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科学世界の魔術少女曰く  作者: 黒桐
黎明の翼/Alīs volat propriīs
5/15

その少女、魔術師につき

 夜、廃工場の跡地。私はエリシアさんの腰に手を回し、なんとか宙に浮かぶ紙の絨毯から落ちないように耐えている。

 ゴーレムの片足が動き、床がその重さに耐えきれず、大きな亀裂ができているのが遠くからでも分かった。

 ゴーレムが腕部をこちらに向けるとその先に光が集まっているのが見える。


「……!」


 エリシアさんの表情がこわばる。


「しっかり捕まってなさい! 来るわよ!」


 そうエリシアさんが言うと同時に、ゴーレムの方がまぶしく光ったかと思うと、腕からビーム状の砲撃が放たれる。


「……!」


 空飛ぶ魔法の絨毯とも言えるのだろうか、私たちを載せた紙の絨毯は勢いよく右方に飛び出し砲撃を躱す。

 横を通り抜ける砲撃、躱したはずなのに衝撃がこちらまでビリビリと伝わってくる。

 空中でうねる絨毯の上、私はバランスを崩しそうになりグッとこらえる。

 飛んでいった砲撃は、工場の壁を貫くことなくはじかれる。


「あれ……消えちゃった……」


「……結界を展開したのよ、工場内を一種の空間として展開されてて魔力を逃がさない作りになってるんでしょうね」


「魔力……?」


 周囲を見渡すと工場の壁や天井、そして、地面の下までに薄い糸が張り巡らされたような膜の様なものが広がっているのが私にも分かった。


「次が来るわよ!」


 またゴーレムから砲撃が次々と放たれる。工場の設備を壊しながら放たれる攻撃、それをエリシアさんはゴーレムと距離を離しながら避けていく。

 意識が無くなっていたようだけれど、取り敢えずは()()()()()()()()()()()()()()

