第8話 三位一体
時は経ち、いよいよアークルード騎士学校編入試験の日程となる。
学校長ハワード・シグムントは、“最強”の名を冠す特別講師ローグ・オーディンと語らっていた。
「今年もこの季節がやって参りましたな、ほほ」
ハワードは立派に伸ばした自身の白髭を撫でながら笑みを浮かべる。
「……どうせ今年も期待はずれだろうに。“こっち側”に立つ騎士の卵が、編入試験に現れるなんて露にも思わないがァ?」
「それはわかるまいよ、それに——アルス・ランフォード。其方が気にかけていた少年がやってきたようじゃがな」
「チッ、あんな雑魚。掛けた時間が無駄だったわァ」
「ほほ、私とそんな軽口で語り合えるのは君くらいだからね、そんな君が一目置いたアルス君。老いぼれとしては期待してしまうがの」
ハワード・シグムント。
齢八十を超える老人、されどその剣の腕前は未だ鈍らず。アークルード騎士学校の校長を務める彼は全盛期はローグとも肩を並べる実力者であった。
「そんな肩肘はらずとも良いではないか。まだまだ未熟な新芽に目を光らせるのも教育者としての大事な仕事だからのう——其方がアルス君にしたように、な」
「……チッ」
普段傍若無人なローグでさえ、ハワードにはなかなか逆らえないのであった。
◆
名門、王立アークルード騎士学校の編入試験。編入試験とはいえ名門の騎士学校に編入できるのだからそこには多くの学生が集まる。
転校してくる生徒や、このためだけに浪人する生徒などももちろんいる。
それだけの価値が、この学校を卒業することにあるのだ。アークルード卒となればより良い騎士団に入ることも幾らかは簡単になるだろう。下手すれば王宮専属の騎士になる事だって可能になるのだ。
かれこれ数日、アルスとセリーナはアークルード騎士学校へと辿り着いた。諸々の手続きを済ませ、しばらく周辺の王都アークで滞在した後。
いよいよ編入試験当日である。
「んじゃ、後はがんばりなさいよね。受からないなんて許さないんだから」
「当たり前だろ。お前より強いのに落ちてどうする」
「このばか。あんたはデリカシーってもんがないわけ?」
アルスはセリーナに軽く頬を叩かれるが、どこ吹く風と受け流す。女性との付き合いでは我慢も大事なのだ。最も、アルスが適切な言葉選びをすればいいだけである。
「安心しろ、俺がアークルードに入りさえすれば、また高め合えるようになるから、な?」
「……わかってるならいいのよ」
ぷいとセリーナはそっぽを向く。なんとも扱いやすくて可愛い生物だろうか。このことはもちろん、アルスは内心に留めておく。
一呼吸置いた後、アルスは口を開いた。
「大丈夫だ。俺は負けない」
負けるわけにはいかないから。
自分の醜いプライドが、負けることを許さないから。
アルスは仄暗い漆黒の瞳をめらめらと燃やしながら、アークルード騎士学校を見据える。
「……そう」
セリーナはどこか安心感を覚える自分がいた。なんてことのないアルスとのやり取りに、ほんの僅かな懐かしさと、喜ばしさを感じてもいた。
きっと、彼なら大丈夫。彼がこうして闘志を燃やすような眼をしている時、どれだけ逞しいかは、一緒に学校生活を過ごした中でよく知っているつもりだから。
「頑張ってね、アルス」
「言われなくとも」
◆
誇り高き名門、王立アークルード騎士学校。
その編入試験は二つの試験に分けて行われる。
一つ目、まずは三人一組によるグループ同士の総当たり戦。
グループ内での実力はなるべく均すようにし、グループ内で決めた“旗持ち”を倒された時点で敗北。ある種、騎馬戦のようなものであるが、この団体行動も騎士にとって必要不可欠な能力の一つ。
二つ目、生き残りを賭けて個人で戦うバトルロワイヤル。
こちらは現役のアークルード騎士学生も参加するのとになっており、編入生と現役生徒の実力差も鑑みる役割がある。
どちらにせよ、アルスのやることは変わらない。
勝利することのみを考える。二度と敗北の味など味わうものか。
アルスは待機教室で椅子に座り宙を見つめていると、ふと爽やかな声の少年に話しかけられる。
「きみが、アルス・ランフォード……君、でいいかな? 僕、カイル・セルウィンって言うんだけど。僕達って次のグループ戦で一緒の組だよね……?」
「ああ、そうだな。お互い全力を尽くそう」
アルスはカイル、と名乗った少年の容貌を吟味する。金髪に翡翠の瞳。されど見なりは田舎者。
加えて、セルウィンという苗字も聞いたことがなかった。
騎士とは大抵血がものを言う世界である。
優れた騎士がより優れた遺伝子を残すために、婚姻関係を結ぶことだってある。そうして世代を重ねていく内に、名門という家系が生まれてくるのだ。
立ち向かわねばならないのは魔の軍勢。そこに倫理もあったものではない。あるのは、騎士としての矜持のみ。
大方、オーバーパワーな自分に対する調整枠ということは予想はしているのだが、
(所作一つとっても騎士としての強さは分かってくるもの。決してめぐまれた血筋ではないが、このしなやかな体つきは……)
面白くなりそうだ、とアルスは内心嗤った。
「私はフィーネ・モードレットと言います。二人とも、今日はよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
会話に割って入ってきたのは、銀髪の素直そうな少女だった。
モードレット家の令嬢。騎士の世界ではそれなりに名の知れた名門である。とはいえ、それなりに、だが。
彼女の優しげな雰囲気とは裏腹に確かな決意が見て取れた。皆、編入という狭き門からわざわざアークルードへと入学しようとしているのだ。その決意は生半可なものではない。
「よ、よろしく! お互い頑張ろうね!」
「はい、頑張りましょう」
カイルとフィーネは笑顔で握手を交わした。
そんな様子を傍目に、アルスは周りのグループを見渡す。大抵は実力者一から二名にそこから一段落ちる生徒がグループの地力を均すようにしてあてがわれるようになっているか。
(俺とフィリスが実力者枠、そしてカイルは……まぁしょうがないか。生まれが悪いんじゃ仕方がない)
少なくとも周囲の視線からカイル・セルウィンが舐められていることは伝わってくる。それも仕方ない。
こういう場では人は不安から、下を見つけて安心する生き物なのだから。
そんなカイルに、アルスは在りし日の自分を重ねた。優れた血がなくとも、努力さえあれば一定の水準に達することはできる。それを証明した人間が今ここにいる。なんら心配することなどない。
(……心配することはなさそうかもな)
そんなことを考えていると、フィーネの瞳がこちらの視界に入った。
「……おや、同じことを考えているようですね」
「そうみたいだ」
所作一つ一つから騎士としての在り方は伝わってくる。カイル・セルウィンは生まれこそ不遇だが、確かな剣の実力が期待できそうなのも確か。その意見はフィーネも同様のようだった。
そんな様子を不思議そうに見つめるカイル・セルウィン。——彼はこの状況をあまり理解できてないのかもしれないが。
「安心しろ、カイル。お前はお前の剣を見せてくれればいい」
「よ、よくわかんないけど頑張るよ!」
「ええ、大丈夫です。私達ならやれますよ」
三人は和気藹々とした雰囲気と共に、作戦を立てていった。
最早これから起きうることは番狂せでもないのかも知れない。蹂躙撃の助走は、充分。