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プレプロローグ2


無機質な黒い岩肌に囲まれたホール状の空間で、神魔と死者が床に胡坐あぐらを組んで向かい合って座り、話し合いを始めようとしていた。

神魔の名前はプルルク。

死者の男は比留間健一ひるまけんいちと言う。

この世の物とは思えない光景だが、この世の物ではないから不思議ではないだろう。


プルルクは、一つ目の黒眼をぐるぐる回し、愉快そうに話し出す。

「一応確認するよ。健一君は恋人の千佳ちかちゃんとご両親を助けたいんだよね?」

「ああ、それさえ叶うのなら命なんかいらない」

「君はもう死んでいるから、命なんて無いよ」

(やはりそうか)と思った健一だが、自らの生死の確認よりも目の前の怪物の話を聞く方を優先する。


「それで、どうやって助けるんだ? 命を捨てる以外、僕は何を失うって言うんだい? まさか、お金なんて事は無いだろう?」

ケラケラ笑い、傑作と言うように膝を叩くプルルクは健一の疑問に答えていく。

「お金なんて食べてもお腹は膨れないよ。冗談はともかく、事細かく説明するよ。助けるのは君、チャンスを上げるのが僕、そしてその為に健一君は文字通り、全てを失うのさ」

ちっとも細かい説明ではないが、健一は辛抱強く聞き耳を立てる。


「二年半前の事故現場に、今の君の記憶と意識を送るのさ。対価として僕は君の絶望をもらう。これは契約だよ健一君」

健一は驚く。

それは二年半前に戻れるのと同等である。

あの事故を防げるのなら、そしてその対価が今抱える絶望だけと言うのなら、あまりにも都合のいい話だ。

健一の考えを読めると言ったプルルクは、それを証明するかのように解説する。


「そんなに都合のいい話じゃないよ。そもそも今の君は生前の思考が残っているだろう? これは特殊なケースなのさ。よほどの強い負の感情を残して死なない限り起こらない事さ。普通は死ぬと魂だけの存在になって、来世に転生する。つまり生まれ変わるんだけど、君の場合はそれが出来ない。説得して納得してもらって、負の感情を僕が食べて、成仏してもらうのが普通だけど、君はそのつもりは無いんだろう? まれにだけどそういうケースもあるのさ」

今の所、プルルクの話には不自然な点は無い。

この化け物は、負の感情を食らう存在だと言う事も分かった。

ここからが本題と言う事だろう。


「難しい事は省くよ。僕は君を過去に送れる。でもそれはこの世界の仕組みに反するのさ。結果的に世界の強制力によって、君の意識はすぐに消える。時間はちょうど3分間だよ」

「3分って、短すぎないか? それじゃあ何も救えないかもしれない」

「それは、君の努力次第だよ。僕はただ、チャンスを与えるだけさ」

カップラーメンが出来る間しか時間がないなら、相当に強引な手法を取らなければならないかもしれない。

いや、事故の際に自分の車の助手席に乗っていた千佳ちかだけは確実に助けられる。

運転手が意識を失い迷走していた、両親が乗った観光バスは無理かもしれないが。

彼の考えを知ってか知らずか、プルルクは話し続ける。


「そして、過去を変えると事象が分岐してパラレルワールドが創られる。新たに創られた世界では、君の両親や恋人は生存できる可能性が高いと思うよ。だけどね、未来から過去へ干渉した魂は世界から拒絶されて、君の存在自体が世界から抹消させられる。過去からも未来からも、精神も肉体も全部消える。魂だって、消えるか弾き飛ばされるかは解らないし予測できない。結局君は、大事な人と一緒に過ごせない。と言うより彼らの記憶にも残らない」

残酷な現実を聞かされ、健一の心に初めて迷いが生じる。

どうあっても、最愛の人達との生活は取り戻せないと宣告されたに等しいのだから。

彼の現在の心境も、過去の事実さえ理解している神魔プルルクは、探るような瞳で彼の心の柔らかい部分をいじくる話をする。


「健一君は、バスとの正面衝突を避けるためにハンドルを右に切ったね。とっさの判断だから問題にはならなかったけど、誰より君自身が彼女を犠牲にしたと考えている。確かにその結果、車の助手席に乗りあげたバスは谷底に落ち、両親もろとも彼女は死亡、君は九死に一生を得たけど、半年間近く入院していて、左目と左耳を失い、人生も失った」

