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科学世界の魔術少女曰く  作者: 黒桐
黎明の翼/Alīs volat propriīs
12/15

繋いだ手、二人法師(ぼっち)、空の下

 今のは、もしかして───

 いや、それより。

 私はハルカゼに急いで駆け寄る。倒れている彼女。

 傷が深い、血も止まらない、一刻も早く治療しなければ手遅れになる。

 いつの間にか近くに壊れた鍵の先端が落ちている、彼女のものだ。

 銀斧も警戒しつついつでも離脱できるように紙は展開しているが男は動かない。

 急いでルーンを描き回復の術式を発動させる。

 地面の亀裂が更に走り、そこからの光が強まる。

 これは、まさか、儀式が……。


「……。予想とは違う幕引きだが、これも主の(おぼ)し召し。血により儀は果たされる……その魂に永遠の安息があらんことを」


 そう言いながら手で十字を空中で切った後、銀斧は身を翻し通路の奥へ進む。


「その少女を見捨て、立ち向かうというなら相手になろう。……我が試練は成された……主よ、今、貴方の元へ」


 そして、男は私たちをどうすることも無く通路の奥へ消えていく。

 分からない男、けれど、彼にとって私たちはもう終わったことなのだろう。

 恐らくは祭壇の中心、山の頂上に向かった。

 追う? 今の状態で……。私は───

 ……ハルカゼを助けよう。

 拾った鍵を彼女のズボンのポケットに入れ、ハルカゼの傍、私はとにかく様々な術式を起動させていく。


「結合させるだけじゃダメ……血も増やさないと……ってこれ術式が阻害されてる、傷跡にまで効果が残るの……」


 男の残した術式の中和をしつつ無理やりルーンで回復を促し傷を再生させる……でもそうしてる間に血が減っていくから、魔力を流して魔力を血管に疑似変換しつつ……、それと魂が飛ばないように術式で結界も作って……。