 私は置かれている状況を理解できないまま、ただ私はこの彼女と死線をくぐっているのだという事だけを理解する。

 死に近しいこの状況、私の懸念はもう一つはあるけれど……。鍵を握りそれは今はただ祈る。

 それにしても、これは私の知る世界の延長線上で起きていることなのだろうか。

 見たこともないモノに経験もしたことのない現象。

 今日はいつだってずっと私の知らないことだらけで、怖いことだらけで。

 また、鍵をギュッと握る、それでも、私は。


「エリシアさん、私は……」



 ◇◇◇



「飛ばすわよ!」


 何かを言いかけたハルカゼに私はそう宣言すると、今乗っている紙で作った絨毯の飛行速度を上げる。


「持ってよね……!」


 魔力は取っておきたかったけど、ハルカゼを守りながらではそうも言ってられない。

 先程の戦闘で残った魔力は七割強。

 その中であのゴーレムを破壊する必要がある……それにしても、あそこまで人に精巧に作られたゴーレム……。

 あの男にそれが出来るとも到底思えないけれど───


「エリシアさん! また、来るよ!」


「!」


 次々と私達に向かって放たれるビーム状の砲撃。絨毯を操り、廃工場の設備を避けながら躱していく。

 思考を切り替え、今は眼前の敵に集中する。


「さて、どうしようかしら……!」


『は! 避けているだけではどうすることも出来んぞ!』


「言ってくれるじゃない」


 魔力は大小あるがあらゆる生物に内包されている。

 十中八九、一定の大きさの魔力を通さないようにしている結界。魔力量の高い私のような魔術師の類は通り抜けられないだろう。

 砲撃は結界にはじかれ霧散していく。

 結界から、魔力砲の乱射。

 あの砲撃も少し前、まだらの光の攻撃の様な男が扱っていのと同系統の術式なのだろうが、範囲と威力はケタ違いになっている。

 個人では扱えるわけのない規模の魔術行使だが、それを可能にしているのがあのゴーレム。

 とんでもない魔力出力とその規模範囲。

 恐らくゴーレムに土地や霊脈から魔力を吸い取る機能のようなものまであるのだろう、魔力切れはまず無い……。

 ならばと、私は紙の絨毯をゴーレムに近づけていく。


「これでも喰らいなさい!」


 大量にトランクから紙が放たれ飛行機になりまるで鳥の群れのように相手に飛んでいく。


『この程度!』


 それに反応しゴーレムが腕をかざすと大きな嵐が起こり紙飛行機を切り裂いていく。

 先程の戦闘よりも大量に紙を使ったにも関わらずそれを全て嵐に切り裂かれ、辺り一面に魔力を残した紙が散っていく。

 工場の設備も吹き飛ばす突風、それに耐えながら私は高度を上げる。

 ゴーレムの近く、頭上まで来ると、更に紙飛行機を展開していく。

 上から、ゴーレムを囲むように紙飛行機を下に飛ばす。しかし、ゴーレムの攻撃により、それも辺り一帯に散らばる。

 それでも、どんどんと紙を増やしていく。

 時折、いくつかの魔力を込めた紙が術の制御下に入ることなく、下にこぼれ落ちていくのを見て男が嘲笑する。


『はは! どうした、もはややぶれかぶれか!?』


「うるさいわね、これならどう!?」


 新しく放った紙飛行機。それをゴーレムは捉えまた砲撃でかき消す。


『!』


 だが、残ったゴーレムに向かっていっている紙飛行機が魔力による陣を描き、雷撃を放つ。


『この程度……!』


 雷撃を喰らい、ゴーレムは少し動きを止めるが表面に傷さえもつきはしない。

 しかし、


「はぁっ!」


 ゴーレムの斜め上から、私は前進する。

 近くに展開しておいた紙を前面に展開する。

 魔力を全力で流すとそれは魔方陣を描き、巨大な魔力砲を放つ。


『ぐっ!』


 魔力砲はゴーレムの腹部に被弾し、少し後ろにのけぞる。

 被弾跡は少し焦げており、その部分だけ装甲が崩れている。

 私たちはゴーレムを横切るように工場内を駆け抜けていく。

 横切ると、ゴーレムの背後からまっすぐ私は距離を取っていきつつ新たに放たれた魔力砲を避けていく。


「ふぅ……」


 かなり面倒な相手ね……。


「大丈夫……? エリシアさん」


「えぇ、なんとか」


「その……戦わないといけないの? エリシアさん」


「えぇ、アレは今ここで止めないとここにいる人たちが大変なことになる」


「それってどういう……」


「魔方陣、見たでしょう」


「あ、うん……なんかそれっぽいの。抉れてたけど」


「あれは魂喰らいの術式が施された魔方陣 。模様からみてあれはその(かなめ)の陣。魂喰らいは最初に一つの領域の中にいくつもの小さな陣を作るんだけど、その後、陣同士を中央の陣で繋げて魔力を通して、一つの巨大な陣を形成して起動するの」


「……起動してどうなるの?」


「文字通りよ、その領域の中にいる生命の魂を魔力を通して喰うの。通常の範囲はせいぜい小部屋ぐらいだけど、ゴーレムの出力範囲と土地から魔力を吸い上げる力があれば、ここらの地区の人々の魂を喰いつくせるでしょうね。残りの陣はまだ工場の近くにある。逃げたら、その瞬間に陣をまた作られて、魂喰らいが行われる。」


「そこまでしてしたいことって……」


「おおよそは分かるわ。恐らくあの男が目指してるのは、老いず死なずの永遠の命、不老不死ってとこでしょう」


「不老不死……」


「肉体はいつか滅び、魂はあるべき場所へ還る。けれどもなにかしらの方法で物質界のモノを拠りにして魂がとどまり続けれたのなら……。肉体でないモノに通常の魂を宿し続けても摩耗して消えちゃうけど、あの男は他の魂を使って、別のモノに宿し続けても摩耗することのないより高次元の魂に作り替える気なんでしょう」


「本当にそんなことできるの……?」


「話だけ聞けばシンプルに聞こえるけど、難解でとてつもない高度な儀式だし、仮に成功しても自我が残るかどうか……どっちにしろあんな半端者には到底無理よ」


『は、言ってくれる。この私が自我を失うなどあり得ぬ!』


「例えだとしても、ここの人たちの魂の量でもあなたじゃたかが知れてる」


『知れたことよ。ならば喰らう範囲を広げこの島ごと魂を平らげるのみ。それで足りぬなら海を越えるまで。さすればいつかは喰らいつくし続けた魂の流転の末に望みし頂に辿り着くであろう!』


