この町、物理法則とかないんか?
夜が明けない町――――
その言葉の響きから、ワイはどこか幻想的な星空の綺麗な町みたいなのを想像しとった。
でも、実際に目の前に現れたのはそんなロマンチックなもんやなかった。
「……なんや、これ。バグってるんか?」
ドラゴンの背から見下ろしたその場所には、明確な「境界線」があったんや。
こっち側は空は青く、日は照っているんや。
それなのに、町の境目から先が墨をぶちまけたようなドス黒い闇に飲み込まれとる。
視覚的に「暗い」んやない。
そこから先の「光」という概念が、根こそぎ消滅しとるみたいな、不気味な黒い領域やった。
それから、その闇の中から聞こえてくるのは、風の音とかやない。
ワイは喉を切られたことないけど、例えるなら喉を掻き切られたような「絶叫」やった。
フツーに普通じゃないンゴ。
怖い。
入りたくない。
ドラゴンがいて異世界ファンタジーっぽい感じやったのに、この空間は完全にホラーやで。
「ワイ、入りたくない。絶対あかんやつや、これ」
本能が全力で「回れ右」を指示しとる。
不老不死で最強の力を手に入れたはずやのに、中身がニートのままのワイには、その闇はあまりに怖すぎた。
ワイは不老不死で普通の枠からはみ出てるけど、こんなフツーじゃない場所に入りたいわけないやろが。
「ドラゴン、お前これ見えるか? 中、どうなっとるんや」
「多少光がある場所は見えるが、他は吸い込まれるように真っ暗だな」
「こんなとこひとりで入りたくない。ついてきてや」
ドラゴンは明らかに嫌そうな表情をした。
ドラゴンって表情とかわかるんやな。
爬虫類の表情ってまじまじ見たことなかったからわからんかったわ。
ていうか、ドラゴンって爬虫類なんやろか。
ワイが恐怖を紛らわせるためにそんなことを考えとったら、ドラゴンは返事した。
「気が進まんな。しかし、神の加護があるものに非礼を働いた詫びもある。仕方ない、同行してやろう」
「サンガツ」
意外にもドラゴンは、嫌がってはおるけどワイを見捨てんかった。
まぁ、急に攻撃されて服を消し炭にされて、死体の服をはいで着とるんやからそのくらいしてもらわんと困る。
というか、ここでドラゴンに放り出されたらワイは次にどこに行ったらいいかわからん上に、移動手段がなくなって困るンゴ。
行きたくないけど、入ってみるか……
ワイは意を決して、闇の境界線をまたいだ。
その一瞬で、温度が消えたような気がしたんや。
中は、うっすらとした鬼火のような明かりが点在しているだけで、基本的には一寸先も見えへん暗闇や。
ただ、そのかすかな光に照らされた光景を見て、ワイは息が止まった。
人間がおった。
こうなってから初めての人間や。
見るのが珍しいとか言われてた人間が、そこにはおった。
でも、それはワイが知っている「生きている人間」の姿やなかったんや。
石畳の上に力なく座り込んでたり、ぐったり横たわってたり。
歩いている人間は一人もおらん。
元気がまったくない。
生きてるみたいやったけど、死んでるんか生きてるんかパッと見てわからへんかった。
かと思ったら闇の奥からは、相変わらず絶叫の叫び声が響いてくる。
叫び声がする方では何がおこっとるんや……?
「ドラゴン、何が起こってるんや。あいつら、何を叫んどるんや?」
「発狂しているな」
ドラゴンの冷徹な一言に、背筋が凍ったンゴ。
発狂してるってどういうことや!?
