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魔王の産声(旧:翁な青年の異世界冒険記)  作者: 亜狸
第2章 冒険者として
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6話 嵐の前の静寂

 シグルスは女王との通信を終えると、先程から複雑な表情をしているルミアに、この付近の事を尋ねていた。


 田舎と呼ばれる喜三郎の道場のあった山の付近ですら見れないような巨木が密集した森には、見た事もないような植物に、聞いた事もないような動物や鳥達の声が響き渡っている。危険な動物などもいる可能性もあり、外気も少し肌寒くて、夜になれば更に冷え込む事が予想される。


(花瑠璃さんには可哀想じゃが、これは確かに案内がいるのう。少しばかり別の世界に行く事を軽く見ていたかもしれんわい。彼女には気の毒じゃが、女王には感謝せねばの)


 シグルスに質問されたルミアは、周囲をぐるりと見渡し彼に答える。


「ここは、恐らくルルの森と呼ばれている森の丁度中心辺りですね。そちらに群生している植物はルルの森の深くにしか生息しない香草なので間違いないかと」


 はあ、とため息を吐くとルミアは暗い顔で更に説明を続ける。


「幸い、ここには危険な動物や、毒を持つ生物は存在しません。ただその所為か、野盗達が良く出没する事でも有名なのですよ。現在の太陽の位置から察すると、もう後1時間程で日も沈むと思います。現在のこの国の季節は喜三…、シグルス様のいた国の秋か、冬の始まり頃といった所ですね。夜になると更に冷え込むかと思います。正直な話、あまり良い状況とは言えないですね……」


 真剣な表情で彼女の意見を聞くシグルス、彼はルミアから話を聞くと自信の意見を述べた。 


「なるほどのう、ならば人里を目指すのは恐らく無理じゃろうな、今夜は野宿じゃの。

 野盗達に見つかるかも知れんが、これから冷えてくるのであらば、儂らの服装では火は焚かない訳にはいかなさそうじゃのう。交代で仮眠をとりながら朝まで過ごすかの、あと今日は飯は諦めた方が良さそうじゃの」


 

 シグルスは、大戦中にこういった経験は数多く積んでいる為、ルミアから聞いた話を分析し、冷静に対応を練っていく。


「私もそれが最善かと思います。明日、日が昇り次第に人里を目指して歩くのが良いかと思います」


「うむ、しかし花瑠…、いやルミアさんがその恰好で歩き回れるかが、ちと心配じゃの」


 ルミアの服装は死後の世界と同様の白い着物に、足元は、ぽっくりである。通常こんな恰好では森の中など歩くものではないし、まともに歩けたものではないと心配するシグルス。彼女は自身の服装に目を落とすとシグルスに答えた。


「そうですねぇ、正直ちょっとキツイかも知れないですね。

 でもまあ体力には自信がありますし、何とかなるでしょう、っていうか何とかしないとですしね。

 恐らく、女王様が私の事を思って、死後の世界と同じ姿で転生させてくれたのでしょうが……、この状況だとマイナスにしかなりませんね」


 二人は、ある程度の方針が決まった所で、薪を探しに行く。薪と乾燥した葉や細かい枝の屑を集めてきたシグルスはそれを積み上げると大き目の石を拾いルミアに声をかける。


「では火を起こすから少々離れておれ」


 そういうとシグルスは腰に下げた日本刀に手を掛けた。どうやら石を高速で切り付けて火花を起こすつもりであるらしい。正直、女王から貰ったばかりの村正をこのような事に使うのは、やや抵抗もあるが背に腹は代えられない。


「火なら私が点けれますのでお待ちください、神器が刃毀れしちゃいます」


「ん、そうだったのか、儂はてっきりお主も火を起こす道具など持っておらぬかと思ったわ。では任せる事としよう」


 そういうと花瑠璃はシグルスを後ろに下がらせ、二人で集めてきた薪に手をかざすと次の瞬間――――

 突如彼女の手の平から小さい炎が飛び出し薪へと燃え移る。シグルスは目を大きく見開き、驚いた表情でそれを見つめていた。


「こりゃあ驚いたわい! まさか『気』を、そのように使う事だ出来るとは」


 先程のルミアの中をまるで電子回路を電流が流れるが如く複雑に廻った気を感知していたシグルスは驚きと興奮で声を大にして彼女へと語りかけた。ルミアは自身の熾した火の近くへと座ると、シグルスにも座るよう勧め話を続ける。


