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ghost's goster  作者: 赤井瀬 戸草
崩れた日常
5/8

#5 初心者にもわかる幽霊退治オリエンテーション

 5



 長谷川美奈の件は他の人には伝えないことにした。特に佐倉さんなんかに伝えたら、それこそ泣きっ面に蜂だ。このことは闇に葬っておく。

 というわけで陰陽師見習いとなった僕は今、近くの廃病院の前にあの陰陽師と来ている。草が生い茂り、人を癒す機能が完全に失われた建物に、僕は呼ばれていた。

「来てくれて助かったわー。ありがとうなー」

「いやいやいや、あんなのほぼ脅迫じゃないですか」

 ついさっきの夕方、僕に提示された選択肢は二つ。


 陰陽師になって善悪含めた色々な幽霊を成仏させること。

 もしくは僕が呪殺(じゅさつ)されること。


 ちなみに[呪殺]っていうのは文字通りに「呪い殺すこと」。

 陰陽師(いわ)く、「そらあ、君みたいな霊力に溢れきった人間ほっとく訳にはいかんからな。陰陽師になれんかったら僕らから見た君はただの危険因子やねん」だそうだ。

 誰だって1番を選ぶってあんなの。

 当然僕は1番を選んだから、今廃病院の廊下を二人で進んでいる。なんとなく、暗くジメッとした、(いや)な空気を肌で感じる。

「ところで君の悪霊の倒し方やねんけどなー、悪霊の魂そのものを〝滅却して無に還してまう〟からアカンねん」

「そういやそのクレームって誰からのクレームだったんですか?」

閻魔(えんま)大王」

「っ……」

 とんでもない人物名が出てきた。

「名簿にある本来裁くはずやった人間が、毎日数人ずつ消えてってな、今回とうとう閻魔の裁きにまで支障をきたしてもうたっちゅー訳や」

「後で謝っといて下さい」

「心配せんでええで。また今度地獄に連れてったるからそこで謝り」

 マジか。

「……じゃあ逆に成仏ってどうすれば良いんですか」

「基本的にはその人を幽霊としてこの世に居座らせている原因を無くすんやね。未練とか、不安とか」

「悪霊はどうすればいいんですか」

「強制成仏させるんや。術や札を使うてな」

善霊(ぜんりょう)もそれでいいじゃないですか?」

「なんやそれ。自分、〝善良〟と〝霊〟をかけとるんか?自分なかなか寒いギャグ言うなー」

「さっさと説明してください」

「はいはい。……まあ()い霊が仮にここにおるわな。これを【成仏】させんのは簡単やで?札を霊の額に貼り付けて呪文唱えたら簡単に終わるわ。でも札とか霊具を使った成仏となると、それはまた別の〝浄化〟が行われんねん」

「浄化?」

「悪霊は、魂を食ったりするのは勿論やけどその存在自体も罪になるんよ。やからその罪を洗い清める必要があんねん」

「え?どっちも浄化しちゃえば良くないですか?」

「いいや、アカンねん。――例えば、ここに汚れた服と汚れていない服があるとする。この汚れた服を洗濯したらどうなる?」

「汚れが落ちる……以外になにかあります?」

「いや、合ってるで。で、その〝落ちる汚れ〟は幽霊でいう〝悪霊の罪〟に当たるわけやな」

「じゃあ成仏は魂の洗濯みたいなものって事ですか?」

「そうや。それに対してもう片方の汚れていない服。これが僕らの世界やったら悪霊じゃない〝善い幽霊〟に当たるわけや。……じゃあ、仮に真っ白で綺麗なこの服を洗濯したら? ……答えは『繊維が傷つく』や。これを幽霊に当てはめるとどうなる?」