 それはつまり───


「あぁ、呆れるわね、ほんと」


「それってつまり、自分が不老不死になるまで人を殺し続けるってことじゃ……」


『然り』


「……」


 男の乾いた返答に言葉を失うハルカゼ。

 そんなことをすれば()だけじゃない。()()()()()も黙っているわけはないけれど。

 あの傲慢な男は自分は全ての困難を超え辿り着けるのだと疑ってもないのだろう。


『甘いわ!』


 こっそり会話の途中にトランクからゴーレムの死角に向かって放っていた、魔術を付与した透明な紙飛行機。

 振り向いたゴーレムの散弾銃のように放たれた砲撃にかき消され爆発が起きる。


『何度来ようと!』


 新しく放っておいた紙飛行機、当然のようにゴーレムにかき消される。

 けれど今度のは違う。


『む!』


「わ! あれって霧……?」


 残った紙飛行機には衝撃に反応して魔力反応を霧散させ、視界を遮断する術式が付与されている。

 砲撃にかき消された後、そこから煙のようなものが噴き出しゴーレムの周りを覆う。

 私はトランクから紙を取り出し付与されている同様の術式をこちらでも展開させる。

 やがて工場内に深い霧が立ち込める。

 魔力を込めた霧は魔力を逃がさない結界内ではたちこみ続ける。

 目の前にさえ何があるか分からない視界下。

 この中でも、霧の術式を通じて私はゴーレムの動きがある程度把握できる。

 一時しのぎだけど、今はこれで充分。

 ゴーレムを警戒しつつ私は念のため、防音の結界を絨毯の上に展開する。

 ハルカゼの方に振り向く。


「こちらを視界的にも魔術的にもこっちの存在は感知しにくくなる。端的に説明するわ。ハルカゼ、ここからあなたを逃がす。多分、あなたは通れるから通り抜けられそうなところを見つけて、その隙に街まで逃げなさい」


「そんな、私エリシアさんを放って……」


「文句は言わない、今はこうするのが最善の策なの」


「それでも……私……エリシアさんの力になりたいの。今日、楽しかった、友達みたいなことが出来て……恩返ししたいの」


 ゴーレムの魔力砲が放たれ続けているが、当たることなく私たちの周りをうすぼんやりと照らすだけ。

 そんな中、ハルカゼは真っ直ぐ私を見てくる。

 普通の人間ならこんな状況もう逃げたいと思うはずなのに。


「どうしてあなたそこまで……。怖くないの?」


「怖いよ。けどエリシアさんを置いて行く方がもっと怖いし嫌だ……」


「……あなたって変な子ね、私達出会ってまだ一日も立ってない仲なのに」


「……」


「何か打算でも考えてるのか……それとも私に一目ぼれでもしたのかしら?」


「ひと……? な、なに言って!?」


 あわあわとするハルカゼ、こういうのは苦手なのか、顔が赤くなる。

 ……私は心づもりを決める。


「その私はその……」


「……分かったわ、そこまで言うのなら。正直逃がしたとしてもあの男が追ってこない保証はないし、私のそばにいてくれてた方が何だかんだで安全だろうし」


「エリシアさん!」


「まぁ一人でに落ちたら私でもカバーしきれないかもだけど」


「う……が、がんばるよ!」


「まぁ、言ったからにはとことん付き合ってもらうわよ。正直今やってる策もちょっと不安要素があるし」


「今の策……不安要素って?」


 周りの霧が少し薄くなっている。晴れるのも時間の問題だ。


「とにかく、霧もそろそろ晴れてくる……その前に作戦を話すからよく聞いてハルカゼ」


「あ、うん!」


 私は意志の変わらない深い桜色の瞳をしっかりと見ながら口を開いた。


「簡潔に言うとハルカゼには落ちてもらうわ」


「……おち?」



 ◇◇◇



 工場内に立ち込めていた霧が晴れていく。

 辺りに紙が散らばる中、廃工場の隅々まで男の乗ったゴーレムは頭部を回し、二人を探す。


『そこか!』


 ゴーレムは二人の位置を捉え、砲撃を放つ。

 それを二人の乗った絨毯はひらりと躱す。


『これはどうだ!』


 そこに向かって放たれる嵐。


「それぐらい!」


 周りの紙から二人を包むように展開される透明な結界。

 嵐をものともせず防ぎながら、少女たちは空を走っていく。


 ゴーレムに身をやつした男は逡巡する。


(やはり、躱すか。先刻は防がれたがもう一度嵐状で放てば……いや、先程の魔力砲。あれを術の構築の間に当てられるわけにはいかない。ここは順当に防ぎつつ、相手の魔力切れをただ待つのがやはり得策か)


