第00話 プロローグ
惑星ルミネシアのガレア地方にある三大人間族の一番東に位置するリンダ連合市国の北東部の田舎にあるステラ村は、人口500人に満たない小さな村だ。
村の人口の8割近くが獣人族で、村民のほぼすべてがゾンメル教信者であると言う特殊性から、粗暴な人物が住んでいると勘違いされ、完全に都市から見放された村である。
住民のほとんどが第一次産業に従事し、それ以外にも開拓民や冒険者や傭兵等を兼業しているので、牧歌的なのか好戦的なのかは外から見ると確かに解りにくいかもしれない。
これは特に目立った産業もなく、観光地になる要素も皆無であり、交通の要所でもない為、必然的に村を訪れる人がほとんどいない事が起因している。
まあ決して閉鎖的な村ではないが、ほとんどの村民が自給自足の生活を送り、村の東側は山脈に隣接しており、山裾の村と言っても差し支えないので、結果的に日本で言う山奥の山村に近いイメージを周辺から持たれている本当に気の毒な村である。
そんな特殊な村の中には、一軒だけ万屋が開業している。
その店の名は、マッケンジーとルルの店。
まだ若い(と言っても、双方とも今年で50歳)人間族の夫婦が仲良く経営していた。
村人たちとの人間関係は上手くいっているが、一般的な人間族の感覚でいえば、この夫婦は変人夫婦である。
それは、一言でいってしまえば価値観の相違である。
まずは宗教観が違う。
人間族の国の国教はミリア教であり、ゾンメル教徒の数は少ない。
まだ新しい宗教である事が主たる理由だが、戦いを積極的に肯定する教義が人間族には合わないのかもしれない。
そして最大の理由は、結婚観や恋愛観についてである。
彼らが結婚したのは40歳になる前である。
これは、今の平和な時代ではかなり早い方だ。
普通は100歳を超える事は当たり前で、200歳を超えても結婚しない人も多い。
人間族は、子づくりを義務と考えている人が多く、子供が成人し独立するとあっさりと離婚する夫婦がそこそこいる。
それどころか、恋愛と子づくりをきっちり分けていて、奥さんや旦那さんがいてもパートナーと呼ばれる地球で言うセックスフレンドとだけ性交渉を行うという、地球人からすればうらやましい…のではなく、許し難い人間族も結構な数がいる。
これは、子供を作ろうとしなければ出来ない仕組みになっている事が原因だが、さすがにそんな事をしている夫婦はほとんどいない。
まあ、早い結婚はそれほど大した問題ではないのだが、この夫婦の特筆すべき点は結婚10年目を超えてもまだいちゃいちゃしている事だろう。
人間族の恋人達が人前でいちゃつく場面はたまに見かけるが、さすがに10歳の子供のいる夫婦でそんな事をしている奴らはいない。
もっとも、人間族の感覚でも愛し合う二人がラブラブなのは、それほど恥ずかしい事ではない。
人目を気にせず愛を囁くのは理知的ではないが、この世の摂理であり論理的であるからだという、実際どうでもいい理由からである。
ともかくこの夫婦、ダン=マッケンジーとルル=リンクは、仲が良い事だけは間違いない。
その証拠に、店が開店中にもかかわらず、お客がいない事を幸いにして店のカウンター越しに手と手を繋ぎ、とろけた瞳で見つめ合っている。
「ねえ、愛しのダン。あなたはどうしてカッコイイの?」
「君が目の前で笑っているからさ、可愛いルル」
「あなたの声は、私をドキドキさせるわ」
「君のきれいな声は、女神様より素敵さ」
「ああ、愛しているわ、ダン」
「僕の愛しい人、素敵なルル」
もちろん、物には限度がある。
いっそ、爆発してしまえばいいのだが、さすがに2人っきりでなければここまでひどくは無い。
店が開いている時間に暇を見つけてはこんな事を続けているバカップルには逆に感心するが、もしこんなのが身内に居たなら、たまった物ではないだろう。
しばらくすると、そんな甘い言葉を交わす二人の愛の結晶である、一人娘が学校から帰ってきた。
彼女の名前は、マリ=マッケンジー、今年10歳になり、先月に神託を済ませたばかりである。
マリは、裏口から店の奥にある住居スペースに入り、2階にある自室に荷物を降ろし、両親に学校での出来事を報告する為に店舗スペースへ向かう。
この家は、地球でよく見かける店舗付き住宅にそっくりな間取りで、1階の約半分が店舗、残り半分と2階が住居であり、家は総2階の平屋根の石造りで、大きさはのべ100坪ほどであるが、これは田舎では一般的な建物であり、マッケンジー家が裕福と言う訳ではない。
住居スペースから店へつながる扉を開くと、相変わらずベタベタと手を繋ぎ、周辺にハートマークを振りまく両親を見つけ、うんざりという表情で見つめるマリ。
