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犠牲の果て

「本当にこんなところで降りるんかい? なんか電波も届かないみたいだし気を付けてね」


「は、はい、ありがとうございます!」


 運転手にお礼を言いつつバスを降りる。ちょうどあってよかった。すっかり辺りは夜になっている。

 そこは街灯の明かりも何もない欠けた月が照らす車道の途中。

 眼下に小高い山と奥に海が望めるちょっとしたパノラマがここからも見える。

 山の上には何か施設の様なものがある、あれが多分天文台跡なのだろう。

 何か鈍い衝撃のような音が響くと共に鳥が天文台跡の方向から群れを成してこちらの頭上を追い越し飛んでいく。

 急ごう。私は近くの下る道から天文台跡へ走っていく。

 緑が深まっていく道の中を走っているとまた鈍い爆発のような重低音が聞こえる。


「……こっち?」


 道を外れ森の中に入っていく。

 木々がうっそうと生い茂り月明りだけが頼りの中を進む。

 すると、視界の先にコンクリートで固められた人工物の様なものがちらりと見える。

 それに向かってさらに進む。すると、少し大きな何かの入り口の様なものが森の中に見えた。

 進むと、そこには、崖の切り立った土の断面にコンクリートで固められた大きな入口のようなものがあり、先は通路のようになっており奥に繋がっている様子だった。

 先は真っ暗闇で風がそこから強く吹いてる。

 入るべきか、どうか迷っていると、今度ははっきり聞き取れる何かが崩れるような大きな音、そして───

 誰かの声。


「……」


 覚悟を決める。

 スマホのライトを付け中に勢いよく入る。

 走りながらライトで中を見回す。随分使われていないのだろう。通路は所々ひび割れ、苔の様なものも生えていた。

 急がないと。

 また、何かの衝撃音は聞こえてくる。

 きっとこの先でエリシアさんは───

 勢いをつけて走る。どうか、生きていますように。

 お願い。


「エリシアさん……!」



 ◇◇◇



 十何メートルもの地下、コンクリートで出来た巨大な通風孔の底。

 地上と繋がっておりそこには遮る巨大なプロペラの間から月明りが差し込んでいた。

 何十年も使われることなくやがて緑が生え土が出来たいくつもの通風孔と搬入通路が綯い交ぜに迷宮のようになった埋め立てと採掘の跡の奥。

 草が生え、苔むし、寂れたアスファルトの上を蔦が這っている。

 その場所に男は居た。

 神父服を纏い、胸には十字架を下げている。

 男はただ目を瞑り、何かを待ちわびるようにただ粛々とそこに立っていた。そしてその前には大きく壁に描かれた魔方陣。それはゆっくりと胎動していた。

 ぽちゃり、と、どこからか水滴の跳ねる音がした。

 通風孔は幾つもの孔と繋がっており様々な方向に通路は伸びている。

 その、どこからか先から聞こえるあふれ出た水たまりにアスファルトの亀裂から落ちる水滴。

 それが合図かのように男は目を開けた。男は振り向く。

 男の視界の先、月の光も届かない暗い通路の奥、その先を男は見据える。

 やがて、カツカツ、と音が通路の奥から聞こえる。

 それはアスファルトを鳴らす靴音。

 通路の奥から月の光が照らす、通風孔の真下。

 光の下、そのシルエットは浮かび上がる。

 黒い長い髪にスカート姿の髪飾りを着けた碧い目の少女。

 左手にはトランク。そして右手には人間の生首のような何かを掴み現れる。

 それは男の外見をそのまま模倣した形の生首。

 それを少女は男の方に放り投げる。

 男の足元まで転がったその生首は止まると、砂の様に形を崩していき、そしてそこには小さな砂だまりが出来ていた。


「よく出来てたわ、襲って来た時とは違って単純に遠隔操作するタイプのゴーレムなのね。数ばかりで大したことは無かったけど、造形は中々だったわ、造形家にでもなったら? そっちの方が向いてるわよ?」