 そうしてまた放たれる紙飛行機。これをまたゴーレムが散らしていく。

 少女たちはゴーレムの方に向かっていく。

 それにゴーレムは狙いを定めるが、


「ここ!」


 また、少女たちの周囲から霧が吹き出しゴーレムの前面の視界が防がれる。

 広がっていく霧。


『同じ手は喰わん!』


 その前にゴーレムは動き出す。

 腕を伸ばし散弾銃のように細かい砲撃を放つと霧は広がる前にかき消されていく。

 そうして、ゴーレムが少女たちが霧から飛び出すのを待っていると。


『! これは!』


 絨毯の上に乗る少女たち、それが()()()()()()四方八方に飛んでいく。


『幻術か!』


 残っている霧から飛び出し、あちこちへと飛んでいく少女たちの姿、魔力探知でも全て同じ反応を示し男は歯噛みする。


(やはり、魔力探知にもかからないように細工はしているか……いや、だが! 少女は一般人、ならば魔術師の少女よりも彼女の方がこの状況、慣れてはいない!)


 男は魔力の感知ではなく一般人と思しき少女、詩乃の動作に注目しそれぞれに感知を向ける。

 一つ一つの動作、先程の少女と一番違和感が強いものを男は探す。

 そして、男は前面から真上、工場の天井へと向かう一つの少女たちの影を捉える。


『そこかぁ!』


 放たれようするゴーレムの砲撃、光が集まり放たれる寸前。


「て、てやぁー!!!」


『!? なに!?』


 放たれると同時に、詩乃は絨毯から身を投げると大きく空中に身を投げ出す。


(気が狂ったか! まぁいい魔術師には当たる!)


 男は驚きつつももう一人の少女に目を向ける。

 落ちていった詩乃よりも上、まだ紙の絨毯に乗っているエリシア。

 避けようのない射線、魔術師の少女は避けきれず直撃し───

 砲撃の余波で()()()が空中に飛び散る。


(直撃……肉片ごと消し飛んだか? いや、手ごたえがなさすぎる! アレも幻術!?)


『ならば、どこに!』


「ここよ!」


 ゴーレムの前面、残っていた霧からエリシアは前面に魔方陣を展開しつつ飛び出し、そこから砲撃を放つ。


『ぬぅ!』


 直撃する砲撃、更に腹部はえぐられゴーレムはよろける。


「まだまだ!」


 エリシアの持つトランクから紙が開かれると、紙はゴーレムの周囲に展開されていく。

 それと同時にエリシアは後ろへ方向を展開すると、落ちていく詩乃へ向かっていく。

 同時に紙から魔方陣が現れるとそこから魔力によって構成された鎖が飛び出しゴーレムを様々な方向から拘束する。

 男は砲撃でかき消そうとするが、ゴーレムの腕部は沈黙したまま動かない。


『外部への魔力放出が遮断されているのか!』


 空中、落ちていく詩乃、床面へ落下してくところを───


「キャッチ!!!」


 すんでのところでエリシアは詩乃へと横からぶつかりそのまま不格好に抱き留める。


「わぷっ……っやったね……」


「えぇ……流石にギリギリだったけど、下で待ってて!」


「うん!」


 エリシアが絨毯から詩乃を工場の床に降ろすとエリシアは再び空へと舞いあがりゴーレムを見下ろす。


『だがこの程度で!  外部への干渉は阻害できるだろうが内部は別だろう!』


 拘束されつつもゴーレムの腹部は徐々に再生していき、跡が塞がっていく。


「再生もできるとか本当面倒……」


『フハハ! 魔力砲を打ち込もうと再生には追いつけぬ、拘束もそう長くは持つまい!』


 勝ち誇る男の声。


「その必要はないわ」


 エリシアは淡々と言い放つ。


『なに?』


「さぁ、ここが勝負どころ! 大盤振る舞いでいくわよ!」


 エリシアが手をかざすと、ゴーレムの周囲、廃工場跡に散らばったいくつものお紙から魔力が溢れる。


『残った紙か……だが術式もないまま魔力を起こしたところで……いや、この配置!』


 ゴーレムの周囲に散乱している紙から溢れた魔力は軌跡を描き、まるで文字が刻まれていくかのようにその姿を変えていく。

 やがてゴーレムを取り囲むようにいくつもの()()()()()()()()()()()()が現れる。


『これはまさか……! ()()()()()()!』


「そのまさかよ!」


 エリシアはさらに空中に魔力で文字を描くすると、それに呼応するように魔力で描かれた文字が強く光り、文字による魔方陣が形成され、輝いていく。

 男は目を見張る。


(そうか、紙を散らしていたのもこれが目的。しかもこれはただのルーンではない、その起源の!)