「……魂が傷つくんですか?」

「そうや。ただし、洗濯やったら衣類にちょっとダメージ与える程度で済むけど、魂ともなるとそうもいかんくてな……まずその浄化を受けた『罪の無い魂』は大抵消滅するわ」

「面倒ですね」

「そうや。世の中は理不尽と面倒で出来とんねん」

 ――となると、姉さんとかは何が原因で、何が未練で、この世に留まっているのだろうか。

「そういや姉さんは何で成仏させなかったんですか?」

「西居さんは綺麗やからなー。特別や」

職務怠慢(しょくむたいまん)じゃないですか」

 どうも(うま)くはぐらかされた気がする。

「っちゅー訳でや。今晩は陰陽師の基本的な戦い方を覚えてもらうで。大丈夫か?」

「はーい」

 それにしても、さっき――ロビーに着いた辺りから、風が生暖かい。ジメッとした(ぬる)い空気が、肌を撫でていく。ほら、僕の頬にも嫌な汗が――

 汗?そこまで暑くは……。

 『汗』に指で触れてみると、ヌメッとした。

 ちなみに僕の汗にそこまでの粘性は無い。

 ヴヴヴヴヴヴ。ヴウヴヴヴヴヴ。

 そんな声と共に粘液が天井から(したた)り落ちてくる。

「っ!」上だ!

「ヴヴヴヴアアアアアアッッッ!」

 天井に張り付いていた化け物は重力に身を任せて飛び降りてきた。

「いつの間におったんやコイツ!」

 僕と陰陽師は前に転がり、化け物から距離をとる。

 化け物はまさに〝異形〟だった。

 天井まであろうかという大きな体躯(たいく)。目が四つ、口が二つ、溶けたみたいな顔面に貼り付いている。四足歩行の足は筋骨隆々といったような屈強さを漂わせているが、恐ろしい顔面のせいで格好いいとは一切思えない。

 さっきの粘液はどうやら天井にいたコイツが垂らした唾液だったらしい。汚っ。

 コイツも悪霊の一種なのだろうか。しかし、どう見たって人からはかけ離れすぎている。

「一応言っとくけど、こんな奴も『悪霊』やねんで。一応はな」

「霊なんて言葉で済むもんなんですかこれ!? どう見たって獣でしょう!」

「いや、やから〝私怨や憎悪にとらわれた霊〟はなんでも悪霊やねんて。こんな人でなしやってもな。……まあ、これは末期の状態やけど」

「冷静に言わないで下さい! 倒せるんですか!?」

「当たり前や。ちょっと離れといてよく見ときやっ!」と言って陰陽師は化け物の口から吐き出された体液を転がって避ける。する。地面について、肉を焼いたような音を立てている体液は、人間に対して害にしかならないのは明白だった。

「ほんならまあ、とくとご弄じろ! 喧嘩売る相手が悪かったって教えたるわ化け物(ひとでなし)!」

 〝陰陽師〟蓮本廉平の悪霊退治が始まった。




 化け物は陰陽師に対して遠距離攻撃は効かないとふんだらしく、全力の突進を鬱陶(うっとう)しい陰陽師に浴びせようと廊下を走ってくる。

 蓮本さんは避けもせずにその場に屈んでいる。

「っ!?蓮本さん危ないっ」

 が、右に逸れた化け物は壁にぶつかった。

「陰陽師基本戦術その(いち)祈祷(きとう)霊符(れいふ)による悪霊の拒絶や!」

 そう言う蓮本さんの前には札が空間に浮かんでいる。あんな紙切れがあの巨体を吹き飛ばしたっていうのか?

