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科学世界の魔術少女曰く  作者: 黒桐
黎明の翼/Alīs volat propriīs
2/15

降ってきた少女

『それじゃあ困ったことがあったらいつでもね?  ……そういえば荷物は届いた?』


 スマホ越しに響く耳元のどこか不安げな心配する声。

 それを慰めるように私は耳元のスマホに少し力を込めた声で明るく答える。


「うん、さっき届いたよ。うん、大丈夫、叔父さんにも心配しないでって言っておいて」


 そう言いながら私はまだ荷物もろくに無い、よくあるリビングと調理台があるダイニングの繋がった家具だけが置かれた簡素な部屋の、その中央に置かれた叔母からの荷物の段ボールを見下ろす。


「大丈夫、危ないことも特には無かったよ。天気? うん、今日も晴れ、ちょっと曇ってるけど」


 部屋の開いた窓の先を見ると外にはまだ寒空を予感させる枯れた木の葉の舞う雲がかった空。そして遠く先に並び立つ灰色の街並みが見えた。

 窓の近くには蕾もまだ芽吹いたころであろう肌寒そうな木々が風に揺れている。


「うん……お守りもあるし怖くないよ、大丈夫」


 私は首から紐でぶら下げた()を見た。


「もうお仕事なんでしょ? だから、うん、心配ないで叔母さん」


 そうやって急かしたように何回も重ねたやり取りを私はまたくり返すと、ようやく電話口の声が渋々口惜しそうに通話の終わりを告げようとする。


『一応新しめのマンションらしいから防犯も問題ないと思うけど戸締りはしっかりね? それじゃあ、困ったことがあったらいつでもね? 詩乃(しの)ちゃん』


「うん、分かった。叔母さんも元気でね、うんそれじゃお仕事頑張って、またね」


 通話が終わると、私はふぅと息を吐き部屋の隅にへたり込む。


「……心配してくれてるのにな」


 上を見上げるとそこにはもちろん見慣れない何の変哲もないただの天井。


「そういえばダンボール、何が入ってるんだろ」


 私はおもむろに立ち上がり、荷物を解く。

 そうすると中には野菜や生活用品がこれでもかというほどぎっしり入っていた。


「どうりであんなに重かったんだ、今日は何作ろう………ん」


 そう思案していると、開いた窓の方から吹き込む風が吹く。

 その風は、どこかへ身体がどこかへ連れ去られてしまいそうな、どこかへ引っ張られてしまうような、そんな風だった。



 ◇◇◇



「綺麗だな……」


 そう呟く私の前にはただ、どこまで続く海の景色が広がっていた。

 私のの住むマンション寮近く、住宅街を外れた森を抜けた先にある海を眺めることが出来る浜辺、特に意味もないまま私はふらりとここに来ていた。


「ここら辺、来てなかったな」


 木々が生い茂り今にも飲み込まれそうな左右のアスファルトで舗装された道。沿うように立つコンクリート塀の先の向こうには砂浜が広がっていた。

 私は周りをキョロキョロと見やると下に降りていける階段を見つけ、砂浜に降りて行った。

 ざくっ、と音が鳴り、砂の感触が靴越しに足元に伝わる。

 見渡すとそこは広い砂浜と海を一望できた。


「人は……居ないよね」


 まだ春も来る前の静かな冬の季節。海も冷たいであろう寒空の中、海に来る物好きは私以外、他にいるわけもなく、ひいては返す波を横目に私は砂浜を歩き始めた。

 海風が強く砂浜に吹き付けていた。服は着込んでいたけれど、それでもどこか身体は冷えている。


「……買出しに行かないとだけど……街の方に行くにはちょっと遠回りだったな」


 波と靴の下に沈む砂の音だけが響く砂浜。

 生き物の気配はなく、冷えた空気が頬を撫でる。

 ただ一人色味の薄い空を見上げながら歩くのをやめ、下を向いた。


「……おばあちゃん、これから私一人で……うまくやれるのかな」


 意識せずに口から洩れたのはそんな小さな不安の声。誰に届くわけでもないか細い呟きは波と砂の音にかき消され消えていった。


「……」


 また上を見る。そこには先程と変わらない空が広がっていた。

 そして、また歩き始める。そうして歩いていくと、

 ふと、

 何かが空に飛んでいるのが見えた気がした。


「……? いま、何か?」


 見間違いだったのだろうか、よく視界を凝らす。


「──! ─?  ─────!!!」


「何か声も聞こえるような……?」


 何かある気はするのに、空にはそれと(おぼ)しきものはどこにも見つからない。


「……うーん」


 根気強く視界を凝らす。すると


「いまやっぱり何か……」


 チラッと映った何か。めげずに探していると。


「──!」


「……居た!」


 どこか遠い声も聞こえる中、目に映ったのは黒い何か。急に視界に見えたことに疑問を感じつつもそれをよく見る。だんだんとそれは近づき、くっきりとした輪郭を持つ、すると。