「生憎、この身は主への信仰が為にと誓っていてね、不出来でもそうはいかんのだよ」


 少女の言葉に男は淡々と返す。

 男は次はこちらの番とばかりに口を開く。


「こんな場所までご足労痛み入る。忠告だ、少女よ、何もせずこの場から立ち去れ。さすればその命奪いはせぬ」


「お断りよ、標館ロンディニウムの代行者として命じます、儀式を中止し大人しく無力化されなさい。銀斧」


「あぁそれはできない相談だとも、何せノックス・タイラーは魔導大戦の最中、我らが教会より簒奪された我らが茨の救世主の右腕の橈骨をこの地に埋めた。贄となった我が救世主の御身とも取れる大地はいまや何も知らぬ只人たちにより踏みつけにされている。あぁ、何よりも耐えがたしこの蛮行……一刻も早くこの地から掬いださなければ」


「ノックス・タイラー……理由はともかく、彼のおかげでこの地の霊脈は安定した……それを取り出すということはどういう事か分かってるの?」


「あぁ承知しているとも。この地の者たちは知らずのうち我が尊き聖人の遺体を踏みつけにし日々を過ごしている。そして、今から我が手により、それを悟ることも無く、その無辜の者たちはその罪を贖うことになる。……かの蛮行によりだ。あぁなんとも……それは」


 詰まった男の言葉。

 少女は訝しげに男を観察していたが、その表情に目を開き、眉を顰める。


「悲しき事か」


 男は涙を流していた。

 頬に流れる一縷の涙、それは確かにこれから起こる惨状、それにより起きる悲劇へ向けた涙。


「他人事みたいに……あなたがすることでしょう!」


「誰かがやらねばならぬのだ。これを知りながら民草に我らが聖人を辱め続ける事こそ教会の者として看過できぬ」


「その異常な思想の果てが、高い地位を得ていたにも関わらず教会内でさえ異端と認定され、放逐されお尋ね者になったあなたの今の現状じゃない」


「理解を得れなかったことは実に悲しき事だった。しかし、全ては我の主への信仰に基づき行った所業! 間違いだとは思わぬ、それでも私は成すべきことを成すまで!」


「異常者はこれだから」


 少女はトランクに手をかける。


「そしてこれもまた同じ事」


 男が見下ろす地面、亀裂からから光の様なものが僅かに光が胎動するかのように漏れ出す。魔方陣が胎動する。光る魔法陣、そこを中心として白く輝き、そして、その中には……。


「え、姉さん……?」


 眠る女性の姿。


「血縁だったか。どうやら昔人知れずここで争いがあったようでね。女性は勝ったようだったが、この祭壇を傷つけ霊脈を暴走させてしまったようだ。それを防ぐためにどうやら自ら栓の役割を果たしていたようだが。それも終わる。あぁそうだ、……ほら、あそこに転がった腐った肉塊。あれが戦った者の様だ。何といったかな、確か昏き……」


 少女はフラッと崩れ落ちそうになると、頭をぶんぶんとさせて話を続ける。


「そんなこと、関係ないわ。それ、よりあの魔術師崩れのゴーレムもあなただったんでしょう? まったく余計な事してくれちゃって」


「あれらは我が手に掛かれば造作にもない事でな、手向けの様なものだ」


「それにこの島の機構まで知って……もしかしてタイラーと何か関係が」


「偶然だとも。遺品の情報を掴んだ際、この島に来て機構の意味を知った。隠ぺいは上手くできていたようだが少なくともあの男は何かしらの偶然で遺体を掴んだ只人の魔術使いだった。いや、偶然か……もしくは」