「これがエリシアさんの言ってたルーン……」


「大がかりだと時間もかかるし、紙も散り散りになりかねないのが嫌だったけどあなたのおかげでスムーズに行けたわハルカゼ!」


 更に光は強まりゴーレムを包み込んでいく。


「増幅した分解のルーンよ、装甲なんて関係ない! 内側から壊してあげる!」


 その宣言と同時、強い光がゴーレムを包む。


『ぬぅ!』


(ゴーレムの外部だけではなく、内部機構までも物質から変換されていく、まずい! このままでは!)


 ゴーレムの体躯、様々な場所から一片一片が散りになっていく。

 まるで虫に食いつぶされているかのようにその巨体が削られる。

 蝕んでいく光、あらゆる部位が塵に還っていく。

 凄まじい魔力の輝きは辺りの廃工場の設備や柱、天井さえも大部分が消し飛ぶ程の威力で周囲を呑む。


「消えなさい!」


『があぁぁぁぁ!!!』


 ゴーレムの巨体が削られていき、まるでいびつな彫刻のような姿に変わっていく。


『だが……ま、まだだ!』


 ゴーレムの中央、そこかが内側から砕け散り、液体が噴き出すと中から出てきたのは何かしらの紋様が刻まれた布を幾重にも体に巻き付けた、先刻土塊だった時よりも痩せこけている土気色の男の姿。


(残った魔力! これさえあれば!)


「ッァ!」


 男が腕をかざすとそこからゴーレムが放っていたものよりも小さい光の砲撃がエリシアを襲う。


「!」


 とっさにエリシアは紙の絨毯を盾にし、これを防ぐ。

 砲撃で起きた煙がエリシアを包む。


(空中でのバランスを失った今なら!  当たる!)


「ハァッ!」


 男がまた腕をかざすともう一度砲撃が煙に向かって放たれる。


「エリシアさん!」


 真っ直ぐ向かう砲撃、

 詩乃の叫びも無情に、

 エリシアに砲撃が届こうとして───


「ブラッドペイン!!!」


 煙から飛び出したのは赤黒く光る閃光の弾丸。

 それは男の砲撃に逆らい魔力ごと裂いていきながら閃光を散らすとともに男の身体に叩き込まれる。


「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 男が叩き込まれた閃光にあらがうこともできないままゴーレムの奥に押し込まれ、そしてバランスを失い大きく削られたゴーレムは大きな衝撃と共に工場の設備を巻き込みながら後ろに倒れ込んだ。


 やがて煙の中からエリシアが姿を現す。

 トランクを片手にもう片手では()()()()()()、空中をふわりと降りてくる。


「スペアがあってよかったわ」


 すたっと、壊れたむき出しの鉄柱の上に着陸し、壊れたゴーレムと男を尻目にエリシアは呟く。


「まったく、永遠の命だなんて、虚しいだけでしょうに」


「それでも……私は満足に動かぬこの身体を……抜け出して……」


 ほとんど聞き取れないかすれた声で語る男。


「ふん……だからって誰かを犠牲にしていい理由なんてないわ」


「……ハハッ……最後まで痛いところを付いてくる……娘だ」


「まぁ、根性だけはあったわよ」


「まったく……口の減らぬ……」


 そして、男は沈黙する。


「エリシアさん……その人……」


「……死んだわ、無理やり身体を延命してたんでしょう」


「……そっか」


「……変な子、悪いやつよそいつ」


「そうだね……おやすみなさい」


 詩乃は目をつぶる。


「……変わってるんだから」


 再びエリシアは、ふわりと空中に踊り出てまた、ふわりふわりと落ちていく。

 結界が消え、元の工場跡に戻る。ゴーレムは完全に沈黙し、男はもう動かない。

 月明りを背にエリシアは下に降りていく。

 目を開け、詩乃はそんなエリシアをじっと眺める。

 月を背に傘を差しながら降りてくる少女。

 その姿を目に移しながら、降りてくる少女に向かって詩乃はただ眺めている。


(今日はいろんなことがあったな……)


 この一日の出来事、様々なことを思い出しつつ今はただ少女に向かって感情のままに彼女に問いかけを投げかける。


「……ねぇエリシアさん、あなたは一体」


 そんな問いかけにエリシアは空中でふっと笑うと、詩乃へその輝くような瞳を向けつつ、どこか誇らしげに問いかけに応じるのだった。


「改めまして、かしら。私はエリシア・ウォルステンホルム。ただの通りすがりの魔術師よ」


 それぞれ向かい合った少女たち。彼女たちをただ月は変わらずただ暗い夜の工場跡の中を照らしていた。

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