 瞬間、思い描くのはあの術式。ふと髪飾りに触れていた。

 この子となら、もしかしたら───

 駄目、あれは土壇場で組むには複雑すぎる。それに使った後にどうなるかが不明瞭。

 まずは……。……私はきっと今、魔術師としてすべきことではないことに全力を注いるのだろう。

 でも、もう、私は誰も───


「……死なないでハルカゼ」



 ◇◇◇



 気が付くと、夕暮れがあった。

 縁側で沈む日を眺める女の子、その横には一人の老婆が一緒に腰かけている。


「それでね」


「なるほどねぇ」


 互いの中にあるのは他愛のない会話のやり取り。


「でも、やっぱり他の人と話すのは怖いよ」


 女の子はそう、話す。

 ずっと一人で、クラスの子たちともあまり話せずにいつも過ごしているから。


「でも頑張って話して友達になったら楽しいことがあるかもしれないよ?」


 老婆はそんな女の子を心配するように励ます。


「でもまた怖がられたら……私はおばあちゃんだけいればいいよ」


「……そうかい? 嬉しいねぇ」


 一瞬、老婆の顔がどこか物憂げになったのを女の子は見過ごさなかった。

 女の子にはその理由は分からなかった。

 けれど、今ならわかる。きっと、そう遠くない自分の死期を悟ってのことだろう。

 いつか独りぼっちにしてしまう女の子を案じて。

 老婆は口を開く。


「でもいつか出来るかもしれないよ?」


「?」


「話してみたいって思う子が」


「……でもきっとうまく話せないよ、それに……」


 女の子は鍵をギュっと握る。


「大丈夫、お婆ちゃんがいつでも見守ってるさね」


「……?」


「私がいつでも詩乃ちゃんの心の中で応援してるさ」


「……それって何か意味あるの……」


「ふふ、こりゃあ冷たいねぇ……大丈夫なんだよ、詩乃ちゃんはとってもいい子。きっとそのことを分かってくれる子がきっといる」


「……」


「だから、変わらず誰かを思う気持ちを大切にね。詩乃ちゃんは強い子、お守りがあれば大丈夫」


 そうして、老婆は……お婆ちゃんは私の頭を撫でながらただにっこりと笑って───



 ◇◇◇



「お婆ちゃ……」


 うすぼんやりとした意識の中、それが自分の口から出た言葉だと理解した。

 今のは……あぁそうかあの頃の記憶。


「ハルカゼ! ……しっかり!」


 霞む視界の中、エリシアさんの逼迫(ひっぱく)した表情が浮かぶ。

 その中、やがて視界がくっきりしていく。

 仰向けの状態なのだろう、大きなぽっかりと開いた天井の穴の先に夜空が見えた。

 そして、私の周りに魔方陣やルーン、何かの文字が書かれた紙が空中にたくさん浮かんでいるのがはっきりと分かる。


「エリシア……さ」


「! 意識、戻ったのね」


 エリシアさんは私の身体に何やら魔術を使っているのか。

 汗を滲ませながら彼女は作業をしている。

 どうなってるんだっけ……そうだ、確か……。


「……祭りで、会った人、敵の人だったんだ……」


「会ってたのね……って、そんなこといいから今は安静に……」


「そういえば……どう」


 そう言いかけたとき、ズンと何か衝撃が地面から背中越しに伝わってくる。

 すると地面から出ていたであろう周りの帯のような光がより強くなり、地面が少しずつ揺れ始める。


「これって……」


「……始まったの」


「それって」


「あの神父服の男、銀斧はあの後すぐ祭壇に向かったわ、ちょうどこの山の頂上。遺品(レリック)を手に入れるために」


「エリシアさんは、どうするの」


「……もう正直お手上げよ、更に遺品(レリック)を手に入れられたらもうどうしようもないわね」


「でも、エリシアさんなら、なにか」


「買い被り過ぎよ、実際の私は全然大したことなんてない、取り繕うのが上手いだけ……私、ね、本当は姉を探しにこの神宮島に来たの」


 それはあの時エリシアさんが濁していた島に来た理由。

 エリシアさんは作業をしながら過去を語る。


「父と母が戦争で亡くなった後、私は姉の後を追って魔術師になることを誓ってね。そして魔術師になって活動する中で何年かたったある日姉は姿を消して、その日から姉は行方知れずになった。行方を調べていく中で分かった最後の姉の足取りがこの島だった。だから私は館の依頼を受けてこの島に来たの。何か足取りが掴めるんじゃないかって」


「エリシアさん……」


「本当は分かってた、姉はもうこの世に居ない。それでも、もしかしたらって。淡い期待で、姉の幻想を追いかけて……本当にちっぽけな理由。きっとこんな状況でも姉さんなら難なくこなせた、……本当に不甲斐ないわね……あなたをこんな目に遭わせておいて、こんな時に居たのが姉だったらなんて」


 いつになく弱気なエリシアさんの顔。

 あぁ、そうか独りぼっちで、エリシアさんも寂しかったんだ。

 私たちはきっと似た者同士でそんな私たちだから私は惹かれて───

 そうだね、お婆ちゃん。

 どんどんと底冷えしていくのを感じる身体、そんなのには構わず私はエリシアさんに話しかける。


「……ね、エリシアさん」


 エリシアさんの目に涙が滲んでいる。


「ハルカゼ、今は喋らずに……」


「……話させて、……私もね、寂しかったの。私も両親がいなくてお婆ちゃんと二人きっりで……でもお婆ちゃんが亡くなってそこから独りぼっちになっちゃったの。それで、私、この島に来てエリシアさんと出会って……私、楽しかった」


「……」


「怖いこともあったけど、とっても素敵な日々だった……エリシアさんのおかげなんだよ。だからそんなこと、言わないで」


 意識がまた朦朧としてくる、思考が血が足りないせいか考えがまとまらず頭が混濁して。

 あぁ、ダメだ……自分が今ちゃんと話せているかもよく分からない。

 でも、

 それでも、私は、話さないといけない。

 だって、伝えたいことがあるから───


「泣かないで、エリシアさんは、ね、───笑ってる方が素敵だよ」


「……それ」



 ◇◇◇



 それはいつもの姉の口癖だった。

 いつもの埃の籠った部屋の中、棚から本があふれ出し、資料や道具と一緒に本がそこら中に積み重なったその中央に姉はいつも埋もれながら作業をしながら居た。


 ───まったく、目くじらに立ててたら目にしわが出来るよ? ほら、笑って? その方が素敵なんだから、エリシアはさ。


 ───もう、またそんなこと言って! また勝手に姉さん依頼を───


 そんな軽口を立てる姉。それに私は眉を尖らせ、不満をつらつらと並び立てるのがいつもの光景だった。


 ───はぁ、そもそも……髪飾りだって、姉さんが持ってるべきなのに……


 ───二人が戦争に持って行かずに私達に託した意味分からないエリシアじゃないでしょ?ならエリシアが持ってるべきだよ。


 ───でも、扱うなら今はこの髪飾りはそもそも姉さんがいないと意味の無い物でしょう


 ───そんなことないさ、案外見知らぬどこにでもいるような少女と出来るかもしれないよ? 大丈夫、エリシアは賢い子、元気な子。きっと君なら上手くやれるさ、何たって───


