4話 守護の神
長い包みを抱えて戻ってきた花瑠璃は、女王に一礼すると包みを喜三郎に手渡した。
女王は花瑠璃に礼を言うと隣に座るよう促し、再び女王の隣に座る事になった花瑠璃は、また頬を赤く染めて幸せそうにしている。喜三郎は花瑠璃から手渡された包みを眺めながら女王へと問いかけた。
「ふむ、それでは神器とやらを拝見して宜しいかのう?」
女王が頷くと、喜三郎は包みをゆっくりと解いていく。包みの中には黒鞘に納められた一振りの打ち刀が納められていて、喜三郎は興味を示した。
「神器というものが、日本刀であったとはの、これは興味深いのう。抜いてみても宜しいかの?」
「ええ、かまいません、今回の依頼を受けていただいた場合、それは喜三郎様の物になる訳ですし」
喜三郎は女王に確認を取ると、鞘に収められていた刀をゆっくりと引抜いた。鞘から抜き放たれた鎬造りの美しい刀身は、その身を白銀に輝かせている。
「これは、なんとも凄まじい…
業物というのも憚られる程のものじゃな、しかも刀身から溢れんばかりの清浄な気が発せられておるの」
女王は喜三郎が刀に見惚れているのを満足そうに見つめて、彼の持つ刀についての説明を始めた。
「それは数百年前に天の国へと昇られた、村正という人物が最上級の天の国の金属で鍛えた刀剣です。
彼の才能と経験によって打たれた刀剣は、神聖な気を帯び魔を祓う力が備わっています」
「なるほどのう、流石は伝説の名工といった所じゃな。
しかし、伝説級の村正殿の刀を使えるなど剣術に携わるものとしては光栄の極みじゃろうて」
喜三郎は、先程まで見惚れていた刀身を鞘に収めると満足気に言葉を発していた。
「では引き受けて下さるのでしょうか?」
女王は、先程の喜三郎の言葉を受けて、ホッと安心した様子で喜三郎に問いかけていた。
「うむ、婆さんがいる世界を守る、それだけでも充分に引き受ける価値があるとも。
それに、このような名刀を振るってみたいと思うのは剣士として当然であろう」
「有難う御座います。助かりました。
その刀は確かに素晴らしいものなのですが、扱える人間が殆どおらず困っていたのですよ。いかに素晴らしい刀剣であっても使うものが居なければ只の飾りにしかなりませんからね」
女王が喜三郎を選んだ理由はこれが大きいらしく、喜三郎がこの話を断っていたらこの刀剣を扱えるものなどいないのである。喜三郎の世界には、他にも剣術を納めた人間は数多くいるが、彼ほどの使い手はいないのが現状である。彼が「現代の武士」とまで称される理由はそこにある。
「なるほどの、だから儂じゃったのか」
自身がなぜこのような依頼を女王にされているのか悟った喜三郎は、納得がいった表情である。
「して、儂の新しい体とはどういったものじゃのう?」
喜三郎は気になっていた事を女王へと尋ねた。新しい体が与えられるとはいえ、下手に違和感のある体など与えられた場合、日常生活ならばともかく戦闘などは不可能だ。
「そうですね、新しい体については、喜三郎様の身体能力が一番高かった18歳の頃の姿と能力を模して創造させて頂きます。下手に自身に馴染みのない体など与えられた所で違和感しかないでしょうし」
喜三郎は女王の答えに、それならば問題はないだろうと満足しているようであった。
「そういえば言語や生活文化の違いなどは大丈夫なのかのう? いざ、かの地に降り立って言語が通じぬとなると我が愛しの婆さんに愛の言葉を囁く事も出来んからのう」
女王は喜三郎の言葉に苦い笑いを受けべると、彼の問いかけに答えた。
「言葉については、私が与える祝福で解決出来ますので大丈夫です。
ただし、生活文化などの違いについては現地で直に触れて覚えてくださいね」
女王の言葉を聞き、ホッと胸をなでおろす喜三郎。言葉さえ何とかなれば、生活文化の違いなどは、後でどうとでもなるかと軽く考える。
ふむ、と納得した喜三郎は、手中にある刀を見つめながら呟いた。
「うむ、まあこの年になってから新たな事に触れられるとは、嬉しいものじゃのう」
その言葉を聞いた女王は、満足そうな面持ちで喜三郎に告げた。
「そうですか、それでは喜三郎様を765番目の『守護の神』として、今この場を持って任命いたしますね」
女王がそう言葉を発すると、喜三郎の体は不思議な光に包まれる。
「これは……
体の底から力が溢れてくるようじゃの……」
「これで喜三郎様の魂は守護の神としての役割を負ったことになりましたので、私の祝福が付与されました」
喜三郎は女王の祝福を受けた自分の手を開いては閉じたりしながら見つめると軽く女王に礼を述べた。
「それでは早速、喜三郎様の受け持つ世界へと案内したいのですが宜しいですか?」
喜三郎は、
(まあ、もともと分からん事だらけじゃしのう。行けば何とかなるじゃろうて)
と、深く考えずに女王に『よろしく頼む』と返事をしていた。後にちょっと後悔する事になる。