 男が話す最中、男の奥にあった魔方陣の紋様が輝きだすと同時に地面に亀裂が走り、光が噴き出すように輝く。


「……もうここまで」


「儀式は完全に始まった、もう止めれはせんよ」


「術式を発動しているあなたを倒せば止まるでしょう?」


 少女のトランクが開く。

 地面から亀裂からの光が薄くなり紋様の輝きが淡くなる。


「……光が」


「……まだ贄が足りぬか……万全を期すためには我以外の血を捧げるべきではあるが……そうかこれもまた|試練か」


「……」


 少女は確かに息を吸い込み静かに吐く。

 男は十字架の首飾りを外す。


「我々は皆、運命の中にいる」


 男の手の十字架が輝く。

 十字架から光が伸び、その光は象られていく。


「逃れることので出来ぬ定め。しかして、それは神の御意思が与えたもう慈悲であり試練……これを超え運命を切り開くことこそ我らの責務」


 光はその巨躯の男ほどに伸び、そしてそれはやがて巨大な銀色の斧になる。


「そしてこれから起こる犠牲により試練はなされる。案ずる少女よ、その運命の果てに供物に捧げられし汝。その献身に寄り永遠の王国へとその魂は向かい入れられるであろう」


「最初から最後まで身勝手ねあなた。いいわ、来なさい」


 男は斧の柄を握ると、少女の方に掲げた。


「参る」


 男の周りに閃光が散り、亀裂が走る、それと同時に周囲の土がせりあがりいくつもの斧を持った人型に瞬時に成形されるとそれぞれ少女の方へ接近する。

 後ろ手に飛び、少女は前に紙の壁を成形しつつ紙を人型の方に飛ばす。

 紙は向かってくる前のいくつかの人型に付着すると爆発する。

 崩れ征く人型を斧で消し飛ばし他の人型は接近する。

 間を塞ぐ壁を斧で人型たちは切り裂く。

 切り裂かれる壁、その先に映るのは指先に魔力を込めながら文字を描く少女。

 文字を書ききると同時に稲光の様な閃光が指先から放たれ、残った人型たちを崩していく。

 少女は何かに気づき上を見上げる、そこには、先程まで後ろで立っていた斧を振りかぶる男。

 それを見て少女は紙を手前に持ってくると紙は爆発を起こす。

 少女の周りの紙がさらに爆発の風を操り、後方、地上に繋がる巨大な通風孔に繋がる通路の奥まで少女を飛ばす。

 それにより、男の斧は少女に触れることなく、立ち込めた煙の中に振り下ろされる。

 斧が地面に当たると同時に大きな衝撃が辺りを襲うとともにそこに大きな亀裂が出来る。

 男が煙を斧で振り払う、そしてそれと同時に男の視界には通路の一面に広がった炎が向かってくる。


「ぬぅん!」


 男が斧を炎に振るう。

 常識ならばあり得ぬ行い、振るったとて斧は空を切り、炎は斧に阻まれることなく男を襲う。

 しかし、斧は炎はそのまま両断し切り裂く、すると炎は男に届くことなく霧散し消える。

 少女の頬に冷や汗が伝う。

 そして、少女は更に通路の奥にくるりと向きを変え走っていく。


「逃がしはせぬ」


 そしてそれを追い男は通路の奥へ走る。



 ◇◇◇



 私は通路を勢い良く駆ける。

 良くない状況だ、出来ることなら広い場所で戦い合いたかったけれど、完全に通路に押し込まれた。

 暗闇の中を私は走る、普通の人間ならば一寸先も見えないが魔術師ならば感覚を強化し何なく通路を見通すことが出来る。

 分かれ道を曲がり更に男と距離を取る。

 複雑な道を私は進む。

 普通ならば柄の長い斧という得物はこういう場所ならば不利だろう。

 けれど、あの男の斧は違う。

 銀斧、かつて、教会に身を置く身でありながら錬金術に通じそしてその道を上り詰めた男。

 錬金術という分野を戦闘用に昇華させた銀斧の術式の中でもその極地。

 全ての魔術を錬金し分解するという一つの到達点の魔術、そしてそれが付与された斧。

 厄介極まりない、その上魔力で強化したその斧の一撃は辺りをえぐり取るほどの威力。

 通路の中だろうとたやすく壁も魔術も全て切り裂いて見せるだろう。


「……!」


 前方に魔力の反応、前方に瞬時に人型の土塊が形成される。

 さっきと同じ人型ならこのまま吹き飛ばして───

 違う!

