3話 死後の世界の女王
死後の世界の主である女王の宮殿の一室で、喜三郎と花瑠璃は宮殿の主を待っていた。
先程まで周囲に暗い空気を振り撒きながら、「ばあさんや…ばあさんや…」と呟いていた喜三郎も漸く落ち着いたようで、今は花瑠璃の対面のソファに腰を下ろしている。
「して、花瑠璃さんの主とは、どんな方なのですかな?」
まだ少し暗い表情の喜三郎は花瑠璃に尋ねた。
「私の主は上位の神で、この死後の世界を統べる女王『アリア』様と言う方です。女王様は非常に優しくて美しい方なんですよ」
自身の主を誇らしげな表情で喜三郎に説明を始める花瑠璃、まだまだ語り足りないと続けて女王について語り出そうとした所で、ゆっくりと部屋の扉が開き、濃い紫色のドレスに身を包む女性が入って来たのだった。女性は少し照れた笑みを浮かべると、花瑠璃を軽く窘める。
「花瑠璃、身内をあまり褒めるものではありませんよ」
花瑠璃は、にこやかな笑みを浮かべると、立ち上がり扉の前に佇む女性に深いお辞儀をしたのだった。その様子を正面から見守っていた喜三郎も花瑠璃の様子から、この女性が花瑠璃の主なのだろうと自身も立ち上がり、深くお辞儀をした。
「申し訳ありません、女王様」
まるで母や姉にでもするように、ニコニコ笑いながら謝罪している花瑠璃は何処か幸せそうである。
「始めまして、私は花瑠璃の上司で、この死後の世界の女王を勤めているアリアと申します。この度は急なお呼び立て、申し訳ありません」
明らかに下の立場である自分に丁寧な対応をした女王に喜三郎は少し関心していた。彼が今まで接してきた身分の高い人間など、碌なものではなかったからである。流石は神様といった所だろうか。
「これは、ご丁寧に有難う御座います。
女王陛下、とお呼びすれば宜しいですかのう?」
「そんなに、改まった態度でなくて結構ですよ。気軽に『アリア』とでもお呼び下さい」
「ふむ、そうですかの? それではアリア殿、と呼ばせて頂きましょう。
して、アリア殿はこのような老いぼれに何か御用ですかの?」
「そうですね、まあ立ち話もなんですので、どうぞお掛け下さい」
そう喜三郎に促した女王は、自身も喜三郎の正面へと腰を降ろした。
すなわち花瑠璃の隣であったのだが、当の花瑠璃は、よほど女王に心酔しているのか、何やら自分の世界に入ってしまったようで赤い顔でブツブツと何かを呟いている。
女王はそんな花瑠璃の様子に苦い笑いを浮かべると喜三郎に本題を切り出した。喜三郎も花瑠璃の様子は気にしない事に決め、女王と語り出す。
「喜三郎様の暮らしていた世界は、現世と呼ばれています。
そして現世とは複数あり、複数ある現世で転生を繰り返した魂は昇華し、天の国へと昇り神となります。
こちらの死後の世界とは、それらを繋ぐ世界となります」
「ふむ、現世が複数あるとな?