「あれって……傘? ううんそれだけじゃなくて……あれって……」


「──!」


「人!」


 間違いない。何者かが黒い傘を持って不規則に宙を舞っているのが見えた。


「─!」「ってことはこれも人の声!?」


 空に浮かぶその人物は明らかにコントロール出来てないであろう、無軌道な動きでこちらに降ってくるのが見える。

 先程よりもかなり近づいてきたため、しっかりとそれが人間であることが確認できた。


「ど、どうしよう!?」


 どう頭をひねっても今の私には解決策が思い浮かばす、ただ狼狽する。

 そうこうしているうちに降ってきている何者かがすぐそこまで近づいてきてるのが見えた。


「こっちに落ちてくる!」


 目と鼻の先、もう掴めそうなほどに縮まった謎の人物との距離。


「──!」


 何かしらを叫びながら落ちてくる人物が墜落するであろう場所に私は何の手段もないまま駆け寄る。

 海と砂浜の間、浜辺の波の中で私は駆け寄り、その落ちてくる人物を無意識に私は腕を伸ばし抱きとめようとして──


「わ」


 思ったほどには強くない衝撃、私の上半身に覆いかぶさるようにしてその人は私にぶつかる。

 ただ、落下した来ただけではないのだろうか、弱い衝撃を不思議に思いつつ、なんとか不格好ながら受け止めることに成功する。

 けれど、私は重さに耐えきれず海の方を背にしたまま勢いよく身体が傾きそのまま海の中に倒れこむ。


「ぎゃん!」


 すると受け止めた人物も同時に腕を離れ、海に頭から突っ込む形で波の中に不思議な声をあげながら倒れる。


「けほっ」


 波から頭を上げ、口の中に入った海水を吐き出しつつ砂と海水にまみれた身体を起す。

 まだ海開きには遠い季節故に当然ながら冷たい海水の温度が服の上からこれでもかという程伝わってくる。

 肌寒さを感じつつも、抱き留めた、海の方の人物がどうなってるか確かめるため立ち上がろうとすると


「ぶはっ! けほっけほっ……あぁ! もう! 死ぬかと思った!」


 ざばっ、と海の中から勢いよく顔を上げる灰色がかった白いワンピースであろう服の人物。


「もう()()に問題はなかったはずなのに……久々にこんなポカ……あぁ、姿隠しの術式までダメに……」


 顔を上げると同時に急にスイッチが入ったかのように、話し出す。

 よく見るとかなり値の張りそうな丁寧な刺繍の施されたワンピースを身に着け、そして、その綺麗な長い黒髪が波に浮かんでる。


「服の中までグショグショだし……術式の試運転ついでに空から島をなんて思うんじゃなかった 。風かしらやっぱり、最初からやっぱり紙で飛ん……」


 鈴の鳴るようなそれでいて凛とした声で悪態をつく黒い髪の人物。

 こちらのことなど気にも留めずに何かをぐちぐちと喋っている。

 どうしようかと波の中、私があっけに取られていると、


「……?」


 どうやらこちらに気づいたのか髪が揺れ、黒い人物がこちらの方に振り向く。

 黒髪とワンピースに映える華奢な身体。髪には花をかたどっているであろう髪飾り。そして、

 青く澄んだ目。

 きりっとした眉に長いまつ毛。

 白い肌に整った鼻、小さな艶のある唇、端正ながらもどこか幼さを残したあどけない顔立ちの少女が居た。

 その風貌に私は思わず目を奪われる。

 そして───


「……!? ってあなたいつからそこに!?」


「……え、えと、さっきから……かな?」


 驚いた様子の少女からの問いかけ、私は返答に詰まり要領の得ない返答を出す。


「えと、その、大丈夫? さっき私つい受け止めちゃったけど、その怪我とか……」


「え? あぁ……海に落ちる前に何かに当たった気がしたけどあなたが私を受け止めてたのね……ありがとう、大丈夫よ。おかげさまでこの通り……受け止めるなんて無茶なことするわね。あなたは大丈夫だった?」