 姉はいつも軽口を叩いていた。自由で気ままで、そしていつだって私を信じていて、そして、私を見て───

 ───目の前の生死をさまよう少女を私は見つめる。


「えっと、だから……お姉さんは───」


「……そう、ね」


 それはあの時、言ってくれたあの人の言葉。


「離れても心は繋がってるものね」


「……うん、そう、だ、よ」


 微笑むハルカゼ。生と死の境にもかかわらず彼女は私を案じて励ましている。

 ならば。


「ねぇハルカゼ、力を……未来を私に貸して。どうなっても生きたいのなら私を信じてくれるかしら」


「……うん、分かった。信じ、るよ」


 ハルカゼが力を振り絞り私の足に手を添える。


「最初から……信じてたけど、ね……」


「あなたって本当お人よしね」


 私は左手でハルカゼの手を握り───

 私は、髪飾りを外す。

 両手で飾りを包み、小さく唱える私。それに応え髪飾りは宙に浮き、そして、そこから数多の刻まれた術式と魔方陣が空中に溢れ出す。


「やってやるわ」


 広がる術式、それは星図の様に数多に展開されていく。

 本来なら、余りにも複雑に入り組んだこれは何十人と言う魔術師で起動させるもの。けれど。


「見ててね、姉さん」


 あの日の誓いに応え、あの日の私を超えるために、私はここで限界を超える。



 ◇◇◇



 小高い山の頂上、今は使われなくなった暗い施設の中に男は居た。

 大きな空間の中、床から光の亀裂が四方から起きている。

 同時に起きている小さな地鳴りにより施設は振動しており、天井から埃が落ちてきている。


 男は左の斧を強く握る。


「始めよう」


 そう言うと男は右腕を前に伸ばす、そして、右腕の肘を目掛けて男は左手に持った斧を強く振り下ろす。


「ぐおぉぉ!!!」


 空間に響く男の叫び。

 腕をミシミシと皮を肉を骨を削るように音を立てながら斧が振り下ろされる。

 鮮血が辺りに飛び散ると同時にごん、落とされた斧の鈍い音と共に切り落とされた腕が床に落ち、小さく跳ね血を断面から零しながらゴロゴロと転がる。

 男は声を曇らせつつ脂汗を流し残った鮮血の滴る腕の先から二の腕付近を強く左手で握りしめる。


「……っふ」


 そして、息を強く吐きながら、その切り落とした腕の先端を再び宙に掛かげる。


「っ、我が誉れ高き主の御子。尊き我らが救世の君よッ! その奇跡、主の栄光の一端、今我がかいなが担おう!」


 亀裂から漏れた光が辺りを覆うほど輝きだす。

 強く振動する地面、施設の天井が崩壊していく。

 漏れた光は男の腕の先端に集まっていき、次第に失った右腕の形を作っていく。


「う、おおぉぉっぐあアアア!」


 光はさらに腕に足りず男の全身を包みだす。


「ああアアアぁオおおおオオおおオオオオオ!!!」


 迸る光の奔流。

 男を包み込んだかと思うと、それは徐々に肥大化していく。

 そうして施設の天井さえも壊し、それは大きく更には人の形どる様に膨れ上がっていく。

 夜の下、小高い山の上、崩れ行く施設の中から巨大な光の巨人が姿を現す。


「オオオォォォ……そうダ、これこソが我が望みし奇跡ノ体現!」


 虚ろにくぐもった叫び、不定形の溢れ出す泥を重ねたような流形の下半身の上に光で作られた人の様な上半身が生えている。

 男は確信する、成功したのだと、遺品は我が右腕となり試練は成されたのだと。

 無辜の人々を犠牲にしつつも、成し遂げたのだと、何物も退け得るであろう力がここにある。

 後は不完全な身体の定着を待ち、儀式を完遂させるのみで───

 そこで、男は気づく。

 地下に何かがあることに。


 ───そこは……あの魔術師のいた、そうか抗うか、しかし、いまさら何を成そうとも。


 しかし、男は気づく、その魔力の量が明らかに異常であることに、本来あの魔術師でも持ちえないであろう程の魔力量がそこにあることに。


 ───一体、何が……あれは。


 溢れた魔力が柱状に噴き出す。そして、そこから出てくるのは翼。

 魔力で作られた、まるで、物語に語られるようなそれは。

 柱から抜け出す翼を持った何か、その何かを見て、男は驚愕しつつも、喜びに身を震わせた。


「あア、そうだ! そうでなくては、試練トは! 高くそして強大であってコソ意味がアルノダ!」


 夜空を駆ける、それは───

 数多の文字と陣で作られた、翼と巨大な身体と尻尾を持った龍と言うべき姿をしていた。

 そしてその中心に居るのは二人の少女。


「ぶっ飛ばすわよ! ハルカゼ!」


「うん、エリシアさん!」


 二人の少女は巨大な龍に身をやつし異形の巨人を目の前に据える。

 それにこたえるかのように男は哄笑を響かせ、大地を、空を、世界を震わせる。


「は、ハはは! さぁ来イ! 魔術師よ、汝コソ、いや、汝たチコそ我ガ真に超エルベキ試練ナレバ!」


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