 私はとっさに身体を後ろに倒しイナバウアーの体制で沈む。

 人型はそのまま斧を真横に振るう。

 すると、私の上をかすめるながら斬撃が通路をえぐるように襲う。

 通路は縦に真っ二つに大きく抉られ躱した私にさえ衝撃が来る。

 翠の時と同じ……魂を模倣することで自らの術式そのものを土塊に宿すやり方。

 私は瞬時に身体を元に戻し地面を蹴り前に進みながらルーンを描く。


「どきなさい!」


 また斧を振るおうとしている人型目掛け私は雷を浴びせる。

 人型は雷をそのまま喰らいその形を崩していく。

 一度後ろに妨害工作でも───


「!」


 判断を改め、私はそのまま勢い良く駆ける。

 すると先程までいた地点に横の壁から斬撃が飛び込んでくる。

 斬撃が放たれると、横の通路の壁面に大きな穴が開き、そこから出てきたのは本物の銀斧。

 その後ろを見るとくりぬかれたかのように動物が掘ったかのような大きな穴が続いている。

 錬金術で壁と土を無理やりどかしてきたのだろう。

 男が斧を振るう。

 すると、私に向かって魔力で象られた斬撃が飛んでくる。

 走りながら後ろに紙の壁を作り、ルーンをそこに描く。

 壁は斬撃を受け止めるがパラパラと崩れていく。

 視界が明けると同時に私は男がこちらに向かって走りながら壁に手をついているのを見る。

 すると私の真横から通路のコンクリートの壁がせりあがりこちらに向かってくる。

 それを見て私は身体をくるりと回転させるとその勢いを乗せた蹴りを叩き込む。


「やぁっ!」


 あっさりと崩壊する壁。

 しかし、壁は次々と四方八方にせりあがってくる。

 それを私は間を縫うように進んでいく。

 ここに来るまでにも男のゴーレムは度々攻撃をしてきた。

 それを壊しながらここまで進んできたけど何もせずに来たわけじゃない。

 地面を思い切り魔力を込めて踏む。

 そこにはルーンが仕掛けられている。通路を進む男の地面に向かって文字が光ったかと思うと辺りを巻き込んで爆発していく。

 振り下ろされる男の斧。

 それでも辺り一面からの爆発、全てを防げるわけじゃないはず……。

 轟音が鳴りあちこちに飛ぶ礫、煙が立ち込める。

 しかしそこに振り下ろされる一閃、煙をかき消し銀斧はこちらへ向かってくる。

 やっぱりあれぐらいじゃ損傷は期待できないか……でもそれが分っただけで充分。

 私は通路を曲がると、男と一定の距離を保ったまま紙に乗せた魔術と仕掛けたルーンで男に攻撃をし続ける。


「無駄なことを!」


 駆ける私、縮まっていく銀斧との距離───

 ここ!

 私は紙を展開しつつ振り向き、壁に手を触れる───

 すると、先程まであったはずの通路があっという間に消え私と銀斧は幅が十数メートル、高さが数メートル程と視界で確認できる大きな空間に踊り出る。

 そこは本来何かしらの貯水槽だったと思われる空間。

 そこら中苔が生えており、地上の森からの浸食で緑に覆われている。そして、上から木々越しに淡い月の光が降り注いでいる。

 舞い散る先程までコンクリートの壁だった紙。

 魔術の付与の仕方次第ではこういう見せかけも可能にできる。

 展開しておいた紙で絨毯を作り乗る。

 落ちる現状に対抗策がない銀斧はそのまま床に激突しそうになる。


「っ! ぬぅ!」


 しかし、瞬時に銀斧は体制を整え何か操作をしようとして床に手を伸ばし───

 手が床にすり抜ける。

 それと同時に次は床一面が紙になり、散っていく。

 更に現れた四、五メートルほど下の床面。

 そこに浮かぶのは巨大なルーンで描かれた魔方陣。

 それと同時に壁面にもいくつものルーンが浮かぶ。


「消えなさい!」


 貯水槽の上部を壊して森の中に抜け出し、私の周りを魔術を付与した紙でぐるりと壁で囲み守りつつ、ルーンを起動させる。

 渦巻き、収束させる極黒の光。

 術式を分解できるといっても万能ではない。崩壊を引き起こす魔術ではなく、魔術が引き起こす現象の崩壊。全ての属性を合わせ叩き込む混沌の終焉。多段式に三百六十度からこのまま押し切る。

