ワイ自身が悲劇のヒロイン(?)になる
「起きてる?」
メルたその声で目を覚ましたワイ。
ワイはメルたその家の庭でそのまま寝てしまっていたンゴ。
路地裏の冷たい石畳と違って、芝? みたいなのがはえてるメルたその家の庭は比較的寝心地が良かったんや。
なによりも、ワイの居場所を異世界で見つけたという安心感が違うんや!
朝の光が差し込む中、ワイの目の前にメルたそが立っとった。
白いエプロン姿でパンの香りをまとい、ワイとメルたその新婚生活の始まりや。
「メ、メルたそぉ……!」
ワイのハートは爆発しそうやった。
これ、絶対にイベント発生してるやつやん。
昨日助けてもらって、今日からは一緒に暮らすルートやろ。
異世界恋愛アニメ第3話くらいのタイミングやで、これ。
最高や!
なんや、神。
ワイにバツを与えるとかなんとか言ってたけど、ちゃんとした異世界要素あるやんけ。
『ナビゲーター:「うん、死亡フラグ立っとるな」』
ワイの幸せの絶頂にナビゲーターに水を差されたンゴ。
「やかましい! 幸せの途中や!」
メルたそがワイの体を洗ってくれたってことは(魔法でかもしれんが)、ワイのデブの裸体を見ても引いてへんってことや!
むしろ、この肉体美に惚れとるんちゃうか?
将来はメルたそと結婚して、ワイは専業主夫!
メルたそが外で働いて、ワイは爆死を回避するために庭でゴロゴロ!
最高のハーレムエンドや!
ワイはメルトの優しさ、その全てをワイへの好意だと解釈したんや。
「体調、大丈夫? まだ体調悪かったらゆっくり休んでてね」
「わ、ワイ、何かした方がええ……か?」
そう聞きながらも、ワイは働くのは嫌やった。
でも、ここから追い出される方が辛いンゴ。
だから家事とか、そういう軽いことならやってもええと考えとった。
「いいのよ。ゆっくり休んでて」
「メルたそ……あの、本当に、なんもせんでええんか?」
ワイが尋ねると、メルトは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたはまだ体調が戻っていないもの。それに、私だって……あなたと一緒にいるだけで、なんだか安心できるの」
「!!!」
一緒にいるだけで安心!?
これ、もう愛の告白やろ!
ワイの人生、まさかの異世界での玉の輿か!?
「そっかぁ、ありがとなメルたそ! ワイ、腹減ったんやがなんかあるか?」
『ナビゲーター:「飯の催促とか、厚かましいニートやな」』
「やかましいわい!」
「もう家の中に入れる? ご飯にしましょう」
「おかのした」
最高やった。
これはワイの人生のピークやったと思う。
メルたそはワイとエッッッッッッなことをしたいかと思ってたが、ワイは紳士やからメルたそが誘ってくるのを待ってたんや。
なかなかメルたそはワイを誘ってこなかった。
それでも下心を全面に出したらメルたそを傷つけるかもしれんと思ってワイは紳士を貫いたんや。
そんな幸せな日々は数日続いたんや……
***
ある日の午後。
メルたそは泣きそうな顔で、ワイに相談を持ちかけてきたんや。
「……ごめんなさい。実はね……私、とても困っていることがあるの」
メルたそは、綺麗な金色の髪を揺らしながら目に涙を溜めとる。
「ど、どうしたんやメルたそ! ワイになんでも言うてくれ! ワイはメルたその騎士や!」
ワイはすっかり気が大きくなってた。
メルたその為ならなんでもできる気でいたんや。
メルたそは小さくため息をついてから、申し訳なさそうにワイを見つめた。
「……あのね、お願いがあるの」
その言葉に、ワイの脳内は瞬間的にバグった。
来たッッッ!!!
これ、は完全好感度アップフラグや!!
お願い=好感度イベント確定やんけ!
ワイの中では、もう「結婚してくれ」にしか聞こえてなかった。
「お、おう! なんでも言うてくれメルたそ! ワイはメルたそのためなら命でも捧げるで!」
そう言うと、メルたそは少しだけ俯いて涙ぐむように唇を噛んだ。
「……私、数日後までにお金を払わないと……」
「お、お金……?」
お金?
ワイ、一文無しやで?
「うん。この家の借金を返せないと、私……奴隷市に出されちゃうの……」
金を持ってないとかってことよりも、メルたその言った「奴隷市」の方に驚いたんや。
この世界奴隷市あるんか!?
