【悲報】ワイ、結局詰む
捕まる……!
もうほんまに捕まる!
後ろから監督の怒号とドスドスいう足音が聞こえてくる。
それだけで心臓がバクバクいって、息も絶え絶えやった。
「待てやコラァアアアア!!」
もうムリや。
ワイの体力じゃ到底逃げ切れへん。
こうなるってなんで分からんかったんやろ。
ワイ、捕まったらどうなってしまうんや?
これ以上拷問とか受けるんか?
今爆死したら爆発する魔鉱石を手に入れたところから始まるんやろか?
正面を突破して走ってたワイの目に映ったのは灰色の街並みやった。
強制労働施設の外やが、そこは街はずれの廃墟地帯みたいな場所やった。
人通りもまばらで、遠くに市場の音がかすかに聞こえる程度や。
とはいえ、必死に走っとるワイにはそんなの全く聞こえなかったんやが。
「逃がすと思うなァアア!!」
アカン、もうほんまにアカン!
足がこれ以上動かへん。
そのときや。
目の前に、ひょいっと影が立ったんや。
ワイより背の高い、華奢な女やった。
クセっ毛の長い黒髪が風になびいとる。
白いワイシャツみたいな服をだらっと着てて、胸元はゆるく開いてる。
口には棒付き飴をくわえとった。
「ん?」
女がワイの方を見た。
ルビーみたいな綺麗な赤色の目や。
こんな状況なのに、それだけで何故か心臓がズキュンやった。
ワイ、惚れた。
完全に惚れた。
生命の危険に陥るとアレやろ? 動物って発情したりするんやろ?
ワイはそんな状態やった。
他の町民は、脱走したワイを見た瞬間に悲鳴を上げて逃げてった。
でも、この女だけは全然動じん。
目の前で息切れしてるワイを冷静に見つめとった。
ワイは気づいたら目の前のその女に縋りついてた。
藁にも縋る気持ちとはこのことや。
「た、助けてクレメンス!!」
ワイは情けなく叫んだ。
見ず知らずの華奢な女に縋りつくのもどうかとか、そんなんもうどうでもええ。
とにかく助かりたかったンゴ!
後ろから監督と警備兵の足音が近づく。
ワイは泣きながら女の足にしがみついた。
あれ? コレ、絵面的にどうなん?
セクハラ?
それとも強制わいせつ?
そんなことが頭によぎったけど、もうワイには他にできることが何もない状態やった。
「嫌や! 戻りたくない! 助けてクレメンス!!」
ワイはガッチリと女の脚にしがみついて離れんかった。
それでどうにかなるとは分からんかったけど、でもそうするしか考えられんかった。
女はワイを見下ろして、静かに言った
「……助けてもいいけど、見返りは?」
冷たい声やった。
屈強な男たちに取り囲まれて、凶器を向けられてるのにそんな声出せるんか?
「なんでもするンゴ!!」
ワイは咄嗟に答えたんや。
もうワイにプライドなんてない。
ほんまになんでもする!
靴でも舐めるし、裸で踊れと言われたら裸で踊る!
「なんでも?」
「なんでもするンゴォオオオオオオオオオ!!!」
言った瞬間、我ながらあかん予感が走った。
なんで女は「なんでも?」なんて聞いてくるんや?
なんで念を押してくるんや?
それでもワイは目をぎゅっと閉じた。
もう縋るしかないんや。
こんな状況じゃ安価もできん。
ワイが目をギュッと閉じていると、耳に「ファサッ……」みたいな軽い音が聞こえた。
空気が変わった気がした。
ほんの一瞬、温度が下がったような感覚がしたんや。
目を開けるのが怖くて女の足にしがみついたまま、ワイは震えながら目を閉じ続けた。
「……助けたよ」
女の静かな声が聞こえた。
ワイはその言葉に恐る恐る目を開けた。
「………………ファッ?」
そこには誰もおらんかった。
追っ手の監督も、警備兵も、町民も誰もいない。
まるで最初から存在してなかったみたいに、煙のように消えとる。
なんやこれ……?
