第04話 3馬鹿トリオは山に行く
異世界では夏である5月10日の夕方5時頃のこと、3馬鹿トリオであるケン=マッケンジー(あだ名はラジオ)とレオ=デュラン(あだ名は隊長)とレクサ=ヘリス(あだ名はハカセ)は、村の東側の擁壁に向かい、笑いながら追いかけ合いっこをしつつ、ジグザグに走りまわっていた。
一見、普通の鬼ごっこをしているように見えるが、彼らの行き先は村の外にある山である。
秘密基地にする洞窟を探すという、何とも無謀な計画と言うより行き当たりばったりの行動だった。
息を弾ませ、村の東側の擁壁に到着した3人は、目の前にある壁を見つめる。
村の内側から見ると、その高さは3mに少し足りないほどであろうか。
内壁はボコボコした60度ほどの傾きを持つ土壁なので、彼らでも何とか登れるだろう。
「いくぞ!」
隊長の号令と共に、3馬鹿は壁に飛び付く。
ヤモリのようにずるずると上に這いあがると、10秒もたたない間に擁壁上部の1mほどある平らな場所に全員無事昇り着く。
だてに学園で木登りや壁づたい遊びをして、大人達から怒られている訳ではなく、見事な手際である。
だが、擁壁の上に立った3人は下を見下ろしゴクリと唾を呑む。
擁壁の外壁はツルツルで、下には空堀まである為に高低差が5m以上もあるのだ。
つまり、校舎の3階と同じ位の高さから飛び降りるしかない。
普通なら骨折してもおかしくない高さだ。
この場所が地球であり、飛び降りる子供が地球人ならばだが。
「怖いであります、隊長」
ラジオが真っ先に泣き言を言う。
実は、自分も怖かった隊長だが、部下にカッコ悪い所は見せられないのだ。
「とう!」
前触れも無く、いきなり飛び降りる隊長。
ズシャという音と共に、無事着地に成功する。
どうやら怪我は無い様だ。
隊長は、地面にくるぶしまでめり込んだ足を抜きつつ、むっくりと立ち上がる。
その姿は、まるでヒーローの様だとラジオとハカセは思った。
「下は柔らかいぞ。みなのもの、我に続け!」
隊長の号令が飛ぶ。
「うぉー!」
『アム○、いきまーす!』
テンションマックスな3歳児2人は、何だかたまらなくなって飛び降りた。
「ザシュ!」「ザシュゴッ!」
二人とも無事着地…では無かった。
ラジオは着地の際に、膝小僧に顔を打ち付けてしまった。
これは痛い、実に痛い。
もんどりうってひっくり返り、柔らかい土の上で顔面を手で押さえ転がり回るラジオ。
まるでギャグみたいな光景に、始めは呆気にとられていた隊長とハカセだったが、辛抱たまらず笑いだす。
「ラジオ、カッコ悪いぞ! ハハハ!」
「痛いよね、大丈夫? でも死にかけの虫みたい! ブッククッ!」
夕暮が近付く空堀の底で、大笑いする二人。
ラジオもようやくダメージから回復してきたのか、涙目になってスックと体中土まみれで立ち上がり、笑う二人に文句を言う。
「ひどいよ! 笑わないでよ!」
二人がラジオの顔を見た瞬間、彼の願いは叶った。
「うわ! 鼻血だ」
「血だらけだ! 大けがだ! 死んじゃうぞ!」
顔面の鼻から下と、手のひらを真っ赤に血に染めているラジオの姿を見て、テンション駄々下がりの二人。
二人の様子を見た後に手のひらの血を確認し、何が起こったかを知ったラジオはニヤリと笑った。
「くらえ! 鼻血爆弾だ!」
そう言って、まずは隊長に突撃する。
隊長のTシャツの背中に、真っ赤なもみじを印刷する為だ。
もちろん、血相を変えて隊長は逃げ出した。
「汚いぞ! エンガチョだ! やめろよ、隊長命令だぞ!」
鬼ごっこの鬼に自ら望んでなったラジオは、隊長の言葉を無視してギャグをかます。
『彼女は最高よー!』
「ラジオがまた変なこといったー!」
のりのりで隊長を追いかける。
若干引き気味のハカセは、じりじりと後退し、間合いを置いて二人の様子を見ている。
柔らかい土の上だから、当然追いかけっこには向かず、二人は何度も転び、楽しそうに追いかけ合いを続けている。
その愉快な鬼ごっこにハカセ我慢しきれなくなってしまう。
「ずるいよ、僕も混ぜてよ」
とうとう参戦して、3馬鹿達のエンガチョ鬼ごっこは続く。
10分後、ようやく満足したのか、3人は笑顔で土の上に大の字で寝ころぶ。
「ぎゃはは」と笑い合う様子は、3馬鹿トリオの名に恥じない。
それにしても、3人とも実に酷い格好だ。