「現代日本から来たのに、私の魔力の流れを正確に見切っていたシグルス様に私は驚きましたけどね……

 説明が遅れましたが、この世界では体内を流れる魔力、シグルス様の言う「気」ですね、これを一定の法則で体内、または体外へ流す事によって魔法という事象を引き起こす事が出来るの事が認知されています」


「なるほどのう、儂らが呼吸を通じて丹田で気を練るのと基本は一緒なのじゃな、お主は胸のあたりで練っていたようじゃがの」


「逆に、こちらの世界ではシグルス様の使う呼吸法なんかは殆ど知られてないんですけどね、まあ基本は同じなので訓練次第でシグルス様も魔法を使う事が出来るかと思いますよ」


「なるほどのう、それは是非挑戦してみたいのう。この体になってから「気」の量が増えておるようじゃし、折角じゃし色々とやってみる事にするかの」


 カラカラと笑うシグルスは、実に楽しそうに彼女へと答えた。自身もしらない気(魔力)の使用方法があり、さらに習得するチャンスまであるのだ、武を嗜むものとしてこれ程嬉しい事はない。


「魔力は魂の力ですからね、転生した事によって魔力の質が向上したのでしょう。あと魔法を覚えるのは良い事だと思いますよ。シグルス様の仕事にも役立つでしょうし」


 ルミアがシグルスに対し、気(魔力)が増えている理由について説明をすると、シグルスは納得したような表情を浮かべていた。


「そういえばシグルス様は、若い頃の体に転生した訳ですし、他に違いはないのですか?」


 ふと不思議に思ったルミアがシグルスへと問いかける、通常であれば老人の体から青年の体へと転生したのならもっと色々と思う所があっても良いのではないかと思ったようだ。


「肌にハリが出たのと、皺が消えたかの」


 ルミアの問いかけに即答するシグルス。勿論、ルミアの問いかけはそういう意味ではない。


「いや、見た目じゃなくて、身体能力とかそういったモノの変化はありませんか?」


「ふむ、そうじゃのう。たまに凄い体の調子が良い日とかあるじゃろう? 感覚的にはそんな感じじゃ。まあ尤も、戦いでもあれば違いがハッキリと分かるやも知れんがの」


 シグルスは自身の手に視線を落とし、握ったり開いたりしながら彼女に自身の感覚を説明する。彼が97歳の老人だった頃も体にどこか悪い所などもなく、体力的にも老人どころか、人間とは思えない程のものだった。死の3日前まで幼少期からの日課である修業は欠かさず行っており、道場に出て門下生全員を一度に自分に掛からせて稽古をつけていた程である。そんな訳で他人の体を与えられたならいざ知らず、現在の自身の若い体といった状況では身体能力の違いなどが良く掴めていないらしい。


「そうなんですか、でもまあ今の所、違和感がない状態で若返れているなら良かったですね」


 シグルスは笑いながら肯定の返事を返すと、そこで一度話を区切り、ルミアへと真剣な面持ちで声をかけた。


「しかし、お主がおってくれて本当に良かったわい、感謝するぞ。それと、これから暫く宜しくの『ルミア』さん」


「ふふ、こちらこそ宜しくお願いしますね『シグルス』様。それと私の事はルミアと呼び捨てにして下さいね」


 改めて挨拶を交わした二人はお互いにクスリと笑う。そうして、ドタバタと始まった異世界転生生活一日目の夜は更けていくのだった――――






 一回目の睡眠を終えたシグルスは2回目の番を行っていた。本当は一人で寝ずの番をしてもよかったのだが、恐らくルミアはそれを善しとはしないだろうと思い、交代で仮眠をとる事にしたのだ。

 焚き木に薪をくべながら周囲を警戒しているシグルスの隣では、ルミアが寝息を立てている。この神の末席に身を置くと言う少女は一回目の見張りを終えると深い眠りについていた。まだ幼さの残るとても可愛らしい寝顔をシグルスは優しい眼差しを向け微笑む。


(今日は色々とあって疲れておるのだろう、良く眠っておるわ。このまま朝まで寝かせといてやる事にするかのう)


 少女を優しく見守っていたシグルスは、ふいに表情を引き締め、周囲を目線のみで確認する。その眼光は、先程まで少女に向けていた優しいものではなく、まるで別人ではないかと言う程に、鋭く冷たい。


(気配は4つか……)


 近づいてくる何者かの気配を察知したシグルスは、自身が気づいている事を気取られないように気を配りつつ警戒を強めていく。


 ルルの森は静寂に包まれていた、まるで、これから起きるであろう「嵐」を警戒するかのように…… 


 



 


 

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