意味が分からん。
「五感が正常なら、この環境で正気を保つのは無理だろう。視覚も、時間の感覚も奪われ、ただ終わりなき闇の中で生き続ける……絶叫している者は、まだマシかもしれんな。外側を向いている奴らは、すでに心そのものが死んでいる」
ゾッとした。
なんでこうなってるかもわからん。
全く何の情報もないンゴ。
何か、アークたその情報を掴まなければ……そのためにここに来たんや。
ワイは情報を求めて、比較的まともそうな――――叫んでいない、ただ座り込んでいる男に声をかけてみたんや。
「なぁ、おっちゃん。ここ、何がどうなっとるんや? アークたそ……いや、神様のこと、何か知らんか?」
ワイが声をかけた男は、ゆっくりと顔を上げた。
でも、その瞳には光なんて一つもなかったんや。
その目を見てワイは背筋が凍った。
ワイの顔を見るなり、男は引き攣ったような笑みを浮かべ、次の瞬間――――
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」
鼓膜が破れるかと思うほどの絶変化を上げて、自分の顔を掻き毟りながら暗闇の奥へと走り去って行ったんや。
ワイは呆然と立ち尽くすことしかできんかった。
ホラーすぎて動けなかったンゴ。
心折れずに他の奴らに声をかけても同じや。
大暴れして殴りかかってくるとか、完全に無視して自分の指を噛み続けているか。
まともな会話なんて、一文字も成立せえへん。
完全に狂ってるやつしかおらん。
「な、なんなんやここ……」
「……確か、以前の人間たちは“地獄”と、そう呼んでいたな」
アークたそが“地獄”って言ってたのをワイはフッと思い出した。
ここがその“地獄”なんか。
ドラゴンの言葉に、ワイは周囲を見渡した。
「地獄? でも、別に拷問器具があるわけでも、鬼が追い回してるわけでもないやろ? ただ暗いだけで……」
「ここは、『不死の人間』が暮らす場所だと聞いた」
不死の人間ってことはワイと同じ?
不老不死で、死なない肉体。
それが、どうしてこんな惨状になるんや。
『ナビゲーター:「イッチ、気づいてへんのか? ここ、住人は出られへんみたいやな」』
「出られない?」
『ナビゲーター:「空間そのものが隔離されとる。不老不死ってのはな、希望がない状態やと、ただの『終わらない刑期』に変わるんや。イッチみたいに、1人でネットサーフィン(妄想)して数十年過ごせるガチ勢のひきこもりじゃないんやで、普通の人間は閉じ込められたらそうなってもおかしくない」』
不老不死で、一生この闇の中に閉じ込められる。
死なない。
でも、することもない。
光もない。
ただ、永遠に「今」が続くだけの状況ってことか。
でも、この状況がワイにとってなんで地獄なのかまったくピンとこぉへんかった。
その時やった。
闇の中からどこか聞き覚えのある、ひどく掠れた声が聞こえてきた。
「……神の力を感じる。懐かしい、この圧倒的な重圧……貴様、神に会ったのか」
初めて、まともな言葉を話す人間が現れた。
うっすらとした明かりの中に現れたのは、ボロボロの布を纏い、腰が曲がった1人の老人やった。
顔は深く刻まれた皺で埋め尽くされ、白髪は地面に届くほど長い。
「……あぁ。探しとるんや。アークたそを」
ワイがそう答えた瞬間、その老人の曇った瞳がカッと見開かれた。
「……神のその呼び方……軽薄な言葉選び……お前は……まさか、あの時の……」
あの時っていつや?
こんなじいさんと面識ないやで。
「あんた……誰や?」
ワイは不信感たっぷりに聞き返したんや。
こんなボロボロのじいさん、知り合いにおらん。
老人は、震える手で自分の顔を覆い、狂ったように笑い始めた。
「ハハ……ハハハハ! まさか、お前だけが……いや、それどころか、その完璧な肉体……神は、結局お前を選んだというのか!」
訳の分からない話をしながら老人は、ゆっくりと膝をついたんや。
「……誰やねん、お前」
聞きたくない気持ちもあったけど、ワイはそのじいさんに行った。
「アシェルだ」
アシェル……って、誰やっけ。
「…かつて、白聖盟の長として、神の後を追いかけ続けた愚かな男の名だよ」
……ファッ!?
アシェル!!?
あの、キラキラした鎧を着て、取り巻きの女をはべらせて、ワイのことを「ゴミを見る目」で見ていた、あのいけ好かないクソイケメン!!?
「う、嘘やろ!? あのクソイケメンが、こんな……こんなマミーみたいなじいさんになったんか!?」
目の前にいるのは、かつての面影なんて微塵もない、ただの「老いさらばえた敗北者」やった。
こんなにじいさんになるほど時間が経ったんか……?
「不老不死……神は、私にだけは不老を授けなかった。ただ、死ぬことだけを禁じたのだ……数十年の間、私は老い続け、腐り続け、それでも心臓が止まることを許されない。お前は……お前だけは、あの日から何も変わっていないようだな」
アシェルの、ドロドロとした嫉妬と絶望が混ざった視線が、イケメンになったワイの顔に突き刺さった。
これ、ほんまにどういうことなんや……?
【衝撃】ワイ、かつてのライバルと再会! ……でも相手がボロボロすぎてレスバする気も起きないンゴ。