「お母さん、お父さん、ただいま。それと店で手を繋ぐのはやめて、気色悪いから」
彼女も難しいお年頃なのだ。
10歳と言っても、肉体や精神は日本の高校生に匹敵するのだから。
可愛い娘の言葉を受け、仕方なしに名残惜しそうに手を離すダンとルル。
マリは、カウンター内に座っている母親の横にある丸椅子に腰かけると、早速用件を話し出す。
「進路指導のボブ先生が、進学予定の高校について話し合ってきなさいって」
こんな田舎では、学校は義務教育である中等部までしかない。
つまり、高等部に進学するには必然的に親元を離れる事になる。
母親は、怪訝そうな表情で横に座る彼女に質問する。
「マリちゃんは、アビス市にある普通科高校に進学するのよね? 気が変わったの?」
少し前の家族会議で、マリは学生寮がある進学校を受験すると両親に報告していた。
マリはカウンターに置いた両手をグッと握りしめ、フルフルと首を横に振る。
「そうじゃないけど、先生が、『せっかく戦闘系のレアギフト持ちになったんだから、そっち方面も考えてみないか?』って言ったの。私、戦闘には興味が無いけど、一応、ゾンメル教徒だから」
マリのギフトは『等速』である。
彼女のギフトで意志付けした物体は、固体に当たらないと減衰せず、一旦加速すればいつまでも等速運動を続ける。
加速限界もあるし、効果もそれほど持続しないが、例えば鉛玉なら音速の3倍で一時間以上飛ばし続けられると言う強力な物だ。
父親であるダンは、思案げにあごに手を当て、愛娘を見つめる。
そして、自らの考えを解りやすく伝える。
「ゾンメル教は、何でもかんでも戦えと言ってる訳じゃないよ。自分の考えや適性を考慮して、目標を定め、戦闘に限らず、努力して成長する為に積極的に戦うんだよ。逆に無理やりや、嫌々戦うのは良しとしないんだ。戦闘だけが戦いじゃないし、運動や勉強で切磋琢磨するのも全部同じなんだ。もちろん、才能を活かすのは悪い事じゃないけど、積極的にいろいろ経験を積むことの方が、マリにとっては大事じゃないかな? マリは、ギフトが解った時、戦いたいと思ったかい?」
マリは、フルフルと首を横に振る。
「私やっぱり普通科高校に行きたい。普通科でも、魔術の授業はあるもの」
ダンは優しく微笑むと、娘の考えを肯定する。
「お父さんの経験ではね、普通科の魔術はそれほど専門的ではないけど、その分、あらゆる分野について学べるよ。その結果、戦闘職に興味がわくかもしれない。全然違う道に進むかもしれない。マリは賢いから、自分の最善を選べるはずだ。もちろん迷った時は、先生やお父さんやお母さんに相談するんだよ」
「うん、そうする。ありがとう、お父さん」
娘の笑顔に満足したダンは、少々誇らしげだ。
「あなた、やっぱり素敵」
いきなり身を乗り出し、カウンター越しに夫にハグするルル。
そのまま、ベタベタと愛の言葉を囁く両親を冷めた目で見つめるマリ。
いつもと変わらない風景が、マッケンジーとルルの店の中で上演されている。
(これさえなかったら、良い親なんだけどな)
さすがにそろそろ止めようかどうか思案していたマリだったが、
母親が急に「そうだ、私達からもマリちゃんに報告する事があるのよ」
と言う言葉に、その機会を失う。
相変わらず手を繋いだままの両親に、半分呆れ、半分恥ずかしく思い、ちょっとだけ幸せを感じたお年頃のマリだった。
両親は少し居ずまいを正し、更に何だかもじもじしているようだ。
「あなたから言って」
「えー? 母親の方がいいんじゃないの?」
このまま、ラブラブ夫婦漫才を見せられるのは勘弁してほしいと思ったマリは、
「どっちでもいいから、早く!」と、わざと不機嫌そうな表情を作り、催促する。
「じゃあ、僕から」
「やっぱり、私が言おうかな」
「じゃあ、ルルが言って」
「あなたの声で優しく話して」
さすがにマリも呆れ果て、「お父さん、さっさと言ってよ」と、今度は本当に不機嫌に言い放つ。
さすがにやり過ぎたと思ったかどうかはともかく、ダンは一つ咳払いをすると、娘に幸せの報告をする。
「実はね、…子供が出来たんだ。マリはお姉さんになるんだよ」
マリは口に手を当て驚くが、同時に納得する。
最近、両親は泊りがけで旅行に出かける事が多かった。
(子づくり村に行ってたんだ)
神託直後に、性教育の授業を受けていた彼女は、真っ先にそれを思いついた。
授業内容を思い出し、ちょっぴりブルーになりかけた彼女だったが、喜びの方が何倍も何十倍も大きかった。
「お母さんすごい! お父さんありがとう!」
興奮して両親に抱きつくマリは、何だかすごく興奮した。
自分がお姉さんになるなんて、信じられない!
