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花城紫音はバグってる

俺の名は佐々木仁ささきひとし

澄明学園高等部1年B組。


中等部時代から、学年順位は常にシングルをキープしてきた。

もちろん、高等部でもそれを譲るつもりはない。


クラスでは「最も将来設計が完璧な男」――それが俺の立ち位置だ。

俺は遊び呆けている他の同級生とは「意識の高さ」が違う。


そんな俺の土曜日は、この街で最大級の規模を誇るエンタメ施設「アクティブ・ステージ」でのフロント業務から始まる。

学業を疎かにしてバイトかなんて、三流の質問は勘弁してほしい。

学業を完璧にこなすのは、俺にとって最低限の「前提条件」だ。

その上で、学校では教わらない実学を吸収するために、俺はこの場所を学びのフィールドに選んでいる。


学生時代なんてのは、人生というビジネスにおける壮大な準備期間に過ぎない。

今のうちに現場で社会の仕組みを叩き込み、将来は実業家として成功し、確固たる富を築く。

そんな崇高なマイルストーンを掲げて、俺はこの制服に袖を通している。

すべては俺の人生設計――ポートフォリオの一部だ。


キビキビとした動きで受付を捌き、常に全体の状況を俯瞰する。

その姿勢は店長からも高く評価され、すでに「大学に入ったら、学生店長に推すよ」という話まで出ている。

……順風満帆。俺の人生は、予定通り最適解を導き出しているはずだった。

あの日、フロントの前に、規格外の同級生が現れるまでは。


「……こちらが、“ボウリング”という名の遊戯場でございますのね。

まるで、大いなる城塞の広間のような趣ですわ」

フロントで予約リストを精査していた俺の手が、その声で止まった。


顔を上げると、そこにはクラスメートの高橋沙織と花城紫音が立っていた。

後ろには、朝比奈颯太と冬木悠真。


情報の精度は実業家にとって生命線だ。

高橋と花城は教室での固定ペア。

朝比奈と冬木は親友同士。

高橋と朝比奈の距離感からして、今回の4人グループ結成の起点はそこか……

瞬時に脳内の相関図をアップデートする。


だが、俺の計算を狂わせる存在がいた。

花城紫音。

一週間の欠席明けとは聞いていたが、彼女が放つオーラが尋常ではない。

事故の影響というレベルを通り越して、もはや別個体だ。

……いや、動揺は禁物だ。ポーカーフェイスを維持しろ。


「いらっしゃいませ。えっと、4名様でよろしいですか?」

「はいってか、佐々木じゃん。ここでバイトしてるんだ?」

高橋のくだけた問いにも、俺のプロフェッショナルな言動は微塵も崩さない。

店長が奥からこちらの対応を注視しているのも「織り込み済み」だ。


しかし、次に花城の口から出た言葉は、俺の想定を遥か彼方まで突き抜けた。

「佐々木様。学業もありながら、このような場所で実践的な職務にも励まれるとは。

実にあっぱれな心がけですわね」


あっぱれ。


16歳のJKに「あっぱれ」と評された。

それも、叙勲式で最高位の勲章でも授けられるかのような、至高の優雅さを湛えた微笑み付きでだ。

「最も将来設計が完璧な男」を自負し、店長からも一目置かれているはずの俺だったが、その瞬間、すべての論理的思考がフリーズした。


「あ、あざっす……」

絞り出したのは、部活に入りたての1年生のような、情けないほどに直立不動の返事。

背後の3人が苦笑しているが、俺に言わせれば苦笑いで済む次元の話じゃない。


まさか店長、今の俺の醜態を見ていたか?

いや、それより今の花城の「あっぱれ」……あれは一体、何なんだ。


気になって仕事が手につかない。

俺は最速で受付の予約確認を終えると、店長にこう告げた。

「……フロアの巡回清掃、行ってきます」

職務を口実に、それとなく4人の動向を観察しにいく。

異常事態バグの正体は突き止めのは、危機管理能力として必須だ。


俺は清掃のフリをしながら、どうしようもなく花城を目で追ってしまった。

まず度肝を抜かれたのは、その投球だ。

重い12ポンドの球を羽毛のようにひょいと持ち上げたかと思えば、まるで舞踏会でワルツでも踊るかのような優雅な所作でレーンへ。


そして――。

直後、球速計がバグったかと思うほどの速度で、「ドゴォォォォン!!」と大砲のごとき衝撃音が炸裂した。

ピンは1本しか倒れなかったが、俺の合理的な脳は「……パワーで解決するタイプかよ」と未体験の恐怖に戦慄した。

清掃を終えてフロントに戻っても、意識の半分は彼女に向いたままだった。


四人が戻ってきて、次はカラオケだという。

俺は、ほかのバイトが溜めていた午前中の清算確認作業を爆速で完了させた。

「カラオケフロアの衛生点検をしてきます」

もはや店長に言い訳しているのか、自分に言い聞かせているのか分からない。


防音扉の隙間から漏れてきたのは、これまで聴いたこともない、透き通るような、それでいて深い哀愁を帯びたバラードだった。

俺はモップを握ったまま、石像のように硬直した。


それは「歌」というより、魂を根こそぎ震わせる「祈り」そのものだ。

花城の声……すごすぎないか。一体どんな喉をしてるんだ

……そういえばアイドルのオーディションを受けるって教室で言ってたな。


その時、ふと我に返った。 今日の俺、完全に花城を追いかけ回している。

ビジネスに必要な「客観的視点」がどこかへ吹き飛んでいる。

……気をつけよう。だが、一人のファンとして心の中で応援する分には、未来の実業家としてのポートフォリオに傷はつかないはずだ。たぶん。


退店時、レジで彼女たちを送り出した。

花城はお釣りを財布にしまうと、もう一度、あの気高い微笑みを俺に向けた。

「佐々木様。おかげで、素晴らしい休日を過ごせましたわ。

……あなたの進む道に、幸あらんことを」

「……は、はい。またのお越しを」


彼女たちが去った後のロビーは、まるで魔法が解けて色彩を失ったかのように、急に静まり返った。

呆然と立ち尽くす俺の背中に、ニヤニヤとした声がかけられる。

「佐々木くん。……今日は、君の『年相応な反応』が見られて、僕は楽しかったよ」

振り返ると、店長が腕を組んで面白そうに俺を見ていた。


「意識高い実業家志望」の仮面の下で、顔が熱くなっているのを自分でも自覚する。

店長には、俺の動揺も、無意識に彼女を追っていた視線も、すべてお見通しだったらしい。


「今しかできないことをするのも大事だよ。まあ、君の将来には期待してるけどね」

店長はそう言って、俺の肩をポンと叩いた。

「……精進します」

「うん。じゃあ、次のお客さんの手続き、よろしくね」


俺は「最も将来設計が完璧な男」。

最短距離で成功へ突き進むのが俺の美学だった。けれど――。

幸あらんことを、か……


耳の奥に残る、あの凛とした声を思い出す。

あんな風に世界を鮮やかに塗り替えてしまう存在がいるのなら、人生に少しの「イレギュラー」が混ざるのも、そう悪くないかもしれない。


俺は再び背筋を伸ばし、フロントに立った。

その顔には、いつもの計算高い笑みではなく、どこか晴れやかな決意が宿っていた。

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