 それは空間の中心に集まっていく。

 やがてそれは銀斧のいる貯水槽ごと削るように凝縮し生まれる終焉の黒。

 そうして黒色の光が霧散した後、そこには球状の大きなクレーターがそこにはできていた。私は壁を解除する。

 貯水槽は跡形もなく消えており、丸く削られた土面だけが露出している。辺りに舞い散る土煙。

 これで終わってて欲しいけれど……。

 球状のクレーターの煙に隠れた底、私は感知を強める。

 反応は───


「!」


 瞬間、底冷えするような身体の感触、私はとっさに絨毯から横に飛ぶ。

 絨毯を切り裂き斬撃が身体をかすめ、後ろに着弾する。

 私は紙を下に展開しそこに着地する。

 煙の中、晴れるクレーターの奥の景色、そこには───

 そこには、かろうじて人と認識できるほどの林檎の芯のように細々とした肉塊があった。

 皮膚は無く赤黒くそしてとこどころに見える白、神経の露出した頭部に内蔵の露出した骨と肉のおよそ生きているとは思えない体というおぞましいその姿。

 その生えている腕には土で作られたように見える斧にもならないような小さな不出来な何か。

 それはボロボロと崩れていく。

 まさか───

 私はルーンを起動させる。

 そこから炎が空中から現れ男を襲う。

 それと同時に肉塊の付した地面から土が湧き出すように溢れそれは斧の形になる。

 肉塊はそれを掴むと炎をやすやすとその土の斧で切り裂いた。

 ボコボコと音を立てる肉塊。

 よく見ると身体が急速にその幅と厚みを増していっている。

 させない。

 ルーンを描き炎、雷、嵐と続けて放つ。

 それを肉塊は斧で払い、その斧が崩れたかと思うとすぐに傍に斧を作り出し、また斧で切り裂く。

 そうしている間にも身体は徐々にその形を取り戻していく。

 そうして皮膚ができ、やがて服までもがその肉塊───

 銀斧と呼ばれた男の形を取り戻す。


「あぁ、素晴らしき腕。しかし、神との合一に近づいた私には足りぬ滅び」


 銀斧は瞬時に姿を消す。

 私は紙の絨毯を解除する。

 物理法則に従って落ちる身体、それを銀色の斧が上をかすめる。

 いつの間にか空中に居た私の横にまで肉薄しているここまで跳躍してきたであろう銀斧。

 私は銀斧に思いっきり蹴りを入れる。銀斧に効いてる様子はない。

 でもそれでいい、銀斧を踏み台のように蹴り上げ横に跳躍する。

 紙をその軌道の先に展開し、姿勢を直し、踏み越える。

 そうして私は先程までいた通路の方向へと飛び通路の先へ着地すると再び通路の奥に走る。

 勢いよくもと来た通路を逆走していく。私は思考を整理する。

 術の分解自体はアイツの力で説明がつく。

 それでもあの不死性は……魔術という事情、その中において最も考えられるのは───


「儀式場を利用した遺品、茨の救世主───その遺体との接続による神性の獲得……不滅の身体の再現!」


「そうだとも! 魔術師!」


 吠える銀斧。


「我が肉体、既に救世主のその奇跡の一端を宿す身となりて! 故に我既に不滅なれば!」


 通路の奥追いかけてくる銀斧。

 不完全な儀式でもある程度は行使できているのだろう。

 あるいは何か段階を分けて、最初に不死性をその身に宿した。

 ならばこの後の段階は恐らく、その身自体に遺品を同化させ宿すフェーズ。その間にどうにか……。

 とにかく距離を取るために、後ろに向けて魔術を放っていく。しかし、それをことごとく銀斧は打ち払う。

 せめて、もう少し相手の出方を伺うべきだった。

 そんな、悠長なことも言ってはいられないのだけれど。

 いっそ、儀式の妨害の術式を今からでも……いや、間に合わない、それよりは……。

 そっと髪飾りに触れる。いや、これは駄目、流石に今は使えない。

 自分一人でどうにかするしかないのだ。

 通路のあちこちから土がせり出たり、斬撃が飛んでくる。

 それも紙一重で何とか躱していく。

 通路をかなり戻ってきた。銀斧が接近してくる。

 上を見ると、天井に土塊で作ったゴーレムが出来ており襲い掛かってくる。


「……この!」


 それを私は雷で穿つ。

 追撃の銀斧の斬撃が防壁ごと貫通し放たれるも、私はそれをギリギリで躱す。

 斬撃は通路の先の壁を破り、出来た亀裂から先の大きな通風孔の景色が見える。

 ここまで戻ってきたのね……私はそこに飛び込み空中に踊り出る。

 それと同時に爆散する後ろの亀裂、後ろを見やるとそこから銀斧が飛んできていた。

 私は魔力砲を落ちながら放つ。

 それを銀斧は叩き割るが、既に私は紙を展開している。

 鎖が飛び出し、四肢を拘束し男を空中に固定する。

 ここから……!