 砂を払いつつ、服や体、髪を確かめながら少女は海の中から立ち上がる。


「え、えとうん、大丈夫だよ、です。……そこから歩け……ますか?」


 それを見て私も波の中で立ち上がると、少女の方に手を伸ばす。


「ん、ありがとう」


 後ろに下がりつつ握った少女の手を引く。そして波の来ないところまで下がる。

 びしょびしょの二人。乾いた砂浜に垂れた水滴が染みていく。


「はぁ……それにしてもお互い大分濡れてるわね、寒いわ」


「あはは……まだ三月ですし」


 周りを見回すと、砂浜の先にいつの間にか少女の手を離れ、砂に突き刺さったボロボロの黒い傘を見つける。


「あ……あれ……」


「? ってあっ私の傘……」


 傘の方に駆け寄る少女。砂からすっぽぬくと傘の状態を確認し始めた。


「はぁ……高くついたわね」


 寒さはあまり感じなかった、変わった少女、私はただ彼女を眺める。

 不思議な感覚が身体を支配する、ゆっくりと流れる景色、彼女をただはっきりと意識して───


 ───いつか、きっと、詩乃ちゃんにも───


 何か懐かしい記憶が蘇った気がした。

 私は服越しに服の上からかけている鍵を握る。

 そして、私は───


「えと、その……そのよかったら私の家に来ませんか……! その、風邪引いたらよくないですし」


 初めて会った名も知らぬ彼女につい、そんなことを口走ってしまった。


「え? あぁ……そういうことね。ありがとう、でもお気持ちだけ受け取っておくわ。出会ったばかりの人にそこまでしてもらう訳には……ハックシュン!」


 会話の最中、寒さのせいか思い切りくしゃみをする少女。


「…………」「…………」


 くしゃみの後、訪れた静寂。なんとなく言葉を出せずにいると。


「……そのやっぱりちょっとお言葉に甘えて失礼させてもらおうかしら」


 どこかばつの悪そうな彼女の同意の返答に私はふっと思わず口を緩める。


「……えと、じゃあ行きましょうか。あ、でも……管理人さん許してくれるかな」


「管理人?」


「私の住んでる寮みたいなところの管理人さんで……」


「ふーん……大丈夫じゃないかしら、案外簡単に通してくれると思うわよ」


「?」


 そうして、謎の少女を連れて一度自宅に戻るのだった。



 ◇◇◇



 マンションに戻り、シャワーを浴びた私は家具ばかりの簡素な自家の一部屋で服を着替え、一呼吸置く。

 リビングに立てかけてある姿見の鏡を見る。きれいさっぱり乾いた茶髪のボブヘア、濃い桜色の瞳、着替えた普通の服に首からぶら下げたお守りの鍵。

 私は鍵をギュッと握る。久々に知らない人と話す。()()()()()()()()()()()()……。

 それにしても、管理人さんは案外あっさりと通してくれたな、そこらへんちゃんとしてそうな人のように見えたけれど……。

 何となくテレビをつけると地元の放送局がやっているらしいニュースが流れていてた。

 ぼーっと眺めていると、扉の開く音がする。


「はーっ、さっぱりした。本当に助かるわ。お風呂だけじゃなくて服まで貸してもらって」


 タオルを首にかけ、黒い髪をなびかせながら廊下から少女が現れる。


「えと、なにか着にくかったりしたらすいません。そういうのしかなくて……」


「別に問題は無いけれど……あなたと私、体格も一緒ぐらいだからちょうどいいわ」


 私も今着ているような、そこらへんでよく見かけるようなシャツとスカート、当人は満足しているようで私は少しほっとする。

 それと同時に私は疑問に思う。私はどうして、彼女を部屋に招こうと思ったのだろう。

 私は昔から引っ込み思案で会話も苦手なのに、きっとあの時の胸の高鳴りのせいだ。