服は上から下まで土まみれで、隊長のTシャツの背中には2つの真っ赤なもみじ、一番ひどいのは、言うまでも無くラジオであり、顔も手のひらも上着のシャツまで、血と泥でベタベタだ。
息を整えた隊長は、おもむろに上体をムックリ起こすと片腕を突き上げ威勢よく大声を上げる。
「よーし、今から探検に出発する!」
ラジオは嫌な顔をして、泥だらけの顔を隊長に向ける。
「帰りたいであります。手がベトベトで気持ち悪いであります」
予期せぬ部下の反抗に驚いた隊長は、あわてて膝で駆け寄り、寝ころんでいるラジオの胸ぐらをつかむ。
「きさま、それでも軍人か! お国のために戦うのだ!」
納得いかないラジオは、黙って隊長のTシャツを引っ張り、ゴシゴシと顔を拭く。
「ぎゃあー! ママに怒られる!」
血のついた場所を必死にはたく隊長だが、たいして汚れは落ちない。
そもそも、その前から手遅れだと思うが、確かに怒られるのは間違いない。
ハカセはゲラゲラ笑っている。
隊長は涙目になり、拳骨でラジオの頭を叩いた。
ムッとしたラジオも叩き返す。
すぐに、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまう。
しかし体格差から言って、ラジオは隊長には全くかなわない。
小学4年生と、中学3年生の喧嘩なら当然であろう。
「やめてよ! けんかはダメだよ!」
ハカセは見かねて仲裁に入ろうとするが、興奮した2人にポカポカと殴られ、とうとう頭にきて隊長を殴り返し、ついに3人でバトルロワイアルさながらの、くんずほぐれつの大喧嘩に発展する。
しばらくすると、隊長のカウンター気味の頭突きがハカセのあごにクリティカルヒットし、ダウンしたハカセはビービーと泣きだした。
これにて、決着は付いた。
彼らのルールでは、泣いたら負けである。
予期せぬ結果にテンションの下がった隊長とラジオは、何となく笑って、お互いの健闘をたたえ合う。
「戦いの後には何も残らない」
「それでも戦うしかないのだ」
これは、人気戦争ドラマのセリフそのままだか、2人は満足して、がっちりと握手を交わす
その様子に納得いかないハカセは、しゃくりあげながらも文句を言う。
「ふ、ふたりとも、ひ、ひどいよ!」
実に正当な言い分だが、それは通用しない。
なぜなら彼は敗者なのだから。
「ハカセが悪い!」と隊長。
「泣くのが悪い!」とラジオ。
2人は肩を並べ、「泣き虫こむし、泣いたら負けよー♪」と歌い出す。
それを聴いて、更に大泣きするハカセ。
するとラジオは、母親のまねをして「よしよし」とハカセの頭をなでて慰める。
そんな事をしていると、自分が泣いている時に優しくしてくれたお母さんのこと思い出し、ラジオはちょっと切ない気持になってしまった。
目の前で座って大泣きしているハカセは、自分の一番の友達である。
そんな彼が泣いていると自分も悲しくなってくる。
何だか鼻の奥がツンとして、思わずもらい泣きを始める。
「ウェーン! ハカセ、泣くなよ~友達だろ~」
「ケンちゃんが、ひ、ひどいんだよ~」
「ごめんよ~」
これにて、隊長の1人勝ちが決まった。
でも、部下2人が泣いてしまったので、隊長も悲しくなってきた。
(このままじゃ、隊長失格だ。何とかしないと)
切羽詰まって、大声で叫ぶ。
「秘密基地を見つけに行くぞ! そしたら悲しくなんてないぞ!」
「「わかったよ~。行くよ~」」
そう、彼らのルールでは、泣いたら負けである。
勝者で隊長の言う事は、絶対なのだ。
山での洞窟探しという当初の目的の為、3人はようやく空堀の底から抜け出すが、ラジオとハカセのしゃくりあげは止まらない。
隊長は、部下2人の靴の脱がせて、靴の中に入っていた土をトントンと叩いて取り出してやる。
続いて服に着いている汚れを、叩いて落とすと、少しはましに見えてくる。
更に、もう汚れてしまった自分のTシャツを脱いではたくと、そのシャツで泥だらけの2人の顔を拭いてやる。
意外に仲間思いで面倒見がいいのが、彼の長所である。
そんな隊長の好意に、ラジオとハカセは「エヘヘ」と無邪気に笑う。
3人は、隊長がTシャツを着込むとすぐに、山に向かって歩き出す。
今の時間は5時半を回った頃で、山の入り口までは子供の足でも20分もかからないだろう。
彼らがおとなしく、山の入り口付近を調べて戻ってくれば、暗くなる前には村に無事に辿り着ける可能性は高い。
おとなしく、山の入り口付近、……断言しよう、ありえないと!