どういうことや……?
なにが起こったんや???
『ナビゲーター:「空気の魔力濃度、異常上昇。こいつ……ヤバいやつやで」』
「な、なんやて……!?」
ワイはしがみついてた女の脚から離れて後ずさりたンゴ。
女は飴を口から外し、棒を指先でくるくると回した。
そしてニヤリと笑った。
「なんでもするって言ったよね?」
後悔先に立たずンゴ。
ワイは何でなんでもするなんて言ったんや。
でも、この女の前で嘘をついたらヤバい気がしたンゴ。
「ファッ……? えー……ワイは確かにそう言ったような……」
『ナビゲーター:「とんでもない悪手やなイッチ」』
「ど、どういうことや!? ワイ、なんかしたんか!?」
心臓がバクバクいってる。
いや、これ絶対フラグやん。
嘘でも「なんでもする」って言って良かった試しが今まで一度でもあったか?
ない。
絶対ない。
アニメでもゲームでも現実でも、「なんでもする」は大体ロクなことにならんやつや。
女はゆっくりとしゃがみ込み、ワイの目線に合わせた。
涼しい瞳で汗まみれになってるワイを見つめながら、冷たい声で言ったんや。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「ひぃっ……なんや……なんや頼まれるんや……?」
ワイはガクブルしながら女の言葉を待ったンゴ。
そしたら案の定、女はとんでもない事を言ったんや……!
「――――魔王討伐に向かってくれないかな」
「ファッ!!?!?」
脳が理解を拒んだンゴ。
ワイは一瞬、本気で聞き間違いかと思った。
でもワイのきき間違いやなさそうやった。
嘘やろ!?
魔王討伐!?
っていうか、この世界魔王とかいるんか!!?
「ま、魔王!? 討伐!? ワイに!? いやいや、ワイ、スライムにも勝てへん雑魚やで!?」
「そうだろうね。めっちゃ弱そう」
なんやねんこの女!?
喧嘩売っとるんか!?
……いや、喧嘩売られても勝てる未来は見えへんのだが。
『ナビゲーター:「あーあイッチ、詰んだわ」』
「やっぱりそういうことかい!! また詰みルートやんけ!!」
ワイがジタバタしてる間にも、女は立ち上がって髪を耳にかけ、軽く首を傾げた。
その仕草がまた妙に様になっとる。
敵わん、こういうタイプの女はワイの天敵や。
「……でもまあ、報酬はあげるから」
「ほ、報酬!?」
強制労働施設で無償労働されられてるよりはいいんやないか?
報酬ってなんや?
この女がエッッッッッ! な報酬くれるんか?
「生き延びる権利」
「ファッ!?」
それは当然の権利やろ!?
報酬とは違うんやないか!?
……なんて言えたら良かったかもしれんが、この女にそんな口答えできなかったンゴ。
「だって、“なんでもする”って言ったから。私は君の命を助けた。だから、君は私の命令に従う。それで契約成立」
女が空中で指先を動かした瞬間、ワイの手首に黒い紋様が浮かび上がった。
蛇みたいにうねうね動いて、皮膚に焼き付く。
「ぎゃああああああ!! あちちちちちッ!!!」
『ナビゲーター:「あー、完全に奴隷契約やな。おめでとう、完全に自由は終わりや」』
「そんな……そんなバカなンゴォオオオオ!!」
ワイは泣きながら地面に転げ回った。
女はそれを見て「はははは」と軽く笑っていた。
まるで子猫を眺めるような優しい笑いやったけど、フツーに怖い。
「君、名前は?」
「し……真太郎……」
アカン。
言いたくなくても何故か逆らえへん。
これが奴隷契約成立の代価なんか!?
「私はアーク。よろしくね、真太郎くん」
「いやああああああああああああ!! なんでやああああああああ!!」
【超絶悲報】ワイ、正式に奴隷になる
でも美女の奴隷って、逆にこれはご褒美なんか……?




