20話 魔獣討伐依頼 その2
お世話になってます。
シグルスの視線の先へと目を向けたルミアは、遠く離れた岩山の辺りから地を這うように此方へ向かってくる全長15メートル程の大きな爬虫類のような集団を目にし、表情を強張らせた。
「そんな、這竜が何でこんな所に……」
表情を強張らせたまま呟くルミア。這竜とは、此処から少し離れた山岳地帯に生息する、竜族の中でも比較的大人しい種類の竜である。彼等は草食で、滅多な事がない限りは住処の山を離れない筈だ。ルミアはその事をシグルスに説明し、異常事態の可能性があると告げたのだった。
シグルスはルミアの言葉を聞くと、更に様子を探るべく、目を細め、遠く離れた這竜の様子を伺った。
「ん? なんじゃ、誰か追われておるようじゃのう」
シグルスが迫りつつある這竜達の群れの中に追われる人影を見つけ、ルミアに知らせる。ルミアの目には距離が遠過ぎて確認は出来ないが、シグルスの言葉により、ある可能性に思い至った。確か這竜は仲間意識が高く、仲間が襲われたり、殺された場合、手が付けられない程に凶暴になる筈だ。
「まずいですね、恐らく追われている人間は這竜を傷つけてしまったんでしょう。ああなると這竜は手が付けられません。このままでは町の方へ行ってしまいそうです」
ルミアが深刻な表情でシグルスに告げる。一度暴走した這竜は暫くは凶暴化し、行く手を遮るものを薙倒しながら怒りが静まるまで暴走し続けるのだ。現在彼等が向かっている方向を考えれば、下手をすれば町まで襲ってしまうだろう。町の城壁は頑健ではあるが、這竜は竜族である、しかもあの数とあればそれを破壊する事など簡単なものだろう。
「そうか、まあ、助けに行かんとのう。すぐに終わるからルミアはここで待っておれ」
シグルスはそう言い残すと、さっさと飛び出してしまった。もはや人間とは思えないような速度で荒野を疾走していくシグルス。
「アイツ達は……、確か協会で儂らをコソコソと覗き見しておった奴等ではないか?」
シグルスは追われている人間達の姿が確認できる程の距離まで来ると、声を漏らした。
シグルス達が荒野へ着く少し前――――
シグルスとルミアの後を追った二人組は、シグルス達と同様に、草原を西に進んだのだったが、何処をどう間違えたのか、何時の間にかシグルス達を追い越し、荒野の先にある這竜達が棲まう山岳地帯へと足を踏み入れてしまっていたのだった。
「坊ちゃん、やっぱり進む方向間違えたんじゃないですかねぇ?」
「うるさい! 僕に間違いなんてある筈がないだろう! こ、このまま進めば良い筈だ」
そう言い、ずんずんと足場の悪い山道を進んでいく甲高い声の男に、背の高い男はやや呆れながらも後をついていく。
そうして、そのまま暫く山道を歩き回った二人組は、一匹の魔獣と遭遇した。全長1メートル程の這竜の幼生である。這竜の幼生は男達の姿を見ても襲うでもなく、逃げる訳でもなく、ただその辺に生えている草をもしゃもしゃと咀嚼し続けている。
背の高い男は、這竜の特性をある程度知っていたので、この山岳が住処だったのかと思い、すぐに甲高い声の男に此処を離れようと声を掛けたのだったが――――
「ふ、ふん、こんな小さいのが竜だって? こ、こんなの、全然大した事無さそうじゃないか、見てろ」
甲高い声の男は、背の高い男の制止を聞かず、腰に差してあった高級そうな細剣を抜き、這竜へと斬り掛かった。
這竜の幼生は成竜のような頑健な鱗はなく、成長途中と言う事もあり、指で押せば凹んでしまう程の柔らかさの鱗しか持ち合わせていない。結果、男の細剣は深々と這竜の幼生の鱗を突き破り、身を深く抉った。
『グキュウウゥゥゥッ!!』