「んでもって次!」

 蓮本さんは佐倉玲香の呪いをといたときと似たような紙人形を裾から取り出して手を噛み切り、出た血を紙人形に付ける。

「影を(まと)う黒き羽よ、我が血印(けついん)にて此処(ここ)()の姿を顕現(けんげん)せよ!」

 直後、砂埃が一気に振り払われて、そこに巨大な(からす)が一匹。

「よっしゃ行け影縫鴉(かげぬいがらす)ぅ!」

「ガアアアアアァァァァ!」 

 その声と共に鴉は鳴き、壁にぶつかった化け物に後ろから突進を喰らわせる。

 凄まじい爆音と共に壁は砕け、病室を貫き、あっという間に化け物と共に廃病院の外まで行ってしまった。

 僕のしていた幽霊退治は何なんだ。そう思わせるぐらいに、圧倒的だった。

「というわけで其の弐。式神の召喚や。……おーい影縫鴉、戻ってこーい!」

 すると、『影縫烏』と呼ばれる馬鹿でかい鴉は、気絶した化け物を(くわ)えて滑空し、蓮本さんのところまで戻ってきた。病院を揺らして、鴉は着地した。

 蓮本さんは懐からお札を取り出してペタッと化け物の額に貼り付け、呪文を唱える。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と言って次々と手をよく分からない形に組んでいく。

 言うなら某忍者漫画の忍術の印みたいな。

 次の瞬間には化け物は光に変わって消えていった。

  これが正しい成仏の仕方か。

「其の参。霊符を併用した九字法(くのじほう)や。……と、基本はこんな感じで成仏させるんや。分かった?」

「分かりません」

 逆に今ので誰が分かんねん。





「なんや功ちゃん?案外物分かり悪いなぁ」

「功ちゃんって呼ばないで下さい。そっちが説明下手なんですよ」

「嘘やん!? めっちゃ丁寧に説明したやろ!?」

「全然です。説明が不足しかしてません」

「えー、頑張って分かりやすく倒したったのにー……」

「知りません」

「むー……」

 蓮本さんは()ねた子供のようになってから、鴉の頭を撫で始めた。

 やはりびっくりしたのはやはりこの式神だ。紙人形に血を塗って巨大な鴉が出てくるとか、どこのバトル漫画だよ。病院の壁だって幾つもぶち抜くし。

 ――ってぶち抜く?

「蓮本さん、その鴉って霊体なんですよね?」

「お、やっと苗字か……ハスモンって呼ばれんのはまだ遠そうやなぁ」

「早く教えてください」

 余計な茶々を。

「別にそんな急かさんでも……まあ、とにかく。コイツは実体やで?ほら」

 直後、僕はひょいっと宙に浮く。いや、鴉に(えり)を銜えられていた。

 僕は鴉のくちばしにぶら下がっている。

「いや、こんな目立つ戦い方、悪霊とできるわけないじゃないですか。深夜の公園に巨大ガラスとか新聞に載りますよ」

「新聞どころかテレビデビューしたらええんちゃう?」

「絶対嫌だ」

「ま、それは冗談としてや。そういう時のための、人や物の姿を認識できんようにする結界もあるから大丈夫や。心配せんでええで」

「そうですか」

 まあ、そうじゃないと既に世間は大騒ぎだろう。

「え――っと」

 蓮本さんは時計を見て「よし、時間は足りるわ」と呟く。

「よっしゃ、ほんなら功ちゃん、」

「功ちゃんって呼ぶな」

 そこは譲りたくない。

「今から式神の絵札を見せるから欲しい奴を一体選んでくれるか?」

「はあ……」

 そういって出されたのは十二枚の絵札だった。

 (ねずみ)、牛、虎、(うさぎ)、龍、蛇、馬、羊、(さる)(にわとり)、犬、(いのしし)

「十二支ですか」

「そうやな。悪いけど今、持ち合わせはそれしかあらへんねん」

 やはり、単純に考えて強そうな龍だろうか。でも僕に使えるのか。……無理っぽい。となると次に強そうなのは虎、か?

  まあ頑張れば使えるだろう。

「虎でいいですか?」

「ああ。ええよええよ。んじゃ、」

 すると、蓮本さんは僕の額にペタンと札をはっ、て……?

「頑張ってソイツ屈服させて来てなー」

 ……くっぷく?



 [屈服](名詞)くっぷく。負けて付き従うこと。


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