「……」

「僕はそれは何の責任もないと思うよ。だけど君は、退院後自棄になってFXなんてモノに手を出した。両親の死亡保険金で生きて行く事に耐えられなかったから、一文無しになりたかったんだ」

うつむく健一は、何もプルルクに返さない。

それをいいことに、更に健一をなぶるプルルク。

「だけど、何の因果か億単位の金が転がり込むと急に考えを改めて博打をやめた。そのくせ、必要以上にお金を使う事もしなかった。それは、他人に迷惑をかけず人生を過ごせる目途がついたから」

「やめろ」

「両親が悲しむからという理由で、自殺しないと決めた君がこの二年間やった事は、実は消極的な自殺だよ。他人に関わらないと決めた心の中に、自らへの憐れみが無かったのかい? 君は生きたかったのかい? 死にたかったのかい? 人と関わりたかったの? 無視して欲しかったの? 認めてほしかったの? 罵倒して欲しかったの? 君の心は矛盾だらけだね」

「やめてくれ!」

「過去に戻っても、3分で消えるのが怖くなったのかい? その時、君の心には負の感情が無いんだよ。そんなていたらくで、彼女や両親を救えるのかな? いっそのことあきらめて、このまま僕に絶望を食われて転生した方がいいよ。僕も楽だし、君もこれ以上、何かを失わなくて済むしね」

「ふざけるな!」

健一は、とっさにプルルクの胸ぐらをつかみ締め上げる。

激しい怒りが彼の心に渦巻くが、誰に対しての物だか見当もつかない。

いや、本当は解っている。

これは単なる八つ当たりであると。


「ああ、負の感情は素敵だね。特に君のは純粋で極上だね」

プルルクは健一の暴力的な態度を意に介さず、彼から漏れ出る悪意を味わっているようだ。

健一は我に帰り、急いで手を放し、一つ目のピエロに「すまない」とだけ告げる。

プルルクは当たり前のように服装の乱れを正し、やれやれというしぐさで優しく健一に語りかける。


「僕に遠慮は無用さ。まあ、考えて決めなよ。多分、君の両親も彼女も今では転生を終えているはずさ。それに、例え過去を救っても、この時空では君の存在が無くなる以外は何にも変わらないんだから、やるだけ無駄だと言えるしね。健一君は、楽になっても良いと思うよ」

それはまるで悪魔の囁きのようだった。

死してもなお来世があり、最愛の人達が過去を忘れて今を生きているのなら、健一の葛藤や絶望は大して意味が無いのかもしれない。

目の前に居るピエロより、健一こそが道化であると言えるのかもしれない。

彼は胸に手を当て目を閉じて、自らの心に問いかける。


今でも愛している千佳の笑顔が思い浮かぶ。

優しかった両親との思い出が、走馬灯のように心を駆け巡る。

そして、この二年間の日々を振り返り、己の欲求や矛盾や葛藤に打ちのめされる。

ならば、答えは一つしかないだろう。

決して勇者とは成り得ない彼の心には、まだ迷いがある。

しかし、これ以上逃げる選択だけは出来なかった。


「プルルク、やってくれ」

「いいのかい? 君は消滅するよ、多分だけど」

「それでも、父さんや母さんや千佳が生き残る世界が生まれるのなら、そこに僕がいなくても構わない」

「オッケイ! まあ、僕はどっちでも損は無いからね。それと、3分しかないんだから、もうちょっと段取りを考える時間が必要じゃないのかい?」

「必要ないよ。あの時、どうすればよかったかなんて、この2年で何千回も考えた。後はやるだけだよ」

そうだ、自らの命を考慮しないのなら、取るべき手段は一つだけだ。

死人と神魔は何となくお互い立ち上がり、来るべき作戦開始に備える。

プルルクは健一のすぐ前に寄って来て、最終確認を始める。


「じゃあ、ちゃっちゃと済まそうかな。段取りだけ説明するよ。君の本体、つまり魂と残留思念は今の事象位置に残ったままだよ。負の感情を除いた残留思念のコピーが、過去に飛んで事象の改変を行う。成功すれば、君は世界から拒絶され、存在ごと消えて、魂自体も多分消滅する。失敗すれば、君の魂は転生のサイクルに入る。解ったかい?」

