#4 長谷川美奈
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クラスメイトの衝撃の死から数時間後の昼休み。僕はいつもの三人でお昼ごはんの惣菜パンを食べていた。冷えた焼きそばのソース味が口の中で広がる。
「いやー、びっくりだな。あのクラスのマドンナNo.2に数えられてた美奈ちゃんが心不全で亡くなるってさ」宮原は他人事のように言う。
「……本当だよ。今度告白するつもりだったのに」と、滝中の乾いた声が響く。
「二十三人目に彼女は成りそこなったわけだ」僕は茶々をいれてみる。
「……」
黙る滝中。
本気でショックらしい。
「ちなみに一番って誰なんだ?」と宮原。
「佐倉さんらしいよ」
僕が補足説明をする。滝中はまともに喋れそうも無い。
「そういや今日の朝、僕と佐倉さん以外の人たちホームルーム直前まで来てなかったよな。何かあったの?」
朝から気になっていた疑問の一つ。
陰陽師騒ぎが終わった頃には投稿時刻の八時二十分をとうに回っていたというのに、誰一人として入ってこなかった件。
“入ってこれなかった”件。
「いや、皆学校に着いてはいたんだけどさ。……それがなんだかよくわからねーんだよなー。何かこう――さ、教室の引き戸の一歩手前に見えない壁?みたいなのがあったんだよ」
「なんだよその胡散臭いの」
「でも廊下にいたクラスメイト全員が証人だぜ」
「本当か? ガラスとかじゃなくて?」
「本当に何も見えなかったんだよ」
「――なんだそりゃ。無茶苦茶だな」
「無茶苦茶だろ?ま、朝の美奈ちゃんの一件でもう皆関心ねーけどな」
……今日の呪いの一件と関係はあるのだろうか。
「そうそう、その[見えない壁]も僕がやったことや。あの場を君以外に見られるとちょっと厄介やからね」と、僕の質問に対する回答を陰陽師はひょうきんに話す。
「陰陽師って結界も使えるんだな。……私は生まれて初めて君みたいな人間を見たよ」と姉さんもは気さくに返す。
「ははははは、まぁ普通に生きとったらまず陰陽師となんか出会うことないわ。まぁお姉さんは普通に死んどるわけやけど」
「おいおい、黒い冗談はやめてくれよ。フフフフフ」
「でもお姉さんホンマ綺麗やな。幽霊やなかったら付き合って欲しいわ」
「そういう冗談はどんどん言ってよ」
「いや、割と真面目にやねんけど」
「君はお世辞が上手だね、照れるよ」
「あっ、照れとる顔超可愛いやん! 写真撮らせてっ! ……ってカメラに写らん。残念や」
「…………」
なんで陰陽師がここにいるんだ。
校門の前で、陰陽師は待ち受けていた。
僕が校門を出てすぐ。この陰陽師は、
「おっ、功ちゃん来た来た。こっちやでー!」
と僕に呼びかけてきた。
功ちゃんなんて誰にも呼ばれたことないぞ。
「ん、どうしたんや功ちゃん?何や朝と比べて偉いおとなしいなぁ」
「うるさいな!そもそもお前に功ちゃんなんて呼ばれたくないんだよっ!」敬語を維持できそうに無い。
「あ、そういえば知っとる?[うるさい]って[五月蝿い]っていう風に書くんやで?ひらがな表記より賢く見えると思わへん?」
「五月蝿いっ!」
「使っちゃってる時点で君の負けだよ」
姉さんに呆れられた。
「ま、それはともかく。要するに朝、教室に張り巡らされてた謎の透明な壁は、陰陽師さんの造りだした結界だった訳ですね」
「陰陽師さんなんて他人行儀な呼び方やめてーな。ハスモンとでも呼んでえや」
「絶対嫌だ」
そんな親しくねえよ。
「いやー、朝もホンマ平和にすんでよかったな。もうちょっと遅かったら死人が出とったで?」
「――何言ってるんですか」
「ん? なんや?」
「“死人”ならもう出たでしょう」
「何言っとんねん。君のいう佐倉ちゃんは普通に治ったやろ?」
「いや、死人は出たんじゃなくて貴方が出したんだ」
「……?」
「貴方が長谷川美奈を殺したんだ」
「……――、あれは、」
「あなたはあの呪いを解いたんじゃない。他人に回したんだ。たしか、“呪詛返し”って言ってましたよね」
「七十点やな」
「? 一体何が!」
「僕は呪いを回したんやない。文字通り“返した”んや。呪おうとした本人にな。ちなみにその呪った本人に関しては僕は一切知らんで。その“長谷川美奈ちゃん”の事は」
何? じゃあ、長谷川美奈は呪いの被害者じゃなく加害者だったのか?
