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02 ダグラス魔術道具店

「それは仲がいいからですよ」

「なんでそんな結論になるの?」

 バナードさんの言葉に、わたしは怪訝な顔になった。

 いまは通う道もおなじみになってしまった治安管理局のなかである。このリースブルームは王都というだけあって、様々な人が集まる場所なのだ。彼らは街の治安維持につとめている。わたしが最初に保護された場所もここだった。

 バナードさんはうろんな目つきの私に、苦笑した。

「ヴェイドさんは誰とも喧嘩をしないんです。少なくとも僕は見たことがありませんよ」

「結構、日常的に喧嘩をふっかけてくるんだけど」

 あれでどこが“誰とも喧嘩しない”だ。

 まともに家の管理もしないくせに、屋敷ではわがもの顔だ。

「フィオナさんは本当に、彼に気に入られているんですよ。今までそんなふうに屋敷に寄りつくことはありませんでしたから……城の人たちも、聞いたら驚くでしょうね」

「うーん……」

 食事の準備が手間だし、できれば昼ぐらいは王宮に居てほしい。亭主元気で留守がいい、というこの間呼んだ“ことわざ集”という外国の本を思い出した。その話をしてやると、バナードさんは笑っていた。

「ところで今日はどうしてここへ?」

「ええと、忙しいとは分かってたんだけど」彼にあらためて聞かれ、わたしは言った。

「魔術道具店の場所を聞きたかったの」

 街の人に訊ねたら、魔術道具店の場所は入り組んでいるので、ここで地図を見るのが一番だと言われたのだ。地図がめずらしいこの時代、治安管理局は街の案内板も兼ねているのだそうだ。まさかバナードさんが対応してくれるとは思わなかったけど。

「魔術道具店、ですか……どうしてまた?」

 バナードさんは不思議そうに首をかしげた。

「ヴェイドさんの屋敷のほうが、よっぽど道具が揃ってると思うんですが」

「それはそうなんだけど」

 わたしは彼の書斎や離れ屋にあった――というよりも転がっていた――魔術道具や魔導具の数々を思い浮かべた。でもあれを使っちゃダメな理由があるのだ。

「バナードさん、これはヴェイドさんには秘密よ。わたし、魔術薬学を勉強しようかなって思ってるの」

 わたしの告白に、バナードさんは目を瞬いた。




 バナードさんに教えてもらった“ダグラス魔術道具店”は、本当に色んな商品が並んでいた。

 魔術を修得するなら、ここで道具をそろえると間違いないらしい。魔術師になるには、海を隔てた場所にあるデスタン魔術学院に五年間通うか、名のある魔術師に弟子入りするのが一般的だと言われている。リスタシアには魔術学院はないので、店内には魔術師と思われるローブをまとった人や、小さな魔術師見習いの子どもがちらほらと見られた。

 わたしは少しわくわくしながら、店内を歩いた。

 魔術道具はもちろん、ちょっとした魔導具、見たことのない薬草を乾燥させたものや、クモの死骸、不思議な色の液体、エトセトラ、エトセトラ。

 あとヴェイドさんの屋敷で見たような魔術道具もあり、それがまた結構な値段のするもので、わたしはぞっとする羽目になった。ああ、結構適当な扱いしちゃったかも。やっぱり王宮魔術師って高級取りなのね、とわたしは彼の凄さに改めて気づいたのだった。

「なにかお探しですかな」

 もの珍しさに店内をうろついていると、店主が声をかけてきた。わたしは鞄から先日発掘した“魔術薬学入門”の本を取りだした。

「あの、この本の実験がしたくて調合器具を探しているんです」

「ふむ、薬草の調合か……これなら二階に置いてあるよ。初めてなら初心者用の安いものがおすすめだね。でもお嬢さん、誰かに教わりながらするのかい?」

「いいえ」わたしはかぶりを振った。「一人で勉強しようと思って」

 わたしの言葉に店主はふむ、と考えたかと思うと、おもむろにわたしの手を取った。魔術師が相手の魔力を測るときによくやる動作だった。なるほど、魔術道具店の店主も魔術師のようだ。

「ううん……お嬢さん、きみは魔術師のたまごだね。意図せず魔力が混ざるかもしれないから、誰か大人の人と一緒に勉強したほうがいいよ」

「わたし魔術師じゃないわ」

「しかし、きみの魔力は相当な強さだ。これで魔術師見習いじゃないなんて冗談だろう? ちゃんと勉強すれば王宮務めの魔術師ぐらいには成れそうだよ。親御さんはどこかに弟子入りをさせてくれなかったのかい」

「ううん、弟子入りはしてなかったわ」

「そうか……」

 店主はわたしの境遇を悟ったのか、悲しそうな顔をみせた。ううん違うの、わたし精霊のお母さんと暮らしていたから……なんていうわけにもいかず、わたしは困った笑顔を向けるしかなかった。


