を注いだ。
「ヴェイドさん、王宮の薬師さんたちを次々クビにしてるんですって? そういうのは良くないんじゃないかと思って」
「誰から聞いたの」
彼は“簡単呪い入門”から目を離し、わたしを睨んだ。
「それは秘密よ。言ったら怒るじゃない」
「まあどうせ、きみの交友関係なんてあらかた分かってるけどね」と、彼はため息をついた。
だったら聞かないでよね。
「残念だが、その噂は嘘っぱちだ。薬師が辞めてくのは本当だけど、ぼくがクビにしたわけじゃない」
「じゃあなんで辞めるの?」
「あくまでもぼくを疑うんだね、フィオナ。いますごく傷ついたよ」
悲しそうな顔をされては、わたしも引き下がるしかなかった。アレクからちゃんと事情を聞いておけばと、またしても後悔していた。
「頭から疑ったのは悪かったわ……。でも、ヴェイドさんのせいじゃないにしても、何か原因があるんじゃないの?」
「さあね。あったとしても、きみには関係の無い話だよ」
再び彼は、本を読みふけった。
この話はこれで打ち止めになってしまった。
◆・◆・◆
見知らぬ訪問者がやってきたのは、それから数日後のことだった。
屋敷の扉を叩く音が聞こえたため、わたしは急いで玄関にかけつけた。扉を開いた先に居たのは、三〇歳ぐらいの男の人だった。後ろに老年の従者らしき人が控えている。
「あ、あの……」
わたしは戸惑っていた。幽霊屋敷のまえに立派な馬車が停まっていることもそうだったけど、他でもない、彼らが二人ともびっくりした顔でわたしを見ていたからだ。彼らはやがて、はっとしたように姿勢を正した。
「失礼、お嬢さん。フロディス殿はご在宅でしょうか」
「はい、ええと……お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「私のことはソイルと、……ソイル・ラト・ウォルディとお伝えいただければ分かります」
「確認して参りますので、お待ちください」
ソイルって、どこかで聞いた名前だわ。
でもどこで聞いたのかは、思い出せなかった。
「おかしいな、今日はぼくの唯一の休暇だったはずですが」
応接間にやってきたヴェイドさんは、ひどくご機嫌斜めだった。
せっかくの休日に惰眠をむさぼっているところを、無理やりわたしに起こされたというのもあるけれど、原因はそれだけじゃなさそうだ。ヴェイドさんは人参を見るときのような目で――つまり、本当に嫌そうな目でソイルと名乗った男の人を見ていた。
「ヴェイドさん、いくらなんでも失礼よ」
「追い返してくれれば良かったのに……」
ぶつぶつと文句を垂れるヴェイドさんだったが、ソイルさんは一度咳払いをして話しだした。
「フロディス、あなたが休暇だということは存じていましたが……事情が変わったのです。いますぐ王城に向かい、レオディス殿下を診ていただきたい」
「レオディス殿下って、病床に臥せっているという、あの……?」
わたしは思わず口を挟んでいた。
先日、買い物に出たときにちらりと噂を聞いていたのだ。
「あまり具合が良くないんですか?」
わたしの言葉に、ソイルさんは落ち着いた様子で微笑んだ。
「お嬢さん、ご心配なく。殿下にはかの魔術師ヴェイドが付いているのですから」
ですって、ヴェイドさん。嫌な顔をしている場合じゃないのよ。
しかしヴェイドさんは、ひどく冷たい声音で「断る」と言い放った。
「ぼく以外にも、王宮には魔術師がたくさんいるだろう。休暇中のぼくを頼るより、まずはそちらを当たってみるべきではないのかな」
「あなたの言い分はもっともだが」
ソイルさんは言いよどんだ。
「王宮には……いや、王国にはきみより優れた魔術師が居ないのも知っているでしょう。陛下より、あなたには代わりの休暇を用意するよう仰せ仕りました。ここは国王陛下に免じて、来てくださらないか」
「きみは勘違いをしてないか? 誰がわざわざ国王のもとで働いてやってると思ってるんだ」
テコでも動かないという態度だった。あまり見たことのないヴェイドさんの態度に、わたしは少し戸惑った。そんなに寝たかったのかしら。
「行ってあげればいいのに、ヴェイドさん」
どうせ家に居たって、寝てるか食べてるか魔術書を読むかしかしないんだから。そう言ってやると、彼は不満そうにこちらを見た。
「フィオナ、ぼくだって休む権利はあるだろう?」
「でもレオディス殿下が助かるほうが重要ではないの?」
わたし、いちおうリスタシアの国民だもの。王子殿下のことは気になるのだ。
そうして言い合っていると、わたしとヴェイドさんのやり取りを見ていたソイルさんが、ぽつりと言った。
「ならば、お嬢さんを王宮にお連れするまでですね」
その発言にどれほどの効果があったのかは分からないが、あれからヴェイドさんは気分を害しながらも王宮へと登った。
「くそ、フィオナを引き取ろうと思ったのは間違いだったかもしれないな」
彼は悪態をつきながら、しぶしぶわたしとソイルさんの後ろを歩いている。それを振りかえって見たソイルさんは、意外だという顔をしていた。
「驚きましたね、あの彼がこんなに素直に従うとは」
あの彼、って何だろう。とっても気になる言い方だ。
「ソイルさん、良かったんでしょうか……。わたしもつい、着いて来てしまいましたけど」
商人ならともかく、王城には普通、平民なんて簡単には入れないのだ。一度だけここに“簡単に”来てしまったことがあるが、あのときはお城だなんて知らなかったわけなのだし。
そんなわたしの懸念をよそに、ソイルさんは「いえ、とても助かりました」と微笑んだ。
「本当はもっと手こずると思っていたのです。お蔭で下手な約束をせずに済みました」
「そうですか」
ヴェイドさんてば、普段どれだけ我がままなの。もしかすると、本当に薬師を辞めさせてるのかもと疑いたくもなる。
ううん、彼はそんなことをする人じゃあ……。
「フィオナ、いったいいつまでその男と手をつないでるんだ。さっさとこっちに来なさい」
苛々とした様子で言う魔術師を振り返り、わたしとソイルさんはお互いを見て、ため息をついた。
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