「了解した。一応、御礼を言っておくよ。ありがとう、プルルク」

「そんなの必要ないさ。これは契約だからね。じゃあお別れだね、さよなら」

呆気なく別れを済ませると、健一の意識は悪夢の時間に向け飛び立って行った。


―――――――――――――――――――――――――


健一と千佳は、社会人になって初めての長期休暇を利用して、2泊3日の予定で山深い温泉地に彼の車で向かっていた。

今は8月10日のお昼頃で、目的地までは後一時間もないであろう。

渓谷沿いの道とは言え、対面一車線で大型バスも通行できる整備された道を快適にドライブを楽しむ二人は、同じ大学の同窓生で、将来を誓い合った仲である。

はたから見れば、『リア充爆発しろ!』と叫びたくなる様子で、完全に頭の中はお花畑であるが、これが二人にとっては最後の幸せな時間である。


午前11時47分、温泉観光を済ませた大型バスと、これからその場所に向かう自家用セダンが正面衝突し、バスは谷底に落ちて大破炎上し、運転手と乗客42人が全員死亡。

バスの下敷きになった乗用車も原形をとどめず、奇跡的に運転していた22歳の男が唯一の生存者であったが、ある意味ただ生きているだけの状態に過ぎなかった。


この確定した事象を改変するべく、午前11時44分に未来からの死者が降臨した。

それは、比留間健一ひるまけんいちの残留思念という、出がらしであった。

しかも、地上での活動時間が3分という、ウルト○マンの弱点だけが付加されている点は実に残念としか言いようがなく、決して幸福にはなれない運命を抱えた決死行である。


健一は急ブレーキを踏み、車を停止させると、助手席に座る千佳に向かい理不尽な命令を下す。

「降りろ!」

あまりに急な展開に、呆気にとられた千佳は当然その指示には従わない。

健一は、問答無用で助手席のシートベルトを外し、身を乗り出しドアを開けて彼女とバックと携帯をまとめて車外に叩き出す。

素早くドアを閉め、無言で発進する車のバックミラーには、あまりの出来事に完全にフリーズしている彼女の姿が映っていた。


(思ったより時間を取られた。…だいたい30秒ほどか。間に合うか?)

制限速度を無視して、目いっぱいアクセルを踏む。

最後に見た彼女の姿が彼の心を責めるが、彼の無礼な振る舞いどころか、その存在自体も後2分ほどで忘れてしまうのだから気にしない事にした。

カーブを曲がるたびにタイヤが鳴り、センターラインを車体は踏み越える。

ここで事故を起こしては目も当てられないので、気合を入れて運転に集中する。


(やってしまった。もう後戻りは出来ない)

彼女を降ろした事により、事象の改変は確定してしまった。

後は何人の命を救えるかと言うだけだ。

そして、自らは決して救われない事を実感し、健一はガタガタと震えだした。

歯の根が合わず、呼吸は乱れ、全身から汗が噴き出す。


「怖い、死にたくない! 僕は何をやってんだ! 何やってんだよ!! 誰か助けて!! 神様、仏様、お母さん!!」

錯乱した叫び声をあげて、それでも最後の一線を超えないように、ギリギリのラインで意識を保つ。

後一分半ほどの時間が、とてつもなく長く感じられる。

今の彼の心には、事故に対する罪悪感も絶望もない。

事故に関する負の感情は、プルルクが完全に食ってしまったのだから。

ただあるのは、事実を知っていると言う使命感だけだ。


彼に残された時間は、一分を切った。

この時になって、前方にようやく大型バスが見えて来た。

忘れもしないその姿は、この2年半で何度も見た悪夢でも確認しており、間違えようがない。

(あれに、父さんと母さんが乗っている)

