すべては花のため
ローエン家はスワネル国において4大侯爵家のうちのひとつである。
ローエン家の当主であるノワル・テス・ローエンは現国王の従兄にあたり、国の政務に関しては、他国との外相に力を発揮しており、国王からも絶大なる信頼を得ている。
そんな彼は若いころに妻を亡くしており、ただ一人授かった娘を大事に育てていた。
「お父様!おかえりなさいませ!」
執務を終え、家路についたノワルを愛娘のライラシアが満面の笑顔で迎えた。
いつもは抱き着いてきて離さない娘が飛び込んでこないのをいぶかしげに感じ、顔を上げると、ライラシアはくるりと回って見せる。
「みてみてお父様。素敵でしょう?」
普段好まない珍しい色のドレスを着ている娘の腰には赤い花が咲いている。
珍しいそのデザインはこの国には見られない。ノワルは傍に控えていたシェリを見るとシェリは深々と頭を下げた。
「シェリがね、作ってくれたの!みて!髪飾りもおそろいなのっ!」
ドレスを見せてようやくノワルの足元にしがみついてきたライラシアを抱きしめ、ノワルは微笑む。
「よかったねライア。よく似合ってる。今度のお茶会に来ていくつもりかな?なら汚してはいけない。着替えておいで。」
父親の褒め言葉に気分をよくしたライラシアは「はぁい」と返事をすると自室のある2階へと階段を上っていく。
ライラシアの後を追おうと歩を進めたシェリをノワルは呼びとめた。
「君が頼んだあの生地はこれに使うためだったんだね。」
「はい。」
言葉少なに答えるシェリにノワルの口からはため息がこぼれる。
数日前、日ごろよくライラシアに仕えてくれているシェリに何か褒美を与えようとほしいものはないかと尋ねた。
しばし悩んだ様子を見せた後、シェリは生地がほしいから商人を呼んでほしいと言ってきた。
生地がほしい。そういったときに気づけば良かった。ノワルは短く刈り上げた髪を掻いた。
てっきり自分のためにドレスを仕立てるのだと思っていたのに結局シェリはその生地をライラシアの為に使っている。
「あれではライアへの褒美であって君へ褒美じゃないだろう?」
「? ライラシア様の喜ぶ顔こそが私の褒美です。」
不思議そうな顔をしてそう告げられれば、もうノワルに言うことはなかった。
「シェリー??」
ライラシアの呼ぶ声に気づくと、シェリはノワルに一礼して階段を上がっていく。
シェリの行動はすべてライラシア一番に動く。
「一応雇い主は私のはずなんだがな・・・。」
そのつぶやきを聞くものは誰もいなかった。