#1 バットの少年
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「悪魔の証明」という言葉がある。
この言葉の意味は、要は[悪魔や霊などが存在することを証明することは簡単だが、存在しないことを証明することは不可能である]というもの。実際には、この言葉を使おうとするなら悪魔・霊に限らず使えるが、とりあえずそんな感じの意味だ。
世の中には、霊能力者・エクソシストを自称する者たちも多くいる。だが、彼らが本当に幽霊や悪魔を相手に戦っているのか、ということは確かめようの無いことだ。
幽霊も悪魔も、存在するか分からないから。
証明のしようがないから。
そんな幽霊を、胡散臭いと思うだろうか。
科学で説明できなければ、信じられないだろうか。
と、小難しい話っぽい事をしてみたが、こっちの頭がもちそうに無いのでこの辺にしておく。
僕が言いたいのは幽霊だっているかもよって事だ。
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真っ暗な空に星が光っている。真夜中ということもあってか、普段見るより多く星が瞬いている気がする。
田舎は星が沢山見えるのだ。
現在時刻は午前一時。よい子ならとっくに眠ってないといけない時間だ。
逆に言うなら、悪い子は起きてて良いって事だ。
多分僕は『悪い子』の方。
「……寒い」
今はもう十二月。気温ももう十度をザラに切るようになってきたので、外出には上着が欠かせない。
夜の公園にいる僕。彼女でもいるのなら、なかなかドキドキするシーンだが、生まれてこのかた、一度も彼女なんて出来た試しが無い。ここに居るのは僕だけだ。
いや、こんな言い方だと語弊がある。正確には、ここに居る人間は僕だけ、だ。
「グギュアアアアアアアァァッァァァ!」
なんて言ってるのかは全く分からないが、ここに居る人間は僕だけだが、人でなしなら幾らか居る。
人でなし。人で無し。人じゃない。
人外。
「グギュゥイイアアアアィイイアアアアア!」
「うるさいっ」
僕はバットを振るう。
実際にはこの幽霊がいくら咆えても、近隣住民の方々の眠りを妨げることは何も無いのだが、幽霊のいろんなモノが見えて聞こえる僕としてはやっぱり耳障りだ。というわけで手持ちのバットでぶん殴っておく。そのかわり手への負担も凄まじい。
だって人を殴っているのと変わらないのだから。
こちらのぞんびのような方は名を地縛霊さんといい、まあよくある幽霊の一種で、
「グィギゥアアアァァァアアァイイイイアア!」
「うるせえっ」
今度は後頭部。
頭を二回、僕に全力で殴られた地縛霊さん。血飛沫――もちろん普通の人には見えない。だって朝になって公園に血だまりとかあったら大問題だし。その辺も都合よく出来ているのだ――をまき散らして灰になる。
これで地縛霊さん討伐完了。
という訳で、僕はこちらにおわせられる地縛霊さんとか浮遊霊さんとかを殴り倒して討伐――成仏してるかは別問題として――することを生業としている。まあ生業ってほど大したもんでもないが。
「「「グギュウアアアアアイイイアイアアアィイイアアアアアアアアァァァァァァィギイイイ!」」」
今度は三体出てきて同時に咆哮。鼓膜が破れそうな轟音があたりに響き渡る。(聞こえてるのは僕だけだが)
「しつけえよっ!」
僕はバットをまた振り回して距離をとる。正面と左右を地縛霊さんに囲まれた形になった。
「もう黙ってろよお前ら!」
そこに成仏のような晴れ晴れしさは一切なかったが、一応バットで殴り倒していても消えてはくれるので万事おっけー。
地縛霊さんは猛スピードで僕に突進してくる。何かもうくだらないゆるゆるのゾンビゲームをしてるような、そんな気分になってくる。まあ別に関係ないけど。そんなことをぼんやりと考えながら僕は地縛霊さんの顔面をホームラン。地縛霊さんは3メートルぐらい吹っ飛んでいった。そして灰になって消えてしまう。
灰になる様は幽霊というよりドラキュラだ。
「一本足打法って対霊戦で使えるなー」
そもそも一本足打法は人や幽霊を殴るための打法ではないし、野球に幽霊の顔面を殴るための打法なんてものは存在しないのだが、別に僕はそんなに野球ファンってわけでもないので気にせずバットを振り回す。
一匹、警戒して近づいて来ない地縛霊さんがいたので、自分から近づいてホームランしてやった。
霊を霊とも思わずバットでぶん殴っていく、そんな僕自身を、僕は心底最低だと思わなかった。
という訳で僕は本日の仕事を大した怪我もせずに完遂したのだった。
「……何してるのかな、神藤くん」
夜の公園で、一人でバットを振り回しているクラスメイトに、話しかけるほどの勇気を彼女は持っていない。
そもそも、深夜の公園で嬉々としてバットを振り回す友人を見て、誰が平然と話しかけられるだろうか?
少なくとも、彼女はそんな人間ではなかった。
コンビニのレジ袋を手首から提げ、物陰から幽霊退治をする青年――もちろん彼女からみればバットを振り回す奇人――を、彼女はじっと見つめている。
彼女の名前は佐倉玲香。バットを振り回す少年、神藤功輔の片思いの相手だった。
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