それは、儂等のいたような世界が複数あると考えれば宜しいかの?」
喜三郎は異世界があるといった話にも特に驚いた様子も見せず、女王に聞き返した。
女王はあっさりと納得した喜三郎に少し意外そうにしていたが、そのまま話を続けた。
「ええ、正にその通りです」
「なるほどのう、して、話とはそれらに関係する事なのですかの?」
喜三郎は女王に話の続きを促した、自身らの暮らしていたような世界が他にも複数あるなどと聞かされ、俄かには信じられないとも思ったが、神があると言うのだ、間違いなく存在するのだろう。
「数多ある現世は、輪廻転生を繰り返し魂を昇華させる場となるのですが、時折その流れから外れてしまう者がいるのです。彼等はその魂を罪よって黒く歪ませ全ての生あるものに仇なす存在となるのです。喜三郎様には、数ある現世の一つへと赴いてもらい、世界の一部を守護する神となって頂きたいのです」
「なるほどのう、しかし、そのような者等がおるとはのう…」
「彼の者達は喜三郎様方で言う所の悪霊、魔物、妖怪などといった存在ですね」
「ほう、そういえば幼い頃、曾爺さんも昔は妖怪が多くいたとかなんとか儂に言ってたのう。てっきり方便だとばかり思っておったが、案外それも本当だったのかも知れんのう」
「ええ、江戸時代の終わり頃までは喜三郎様のいた世界でも度々そういう存在はいましたからね」
曾爺さんの話は本当だったのかと喜三郎は小さく笑うと、少し間を開けて神妙な面持ちで女王に問いかけた。
「しかし、どのようにそのような存在から世界を守れば良いのかのう?」
女王は喜三郎の疑問に対し、花瑠璃をチラリと見やり声をかけた。
「花瑠璃、神器を持ってきてもらえますか?」
自分の世界に浸っていた花瑠璃は、焦ったように返事をすると名残惜しそうに女王の隣から立ち上がり、部屋から出て何処かへ向かっていった。
女王は花瑠璃が神器を取りに向かうのを確認すると、話を続けた。
「今、花瑠璃に取に行かせた神器には魔を祓う力があって、通常の方法では切る事の出来ない霊的な存在を切り祓う事が出来ます。その神器の力と喜三郎様が生前培った技と魂の強さがあれば大抵の妖怪や悪霊に後れを取ることはないかと思います」
「ふむ、なるほどの。しかし、儂も年じゃしの? 若い頃のようには戦う事は出来んぞ?
それに、第一わしは婆さんと再会出来ん事がわかり、『は~とぶれいく』中なのじゃ……。 今の状態では、そのような存在にとても立ち向かえるとは思えんがの…」
少し遠い目をし、悲しげな表情で呟く喜三郎に対し、女王は答えた。
「喜三郎様には、この話を受けて頂いた場合、新しい体が用意される事になります。
あと、奥様ですが、喜三郎様に赴いて頂く予定の世界に転生していますね。既に結婚されてますが…」
驚愕した表情の喜三郎、その表情は驚愕から悲しみ、怒り、黒い笑顔へと変化していった。
そんな表情を見ていた女王は、少し戸惑いながら喜三郎を見ていた。
(な~に、婆さんが既に結婚していたとして、そんなものは、至極、小さな障害じゃ、愛は奪い取るものじゃからのう……、例え相手の男を死後の世界に送った、としてもの…ふぉっふぉっふぉ)
喜三郎の黒い考えを理解したのか、女王は少し困ったように喜三郎に声をかけた。
「必要のない殺生は駄目ですよ」
喜三郎は女王に思考を読まれた事に、少し驚いたが、それより驚いたのが、「必要のない」と殺生自体は罪深い事ではないかのように答えた女王に対してだ。
「人の世の罪は、人の世の倫理感で処罰してもらうものですから…
我等神には神の倫理感で罪とみなされる事が、罪となります、たとえば先ほど、お話した『流れから外れたもの』などですね。生物が生きると言う事は、他の生命を奪うという事なのですから、殺生自体は罪にはなりえません。だからと言って嫉妬に狂った必要のない殺生は罪になりますよ?」
喜三郎は内心まあそれなら、まあ半殺し程度にしておくかと、本末転倒な思考をしてから気を取り直し女王に尋ねる。
「それでは新しい体を貰って、神器とやらを授けられ、儂の暮らしていた世界とは別の、婆さんが存在する世界へ行き、その世界を守って欲しいと言う事じゃの?」
女王は喜三郎の言葉に頷き、先程までの喜三郎の様子は気にしない事にして話を続ける事にした。
「お話が早くて、助かります」
そう女王が返事をした所で部屋の扉が開き、花瑠璃が長い包みを抱えて戻ってきたのだった。
女王の依頼を「討つ」から「守る」に変更しました。
喜三郎のする事自体には変化ありません