(弟かな? 妹かな? もう、どっちでも幸せ!)
しばらくキャッキャとはしゃいでいたマリだったが、ふと疑問に思った事を無邪気に尋ねる。
「私、ずっと一人っ子だと思ってたんだ。お父さんとお母さん、すごく仲がいいのに10年も子供がいないから。ねえ、何で今なの?」
ウッと言葉に詰まったダンは、気まずげに視線を動かし、照れ隠しのように手のひらをすり合わせると、少し間を置き、観念したように話し出す。
「えーっと、ほら、あれだ。色々先立つ物が必要と言うか、余裕が無かったと言うか」
年の割には聡い娘は、聞かなきゃよかったと後悔しつつも、その素直さから決定的な感想を漏らしてしまう。
「…うち、貧乏だもんね」
ある意味仕方が無い。
比較的若いうちに、大恋愛で結ばれた両親には貯蓄があまりない上、この店の開業資金や運転資金で手いっぱいだったのだから。
しかもこんな田舎の店では、大して収入も見込めない。
また、子供を作る為に親に資金援助を頼む人間族は、ほとんどいない。
子供が子供を育てる訳にはいかないのだから。
一気に雰囲気が暗くなったのを見かねて、マリはフォローする事にした。
「お父さん、大丈夫よ。それに、教祖様も言ってるわ。『成せばなる。成さなければならない何事も』って」
「そうだよな! 大丈夫だよ、ここしばらくで貯金も増えてるし、がんばれば全部上手くいくさ」
娘に励まされ、空元気を出す少し情けないダンだったが、まあ、贅沢するのはともかく、この世界では食うに困ると言う事は無い。
二人のやり取りを見て、ルルは幸せそうに微笑むと、胸に手を当て目を閉じ女神様に感謝をささげる。
そして、正直な気持ちを幸せいっぱいに弾んだ声で最愛の夫に告げる。
「ああ、ダン。あなたは素敵よ。甲斐性なしでも関係ないわ」
言葉もなくカウンターに突っ伏した、生活力の乏しい主人だった。
それから半年後、平凡だが幸せな家族に新たな命が加わる。
それは、悲しい前世を昇華し、異世界を渡った魂の新たな生の始まりであった。
生まれたのは玉のような男の子。
名前は、ケン=マッケンジーと名付けられ、ブラウンの髪と黒い瞳を持つ愛嬌のある、これまた平凡な男の子だった。
そして、この物語はそこからはじまる。
ガレア地方の地図
http://8750.mitemin.net/i75343/
設定
詳しく知りたい方は、異世界で孤児になった男を読んでいただくか、最後にある設定 (ネタバレ有)を見てください。
人物一覧
年齢は初登場時(カッコ内は主人公との年齢差)
主人公 ケン=マッケンジー
管理世界以外(天然もの)の魂が異界を渡り、異世界転生を果たした為、完全ではないが前世の記憶を持つ。
ブラウンの髪と黒い瞳を持つ愛嬌のある人間族の男の子。
誕生日は、12月25日。
ヨシトとは、違う地球から来たという設定。
ダン=マッケンジー
主人公の父親で人間族。
浅黄色の髪と、薄いグリーンの瞳を持つ。
年齢は50歳(+50)
誕生日は、4月18日。
ルル=リンク
主人公の母親で人間族。
エメラルドグリーンの髪と、サファイア色の瞳を持つ。
年齢は50歳(+50)
誕生日は、5月24日。
マリ=マッケンジー
主人公の姉で人間族。
青い髪と、黄金の瞳を持つ。
年齢は10歳(+10)
誕生日は、6月12日。
ギフトは『等速』
世界についての一部説明
惑星ルミネシアは、地球での20世紀前半程度の文明を持つ異世界である。
その中でもガレア地方は、赤道から北に位置し、平坦で温暖で生命が豊富で特に豊かな地域である。
ガレア地方の住人の中で、最も力を持つのは人間族と言われる種族で、三大人間族の国とその周辺諸国で、大きな経済圏を形成している。
三大人間族の国の一番東に位置するリンダ連合市国は、人口1200万で、人間族の割合が8割を占め、都市国家群の集まりと言える国である。
リンダ連合市国の北東部の田舎にあるステラ村は、人口500人に満たない小さな村。
有名な都市アビスから140km程南東にあり、完全に傘下の村である。
地球人類と人間族や獣人族との違いについての説明。
もちろん、二足歩行をし、言葉を使い、理性を持ち、男と女がいて、感情があり、生まれて必ず死ぬ等の基本的な部分は変わらない。