問題児達は隊長を先頭に、目的地に向かって行軍を始める。
どこで覚えたか知らないが、軍歌を大声で歌いながら、実に楽しそうに進軍していく。
太陽はもうすぐ、地の果てに沈むだろう。
辺りは次第に暗くなって来つつある。
それに伴い、さすがに3馬鹿達もだんだん不安になってきた。
ここで引き返せばいいのだが、悪い風に集団心理が働いているのか、帰ろうと言う者はいない。
空元気で、大声で同じフレーズを繰り返し歌い、テンションを上げる3馬鹿トリオ。
5時50分頃にようやく山の入り口に到着した時は、テンションマックスだった
この辺りの地勢は、山と言ってもまだなだらかで、土の山では無く岩の山だ。
そのため、植生も大きな木が生い茂っておらず、草や低木が中心で、道が無くても簡単に上へ登れてしまう。
当然、洞窟があるような場所でもなく、そもそも海が少ないこの世界では、鍾乳洞を作るような水成岩は少ないのだ。
「洞窟がないね」
ハカセが素直な感想をつぶやく。
「探そうぜ。きっと見つかるよ」
隊長は、言いだしっぺであるので前向きだ。
「成せば成るであります」
父親の口癖を話すのはラジオ。
3人は、テンションを維持したまま山を登っていく。
「よし、てっぺんまで競争だ!」
隊長の号令で、よせばいいのに3馬鹿は走り出す
ちなみにこの山は、山脈の一部なので山頂の標高は1500m以上はある。
本当に頂上まで行くのなら、装備を整える必要がある。
そもそも、大人になったら空を飛べる世界で、山登りの趣味を持つ人は稀有である。
つまり、山道は整備されてないのだ。
当然、道しるべも案内板も無い。
下手に体力がある子供達は、30分以上も夢中になって山を走り登る。
もう本人達は何処に居るのかさえ解らないだろうが、まだそれには気付いていない。
すると、ごつごつとした岩壁がむき出しの場所に、遭遇した。
隊長は、目を輝かせ、勇んで腕を突きあげ号令する。
「みんなで、洞窟を探すんだ!」
「了解であります」
「探すであります」
3人は興奮して探し回るが、遠くまではよく見えないので見つからない。
山の日没は、平地より早いのだ。
その時に初めて彼らは気付く、もう夜であり、ここは一体どこだ?
5月10日の午後6時半頃、場所も解らぬ暗い山の中に、3人の子供達が居た。
その場所からは、村の明かりなど見えはしなかった。
解説及び設定
擁壁について
この世界の村以上の集落には、ほぼ例外なく集落を守るように取り囲む擁壁が存在する。
魔術やギフトで造られたそれは、外壁は垂直でフラットであり、素材が土であっても表面加工してあり、強度は石壁以上、高さは3m以上はある。
その製造目的は戦争や魔物に対する防衛であり、平和な時代である今は、魔物に対する物である。
ほとんどの魔物が空を飛べない為、非常に有効な防衛手段である。
擁壁が5m以下の場合は空堀があり、その底は踏ん張りが利かないように軟弱になっている。
この為、人型以下の魔物はジャンプしても壁を飛び越えられない。
擁壁上部には、一部の例外を除き、植物繁殖防止魔術陣や固体感知結界が最低でも仕込んである。
もし何か異常があれば、門番の詰所にある魔道具が反応し、異常を確認した後に門番が警報を鳴らす場合がほとんどである。
高い場所から飛び降りた件について
そもそも、人間族も獣人族も地球人より丈夫である。
もちろん、下が軟らかかった事もその一因である。
だが、一番大きな理由は、速度の二乗がエネルギーに比例しない世界だから。
もっと高い場所から落ちないと、転落死なんてしません。