 と思いきや男の身体が光る。

 まさか、私はとっさに魔力で身を護る。

 男の身体は光ると勢い良く爆発する。

 自爆……!?

 四肢が捥げながらも再生させながら銀斧が飛び込んでくる。

 魔術の風で身体を煽り飛び込んできた銀斧を躱し地面に着地する。

 銀斧は空中で身を翻すと、空中からこちらへ斧を投擲してくる。

 何とか後ろに飛んで躱す。

 通風孔の壁を蹴り、斧を壁から作りながらこちらに接近する銀斧。

 まずい、私は防壁とルーンの二重装甲を展開する。

 大きな魔力の端れがぶつかった余波が通風孔のあちこちに飛び破壊されていく。

 術式を展開し続けても……駄目、押し切られる!

 砕け散る目の前の守り。壊れる防壁、振りかぶった男の斧。

 なんとか残った男の後ろの紙から鎖を作り足に掛ける。

 銀斧を後ろに引っ張り出来るだけ傷を浅くしようとする。

 駄目だこれだけじゃ……鎖は男にたやすく引きちぎられる。

 視界がゆっくりと時が流れていく。

 振り下ろされる男の斧、私はどうすることも出来ない。

 そうしてゆっくりと私の身体を切り裂こうと……。

 ……あぁ、ここまでなの。

 ごめん姉さん、館の魔術師達にも……そして。最後、脳裏に浮かぶのはたったの一週間とちょっとの短い間の付き合いでしかないはずの少女。

 ごめんね、ハルカゼ……。

 どうか無事に……。

 そうして斧は私の身体を───


「駄目っ!!!」



 ◇◇◇



 どこにいるのだろう。

 大きな穴の中、私はたたずんでいた。

 上からは止まったプロペラ越しに淡い月の光が降り注ぎ、瓦礫だらけの足場の悪い、地面を照らしている。

 エリシアさんがこの中で戦っているはずなのだけれど……。

 音はしている、さっきは地響きのような振動もあった。

 一体……どこに。

 そう考えていると何か爆発音の様な激しい音が近づいてくる。

 私はそっと近くの瓦礫に身を隠す。

 すると、頭上、何か大きな亀裂が穴の壁に出来たかと思うとそこからエリシアさんが飛び出してきた。

 そして次に誰かが亀裂ごと壊し飛び出てくる、あれは……あの時の神父? さん……!?

 空中で目にも止まらない激しいやり取りをしたかと思うと、地上に降りたエリシアさん。

 飛び込んでくる神父服の男、思いっきり斧を振りかぶって……まさかエリシアさんを。

 目の前に壁らしきものをエリシアさんは作るが、男の斧はそれをじわじわと切り裂いていく。

 その、瞬間、身体は動いていた。

 エリシアさんの元へ何も考えず走る。周りに攻撃が飛び、破壊されていく、その間をただ走る。

 でも何をすれば……それより……!

 やがて壁は壊され、振りかられる斧。

 どうにかしないと……!

 私は、ただ、咄嗟に身体はエリシアさんを傷つけまいと、私は叫んだ。


「駄目っ!!!」


 そして、そこにいるエリシアさんを突き飛ばし男との間に入っていた。

 目の前で振り下ろされる斧。

 目前に居る男の斧は止まることなく───

 私の身体を───



 ◇◇◇



 瞬間、

 身体が勢いよく弾き飛ばされる。

 そして、視界に入るのはここには居ないはずの少女。

 私に代わりその少女は男の前に踊り出る。

 銀斧はそのまま彼女の体に斧を振り下ろし、少女から鮮血が噴き出す。

 けれど、それと同時、銀斧の斧がまるで何かに切られたかのようにバラバラに切断される。

 そして男自身も姿が一瞬でサイコロ状に表面を切り裂かれ血が噴き出る。

 ───これって……。

 壊れつつも確かに斧は少女の身体を切り裂いていた、その身体は鮮血と共に地面に倒れ伏す。


「っ……」


 銀斧は一歩のけぞるが、その身体を瞬時に再生させ形を取り戻していく。

 そして、男の視線はただ血だまりを作り床に伏せる少女を一点に見つめた。

 そんな、どうしてあなたが。


「……っ! ハルカゼっ!」

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