まぁ……異世界ではありがちな設定か。
目に涙を浮かべるメルたそ。
その顔は、まるで月光の下で咲く花のように儚げで……いや、そんな例えが浮かぶ自分に酔った。
『ナビゲーター:「どうするつもりや?」』
「ぐぬぬ……」
ワイの脳内では、すでに“悲劇の恋人ルート”が構築されとった。
ここでワイがついに働いて金を稼ぎ、借金を返せば……
→ メルたそ「ありがとう……」
→ 感動のキス
→ EDテーマ「君とニートのままで」が流れる。
完璧や。
これは愛の試練に決まっとる。
「ワイ……働くで」
その言葉を言った瞬間、ナビゲーターが沈黙した。
これまで虫を食っても、爆死しても、クソ安価でも嘲笑してたナビゲーターが、今はただ静かやった。
『ナビゲーター:「……お前、マジで働くんか?」』
「せや! メルたそのためや!」
『ナビゲーター:「“働きたくない”が生き甲斐のイッチが……?」』
「愛の力や!!!」
ワイはその日の昼、メルたそに紹介されるまま“労働ギルド”へ向かった。
そして―――地獄は始まった。
「おらぁ!! 休むなデブ!!!」
「ひっ!? ちょ、ちょっと休ませてクレメンス!」
「うるせぇ! サボったら報酬減らすぞ!!!」
そこは“労働”という名の拷問場やった。
空腹、睡眠不足、筋肉痛。
昨日まで虫食ってたワイにとって、この環境はあまりにも過酷や。
岩運び、荷車押し、溝掃除。
途中で足がつって転げ回ったら、監督官の靴で顔を蹴られる。
汗と泥と涙で顔がぐちゃぐちゃになった。
「メ、メルたそぉ……これ、愛のためやんな……?」
『ナビゲーター:「脱走してみたらええんやないか?」』
簡単に「脱走」とかいうけど、そんな簡単に脱走できる感じやかなった。
夕暮れの中、ワイはぼろぼろになりながらもメルたその笑顔を思い浮かべて自分を奮い立たせていた。
今ごろ、メルたそは家で寂しそうにパンをちぎってるんやろな……
きっと“早く帰ってきて”って言ってるはずや……
脳内で勝手にメルたそボイスが再生された。
汗まみれで倒れながら、ワイは幸せやった。
あぁ、これが愛に生きるってことなんやなって……
数日後。
ワイは体のあちこちに痣を作り、肩を壊しながらもなんとか労働を続けた。
そしてやっと賃金を受け取り、急いでメルたその家へ向かったンゴ。
「メルたそぉ! 稼いだでぇぇえええ!!!」
胸を張ってドアを開けた――――!
……が、家の中はがらんどうやった。
食器も服も、家具もほとんどない。
残っているのは、テーブルの上の一枚の紙だけ。
『ここにいるとまた借金取りの人が来ちゃうから、私は逃げるわ。さようなら』
紙にそう書いてあったンゴ。
「…………」
ワイは10秒くらいその場でフリーズした。
『ナビゲーター:「えー、学習能力0のニートが、ついにいただき女子にやられましたwww」』
「……え?」
現実が、ゆっくりと脳に浸透していく。
「……メ、メルたそ……?」
『ナビゲーター:「残念ながら“メルたそ”はすでにログアウトしたんやで」』
手元には、血と汗と涙で汚れた小銭袋ひとつ。
ワイはもう立ってるのもやっとやった。
「ワイ……騙されたんか……?」
以前の世界で「いただき女子」という存在がおった。
メルたそは「いただき女子」やったんか?
ナビゲーターはそう言っているやが、そんなこと信じられん。
ワイがポカンとしてると、労働ギルドらしき男たちがやってきて後ろからワイを取り囲んだ。
屈強な男に囲まれてワイはかなり萎縮したンゴ。
嘘やよな……?
これは何かの冗談や!
「おい、逃げる気か。契約は1年やぞ」
「ファッ!?」
契約!?
1年!?
「女に紹介された奴は全員1年労働だ。逃げたら“奴隷紋”刻むからな」
「ファッ!?!?!?」
ワイは全身から血の気が引いた。
メルたその“紹介”って、そういうことか!?
『ナビゲーター:「おめでとうイッチ。恋に落ちて、労働に落ちたな」』
――ワイの異世界転生、また地獄編突入や。
【悲報】ワイ、愛に働いて地獄に落ちる【労働は負け】