見た目も頭や胴体や手足や指があり、それぞれのパーツの数も変わらない。
つまり、生物としての本質は地球人類と極めて近く、地球人もある意味、猿人と言えるかもしれない。
人間族は女神に最も愛されていると言われる種族で、遥か昔に精霊族と言う魔力の心臓(魔蔵)を持つ最大魔力値が高い種族と、体が丈夫な獣人族の猿人種との混血で、双方のいいとこ取りの特徴を持つ。
元になった双方の種族とも今は絶滅しているが、その血脈は人間族に受け継がれているという考えも成り立つ。
普通は、獣人族と精霊族の間に子供は生まれないが、前述の理由で人間族は双方の種族と子づくりが出来る。
生まれてくる子供はすべて人間族であるから、遺伝的にも優位種と言える。
外見の特徴は、一言でいえばアニメ顔であり、ピンクや緑の髪どころか極端な場合は数色の髪色を持つ者までいる。
平均身長は男女問わず170cm程で、平均寿命は500歳くらいであり、若い時代が長く続き、地球人でいう中年ぐらいまでの容姿の変化はあるが、老化が始まると数年で死亡する。
400歳近くまで繁殖可能であり、発情のサイクルがあり、定期的に生殖器に溜まる魔力を放出しないと病気になる場合がある。
性格は理知的で論理的であるが、反面、想像力は乏しく、性衝動や感情も獣人と比べれば控え目だと言われている。
獣人族は獣の特徴を持つ人種であるが、ぱっと見の特徴は大差が無く、ごく一部の種族を除き毛深いとかいう事もなく、薄暗い場所で見ると解らない程度の違いである。
あえて言うなら、耳や目や鼻や口の形が少し異なり、種族差としては、例えば熊人は大柄だとか、獅子人は最大魔力値や髪の量が多いとか、山犬人は鼻や耳が利くとかがある。
獣人同士であるなら、どの種属相手でも繁殖可能なので、全ての獣人は同種であると言ってもよい。
獣人族の恋愛観は、開放的ではあるが地球人と大差なく、結婚と恋愛を分ける事はしない。
彼らの寿命は最大で120歳程度であるが、地球人と比べて若い時代が長く、女性も80歳くらいまでは妊娠可能である。
ミリア教
理性的に生きた物が天寿を全うすると、神の国に行けるとされる宗教。
戒律も厳しくなく結婚もできる。
イメージは緩いキリスト教。
精霊族ミリアが始祖。
人間族の国教である。
ゾンメル教
戦いを積極的に肯定する宗教。
戦闘職の信者が多い。
人生は戦いの日々だ。
頭はクールに、心は熱くという感じ。
魔術関係
魔術
意志付けした魔素を変化操作してさまざまな現象をおこす技。
脳内の魔力野と呼ばれる魔術専門の領域や魔蔵を持つ生物が使用できるとされる。
より強力な魔術を使うためには努力が必要。
時間や空間は基本扱えない。
この世界の意志有るものは、ほぼすべて魔術が使える。
ちなみに獣人族は身体魔素が少ない。
ギフト
女神からの贈り物と呼ばれる奇跡の一つ。人であれば誰でも一つは持っているもので、先天的スキルとも言われる。魔術や技のようなもので、意識さえすれば、何の努力もなしに一定の力を使える。最大の利点は、大気中や地中、水中に存在している天然魔素を使用するため自分の魔力である身体魔素を使わないこと。欠点は、本人の努力でアレンジは出来ても、鍛えて強化することは出来ないとされ、個人の持つギフトごとに一日当たりの天然魔素の使用量が決まっている。また同じ種類のギフトでも、個人により威力や天然魔素使用量にかなり差がある。
神託
人を含めた魔力を持つ多くの生物は、幼少期に外敵から身を隠したり、自らの魔術で傷つけないため、『枷』をはめて生まれてくる。
魔力が成長、安定すると自然にはずれるが、これでは、社会生活を営む上で、いろいろと都合が悪い。そのため、魔力がある程度安定したら、他者が強制的にはずしてやる。
一般的には、獣人族では5歳、人間族、精霊族では10歳の時に教会や保護者が行う儀式を神託とか成人の儀という。
これによる効果は、
1、世界に満ち溢れる魔素を感じるようになる。
2、魔術が使えるようになる。
3、子供が作れるようになる。
4、枷がはずれていると大人たちから認識され、ある程度一人前扱いされる。
5、ギフトを自分で認識し使えるようになる。
以上が代表的であり、特に最後の物は、そのギフトにより人生が変わる場合が多くある。