「ふぅ、この恩は必ず返すわ」


 ピーッと会話に割り込むようにキッチンから音が鳴る。


「そんなそこまでの事じゃ、あ、やかん湧いてる。……お茶入れるので一緒に飲みませんか?」


「この際だわ、それもいただこうかしら」


 どこか吹っ切れたように少女はお茶の誘いに乗ると、近くの椅子に腰を掛ける。

 私は湯呑に茶葉を入れお湯を注ぎ、彼女に手渡す。

 そして私もお茶を作り椅子に座る。


「……」


「……ふぅ」


 椅子に座り、リビングの机でお互いお茶を飲む。

 静かな時間。ただテレビから聞こえる雑音だけがよく聞こえる。

 思わず、家まで上げてしまったがこの少女は何者なのだろうか。お茶を啜りつつも、なかなか会話を切り出せずにいると彼女の方から会話があった。


「それにしてもあなた……ええとそういえば名前を聞いていなかったわね。

 私は……エリシア・ウォルステンホルム。 あなたは?」


「え、えと、春風詩乃(はるかぜしの)です……」


 何故か詰まった彼女の名乗り、言い出しにくい事情でもあったのか。とにかく、私も名乗る。


「そう、よろしくねミスハルカゼ。敬称は日本じゃ()()だったわね、ハルカゼさんはここ……というか()()()に来たばかりなの? 随分と生活感がない部屋だけれど」


 彼女は無機質な部屋を眺める。コーティングされた木材の床に白い壁と天井、そして、基本的な家具ばかりだ。


「はい、一週間ぐらい前に」


「ふーん、進学かしら?」


「えと、春から神宮島の中学に通うことになってるんです」


「……それって四月ぐらいからでしょ? 今三月の初めよ? 随分早いわね」


「あはは……うん、いろいろあって」


「ふぅん……」


 エリシア・ウォルステンホルムと名乗った少女の詮索は特に来ない。単に気になっただけのだろう。軽いやり取りが終わった後、お茶を口に運びながらテレビを見ている。

 ぼーっと眺めている彼女と少しの会話を重ね、少し勇気が出た私は思い切ってついに先程の一件を彼女に尋ねてみることにした。


「えと、ウォルステンホルムさんはどうしてここに……ていうかその……どうして空から落ちてきたんですか?」


「ゴフッ!」


 急に本題を尋ねたせいかお茶を喉に詰まらせるウォルステンホルムさん。

 ゴホゴホッとむせてしまっている。


「す、すいません! やっぱり気になって! そのずっと気になってたんですけどなかなか聞けなくて」


「ゴホッ……いえ、気にしないで結構よ。そうねあなたのその感じだからつい油断してたわ」


「いえ……」


 むせている彼女を目の前に少し自分に過失を感じ反省する。いつだって私は間が悪い。


「あ、そのなにか、背中と擦りましょうか……?」


 少し焦ってよくわからないことを言ってるのは自覚している。


「いえ、そこまでには及ばないわ。 大丈夫よ……それで空から落ちてきたことについてだったわよね」


「えと、はい」


「ええと……それはね」


 言い淀むウォルステンホルムさん。そすしていると、ピンポーンとチャイムの音が部屋に響く。


「あ、ちょっとすいません」


「えぇ、大丈夫よ」


「お荷物お持ちしましたー!」


 そんな玄関から聞こえる元気の溢れる声を聞きつつ繋がった玄関を真っ直ぐ歩きドアを開ける。そこには。


「春風さんですねー?」


 と大きな袋を小脇に挟み配達員の恰好をした私より少し上の年齢であろう活発な少女が肩から大きな袋を引っ提げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()があった。