 結局わたしは、乳鉢とすり棒、小型のランプを購入した。それ以上になると値段が高いものになるし、いまはこれで十分だと思ったのだ。

「さて、どこに隠そうかしら」

 屋敷に戻ったわたしが考えたことは、まずそれだった。

 フロディス邸は広い。それに管理もずさんである。

 一見するとどこにでも隠せそうだけど、下手に隠してはすぐ見つかりそうな予感もした。生粋の魔術師であるヴェイドさんは、意外とめざといのだ。わたしは仕方なく、二階に与えられた自室のベッドの下にそれらを隠した。まるで親に内緒でペットを飼う子どもみたいだ。案外間違ってはいない気もしたけれど。

 わたしがヴェイドさんに隠れて魔術薬学を勉強しようとするのには、二つの理由があった。

 まずひとつは、彼に魔術を勉強すること事体、禁止されているから。

 そしてもうひとつは、手ごろなところから初めて……そのうち、ヴェイドさんの仕事のお手伝いができればと思っていたのだ。

「フロディス邸の精霊さん、お願いだから彼にバラさないでね」

 傍にふよふよと浮かぶ切り花に向かって話しかけると、“彼”はわかったと返事をするようにわたしの周りをぐるぐると回った。


 その日の夜、ヴェイドさんは小さな小包を持って帰宅した。

「フィオナ、お土産だよ」

「ええと、ありがとう」

 そう言って玄関で渡されたのは、手のひらにちょこんと乗るぐらいの小さな箱だった。あまり重くはないが、箱のなかからどこか懐かしい魔力が感じられる。

「開けてごらん」と言うヴェイドさんに促されて、わたしはもぞもぞと箱のふたを開けた。

 指輪だった。

「ええ!?」

 なんでいきなり!? と思ったら、彼が付け足した。

「アンディーナの魔石を加工してもらったんだ。いつまでもそのまま持ってるわけにはいかないだろう? 前に頼んでいたのが届いたから、きみに渡そうと思って」

「そうなの……」

 よく見ると、銀細工の指輪の中央に優しい水色の石がついていた。アンディーナ―-わたしの母親が、消える前に残した魔石だった。懐かしいと思ったのは彼女の魔力だったのだ。

「ありがとうヴェイドさん。高かったでしょう?」

「気にしなくていいよ。でもぶかぶかだな、女の子用って言ったのにな」

「それでもいいの」

 素直に嬉しいと思った。

 取り出してみた指輪はわたしの指には大きいようだったけど、もう少し大きくなればぴったりと納まると思う。ただ、もうじき十六になろうかというのに、わたしの外見はいまだに十歳がいいとこだった。人よりも魔力が強いために、成長が遅いようだ。この指輪がぴったりになるのは、まだもう少し先になる。わたしは指輪を鎖に通して、首からかけて置くことにした。

「大切にするわ、ヴェイドさん」

「どういたしまして。今日の夕飯は?」

 機嫌よさそうにわたしの頭を撫でた彼は、そしてわたしの言葉を聞いて驚愕に満ちた容貌になった。

「市場のおばさんから安くもらったから、ジャガイモと人参のポトフ」




「ぼくは常々、人参は世界から滅びれはいいと思っているんだ」

 まるでこの世の地獄を見たかのように、悲壮感あふれる姿で食卓にふさぎ込んでしまったヴェイドさんを見て、わたしはあきれ返った。彼は人参が嫌いなのだ。

「はい、ヴェイドさん。好き嫌いしないでよね」

 そう言ってどん、と目の前にスープ皿を置いてやると、彼はまるで親のかたきを見るような目で鮮やかな橙色の野菜を見おろした。

「フィオナの料理はおいしいと思う。正直、ぼくは王宮で食べるよりもこっちのほうが好きだ。でも、それでもこれだけは駄目だ」

「なに三五一歳のいい大人が、子どもみたいなこと言ってるんですか。さっさと食べてくれません?」

 おじいちゃんを通り越して化け物みたいな年齢の彼は、こういう子どもみたいなところがあった。でもわたしは許さないわよ。わたしは問答無用にフォークに突き刺した人参を彼の口につっこんだ。


 ――師のフレイアは、火の使い手だった。そういえば彼女も滅茶苦茶な人で、どこからそんな元気があるのかってぐらい、体力馬鹿な人だった……なんでそんなところに弟子入りしたんだろうっていつも思ったね。おかげで今でも、赤い色は死ぬほど嫌いだ。火属性の魔術なんて死んだって使いたくない


 たぶん、すべての元凶は彼のお師匠さまなのだろうけれど、わたし食材を残すのは嫌いなのよね。




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いきなりタイトル間違えたため、修正。

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