その瞬間、健一は完全に落ち着き、肝が据わった。

あれが2度目の人生の終着点であり、魂の消失点である。

ならば、もう何も迷う必要はない。


前方の観光バスに向かい、何度もパッシングの合図を送る。

上手くいけば、バスは減速するかもしれない。

しかし遅かったようで、バスは蛇行運転を始めているようだ。

彼は冷静に合流地点を計算し、乗用車の速度を調整する。

残りはおよそ10秒程、命のカウントダウンが始まる。


この頃になると、バスの中の様子が見えてくる。

運転手は完全にハンドルに突っ伏しており、乗客は何とかしようとしているようだが期待は出来ないだろう。

後30秒でも時間があれば、バスに並走して減速できるかもしれないが、彼にはもう無理である。

7,6,5とカウントダウンが進む。

狙いはバスの右側面、タイミングは崖側から山側に車体が曲がる頃合いを見計らう。

完璧なタイミングで、バスの下に潜り込むように突っ込むと同時にサイドブレーキを引く。

計らずも彼は、快心の笑顔を浮かべる。


すさまじい音と共に、セダンは鉄屑に変わる。

健一の体も、ただの肉塊に変わる。

時間を2秒ほど残し、比留間健一はあっけなく二度目の生を終えた。


そして世界は分岐した。


無機質な黒い岩肌に囲まれたホール状の空間で、プルルクは健一の存在と魂が消えて行く様を静かに見つめていた。

「大したもんだよ君は」

そう言い残して、怪物は己の存在する場所に帰っていった。


もう一つの世界で起った事は、もちろん、健一は知る由もない。

この日の午前11時47分起こった交通事故による死亡者はバスの運転手唯一人であり、それは衝突によるものでは無かった。

運よく路肩に止めてあった持ち主不明の乗用車にバスが乗り上げた為ブレーキがかかり、暴走バスは停止し、乗客の内からは骨折等の重傷者が数人は出たが、死者は一人も出なかった。

千佳も、温泉旅館に無事到着し、一人旅のはずが二人部屋の料金が払い込まれているというオカルト現象に遭遇したが、それ以外は特に何も起こらなかった。


あまりにも上手くやり過ぎた健一の存在と魂は、この世界から完全に拒絶され、無に帰す事すら許されず、異空間に弾き飛ばされた。

ただ、それだけだった。


―――――――――――――――――――――――――


とある世界で女神と呼ばれている管理者は、めったにない出来事に遭遇し、胸を躍らせていた。

何と、異世界を渡る魂が迷い込んできたのだ。

宇宙の辺境を弱々しく漂っていた魂を、この世界のいずれともつながる場所に導いた彼女は、早速調べてみる事にした。


「管理世界以外から来た魂だわ。天然物よ、これはレア物ね」

喜んだ彼女だが、その魂自体は大きく傷つき、グレードも平均的であった。

更に詳しく調べると、生前の記憶が残っており、このままシステムに組み込むと初回転生時限定とはいえ、前世の記憶が断片的に発現するとの予測が導き出された。


「さすが天然物ね。ちょっと不味いかしら?」

異世界の存在を知らしめることは、原則的に好ましくない。

それに、この世界では転生待ちをしている魂は数万体もあるのだ。

何もはぐれ魂をわざわざシステムに組み込む必要性など無いと言える。

だが、このまま異空間へ放逐すれば、この魂は消滅してしまうかも知れない。

そして、前世の記憶が発現しないように加工を施すのも良い選択とは言えないだろう。


「まあ、ヨシト君の例があるし、今回の場合は、管理世界以外の情報だから問題ないか」

確かに世界のことわりに触れるケースではない。

何より彼女はその魂に触れた時、あまりにピュアな資質を感じてすっかり気に入ってしまったのだ。

魂の強化は許されないので、優しく両手のひらに包み、傷ついた部分を奇跡を行使して癒す。

その結果、問答無用で女神様のシステムに組み込まれてしまうが、彼女はそれでいいと思った。

「今はお休みなさい。そして新しい息吹を下界に吹き込んでね」

女神様が優しく両手を開くと、魂は嬉しそうに震え、惑星ルミネシアにゆっくりと下りて行った。


女神様のきまぐれにより、比留間健一の魂は救われた。

彼には3度目の生が与えられたのだ。

1度目は25年、2度目は3分、3度目がどうなるかは女神様にも解らない。


そして、比留間健一にとってそれが本当に幸せにつながるかを予想する事は、現時点では誰にも出来なかった。


プレプロローグは、当初は短編のつもりで書いた作品なので、ある意味、ここで完結しています。

次話からは、がらりと雰囲気を変えてお気楽な作品を書こうと考えています。

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