「わ()()()の配達員さんなんだ……」


「はい! お届け物です!」


「……」


 なんとなく後ろを振り返るとそこにはリビングでこちらを凝視するウォルステンホルムさん。

 目をパチクリさせながらこちらを見てくる。不思議に思いつつ私は振り向き直し、荷物を受け取ろうとする。


「あ、ハンコ」


「サインでも大丈夫ですよー、ペンどうぞ!」


 器用に宙に浮きながら荷物を渡し、ペンを胸ポケットから渡してくる配達員さん。

 私は受け取り表にサインし荷物を受け取る。


「ありがとうございます」


「いえいえ! それでは!」


 受け取り表を渡し、お礼を終えると、配達員さんは空中に高度を上げる。

 そして、流れ星のように街の方に飛んでいった。

 玄関を閉めるとリビングに戻り、隣の椅子に荷物を置いて、椅子に座る。

 何となくテレビを見ると、少し前から続いているリポーターが地元、つまりは神宮島の学校のお祭りらしきものを紹介している光景。


「さぁ、このようにフリードリヒ鉄十字学院の弥生祭! 様々な屋台を生徒たちが構え、大盛況を博しています!」


 先程からテレビの中では学校の敷地の中にたくさんの屋台が並び立ち、生徒たちであふれ、その屋台それぞれをめぐり、生徒達にインタビューしていた。


「わぁ、大きいー、資材の運搬に多脚式運用型機構を採用しているのも鉄十字学院ならではですねー」


 画面ではいくつもの脚の様な中央に人の搭乗部をのせた大きな金属の蜘蛛のような機械が人と荷物を載せワシャワシャと動いている。


「おや! あれは浮かせた水を操るパフォーマンスですかね、綺麗ですねー。どうやらあれも能力者の生徒によるパフォーマンスの様で───」


 テレビ画面では、制服を着た少年が水を空中に浮かべて操っている。


「すごいですね……」


「えぇ……そうね」


 先程から調子の冴えない彼女。やはりわけを聞いたのがまずかったのだろうか。


「……こういうところなのよね()()は」


「? あ、そういえば能力者の人なんてあんまり会わないですもんね」


「えぇ……私は外に出ないで研究で籠るか仕事ばかりだったから」


「研究……そうなんですね。もしかして道具の発明とかですか?」


「あら、何故そう思うのかしら?」


 彼女は湯呑を置くと小首を傾げる。


「その、さっきの傘とか、そういう道具の実験だったのかなって」


「あぁ、なるほど……。まぁそんなところよ」


「やっぱり……」


 彼女は再び湯呑に口を付ける。

 傾き具合からしてもうかなり減っていそうだ。


「……そういえばあなたホテルの行き先分かる?」


「ホテルですか?」


「えぇと名前は───」


 聞いた名前をスマホに打ち込み、経路を探す。


「多分こんな感じですね」


 そうして出た画面を彼女に見せる。


「ありがとう……えぇと……? うーん……」


 見たところ彼女はその顔立ちから見るに海外の人なのだろうけれど、交通機関を上手く通れるのだろうか。

 彼女は渋い顔で画面とにらめっこしている。

 端正な顔で眉をしかめる彼女、そんな彼女を見て。


「あの……よかったら案内しましょうか?」


 そんな言葉がつい私の口から出てしまう。


「……いいの?」


「はい、その、買いたい物もあったので」


 どうしてだろう、こんな積極的に誰かと関わろうなんて思ったことは今まで私史上初めてのことで。


「ほんと、申し訳ないわね」


「いえ……」


 私は一体どうしてしまったんだろう。そんなことを考えつつ鍵を握る。


「どうしたの?」


「え、と、何でもないです」


 胸の内に渦巻く感情を整理できぬまま、不思議そうに見つめる彼女を笑って私は誤魔化すことしかできなかった。


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