這竜の幼生は、血飛沫を上げ、断末魔の悲鳴を上げると呆気なく死んでしまい、その様子を見ていた背の高い男の顔はみるみる青ざめていく。這竜の幼生を殺害した男は、得意気な表情で顔を青くしている男へと語りかけた。
「ど、どうだ、こ、こんなの軽いもんだろう?」
「ぼ、坊ちゃん早く逃げましょうっ!」
背の高い男は、得意げな表情で這竜の幼生を足蹴にしている男に慌てて訴えると、彼のの腕を引いてその場を離れようとしたのだったが、その刹那。
『グォォオオォォオオッ!!」
突如、大地を引き裂くような咆哮が響きわたり、男達の鼓膜を震わせる。甲高い声の男は恐る恐る咆哮のした方向へと視線を向けると恐怖に慄き、その場に尻もちをついた。
咆哮の主は這竜の成体だ。全長15メートルもあろうかと言う巨体は怒りに震えているようで、殺意に満ちた目で二人組を睨み付けている。這竜は4本の足で這うように岩山の山頂付近からスルスルと音も立てずに此方へと向かってくる。
「だ、だから言っただろっ!? 早く逃げましょうっ!!」
背の高い男は、その場に尻もちをつき、向かってくる這竜を茫然と見つめ続けている男の手を引っ張り、無理矢理に立たせると、そのまま男の手を引き駆けだした。
そうして、二人の男は大慌てで山道を逃げ出し、現在に至ると言う訳である。
「くっ!! お前がもっと早く奴等の事を説明しないからこんな事になるんだっ!!」
「言おうとしてたでしょうがっ! それを坊ちゃんが無視して勝手に切り付けたんでしょうにッ!!」
甲高い声の男がヒステリックな八つ当たりの声を上げると、背の高い男は構っていられないとばかりに声を荒げ反論する。男達は必死に逃げ回ってはいるものの、這竜達との距離は徐々に詰まっていっているようで、甲高い声の男は慌てふためき、ある行動に出た。
甲高い声の男は、事もあろうに握ったままだった細剣で、自分の手を引いて走っていた男の足を切り付けたのだ。
「痛ッ!! 坊ちゃん、な、何を!?」
足を斬り付けられた背の高い男は体制を崩し、その場に倒れ込む。彼は何がなんだか解らないといった表情で自分を斬り付けた男を見つめる。
「う、うるさい、僕は死にたくないんだ、お、お前は僕の使用人だろ? なら、そこで奴等の餌になって僕が逃げるまでの時間でも稼いでろッ!!」
「こ、この屑野郎……!」
男が倒れ込んだまま自分一人では死んで堪るかと、甲高い声の男の足元に手を伸ばすが、届かずに伸ばした手は空を切る。
「ほ、ほら餌ならここにあるぞ、化け物どもッ!!」
甲高い声の男は、這竜達にそう叫び声を上げると、自身が斬り付けた男をその場に残し駆けだしたのだった。斬り付けられた男は、もはや走るどころか、立ち上がる事すら出来ずに、走り去っていく男の背中に悪態を付き、迫り来る這竜達を諦めを含んだ表情で見つめ続ける事しか出来なかった。
「くそっ! ちょっとは良いところがあると思ってたのに……、あの野郎……!!」
と、そこで男を這竜達に差出し、逃げようとしていた甲高い声の男が立ち止まった。
「お、お前は、ルミアさんといつも一緒にいる……!」
「まったく、いくら自分の命が惜しいからと言って、腐っておるのう……」
仲間を傷つけ、一人逃げ出した男の所まで到着したシグルスは、悪態をつくと、シグルスに何か言い返そうと口を開きかけた男を無視し、足を斬られた男の元へと向かい、男を助け起こした。
「ちょっと待っておれ、いまから奴等を追っ払ってやるからの」
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あと最近ちょっとタイトルがパクリ臭いとご意見を頂きまして、タイトルを変えようか悩んでおります。まあ自分でもちょっとパクリ臭いとは思います。ただ、一生懸命タイトルを考えても、絶対に何処かで聞いたようなものになっちゃうんですよね~(汗)