加害者。
長谷川美奈が、佐倉玲香を殺そうとした?
「おいおい、ちょっと待ってくれ。私が一切話について行けてないじゃないか」
姉さんが怪訝そうに抗議する。
「……じゃあ、[呪詛返し]って一体何なんですか」
「おーいっ! 私にも分かるように話してくれっ!」
「[呪詛返し]は陰陽師の基本技能でな、名前のとおり[呪い]を呪った本人に返すんや。その際に呪いの効果を増すもんでな。まあ言うなれば呪いをかけてきた相手に対するカウンターや。しかもこれは、返すと同時に呪いの強さをおおよそ一・五倍にすんねん。今回はその長谷川美奈ちゃんの呪いがかなり強かったから返されたその子は多分即死やったやろうな」
陰陽師は冷静に話す。
「どうしてそんな手段をとったんです。呪いを解く方法だってあったでしょう!」
「あらへんわそんなもん」
「は?」
「一度生み出した憎悪のエネルギーは消えたりなんかせえへん。絶対にや。心に芽生えた殺意やら、憧れのあの子に対する嫉妬やら、そんなもんはまだどうにでもなるわ。でもその負の感情が影響を及ぼすようなレベルにまで成ったら、そんなんは僕らでもどうにも出来ひん」
「そんな……何かなかったんですか!」
「ない」
「だって! ……そんなの、」
「ないって言うとるやろうが! 何やねん、自分どんだけ聞き分け悪いねん! 呪いは生み出したら消えへん! かといって呪われた人、理不尽に殺させるわけにいかん! やったら呪った本人に責任取らせるしかあらへんやろうが! 自業自得にするしか落としどころが無いん分からんのか!」
「……っ」
猫が猛獣に変わった。
すさまじい威圧だった。
「――とにかく、あの短時間に行える方法はあれしかなかった。仕方ないんや」
「……」
「おいおい、だから私が置いてけぼりなんだって……」
「ごめんな西居さん。もうちょっと置いてかれといてな」
「後でわかりやすく説明してくれよ」
「後でな。――さて、神藤君。僕がここに来たんは君に用があるからや」
陰陽師は怒鳴ったことなど無かったかのように話を切り出した。
「……何ですか」
僕もなんとか、高ぶった怒りにも八つ当たりにも似た何かを、腹の底に押し込んだ。
「神藤君が幽霊を殺しすぎてるから流石にクレームが多くてな……。幽霊退治をやめて貰おうと思ってここに遠路はるばるやって来たわけや」
「何で知ってるんです?」
「陰陽師やからな。この世のあらゆる魂の管理は僕らの役目や」
「やっぱり成仏はしてませんでしたか」
そりゃあバットでガンガン殴って灰にしてたからな……。
「当然や。自分どんな殺し方しとってん?毎晩五体も六体も死んでこっちは大慌てやってんで?」
「どんな殺し方って……木製バットで殴ってたんですけど」
「木製バット!? そんなちゃちい武器であのバケモンと戦っとったんかいな!?」
「はい」
「……マジか。凄いな君」
「凄いんですか?」
「――そうや、神藤君!」
「?」
「君、陰陽師になり!」