第7話 貰い物は大事にする性格
弱い自分は嫌いだ。何者にもなれない自分は嫌いだ。
だから剣を置いた。だから騎士学校を辞めた。
なのにまた剣を取ってしまった。未だに心の整理はできていない。けれど、今日振った剣は、なぜか幾分か気持ちよかった。
——誰かを守るために振るう剣、その強さを垣間見た気がした。
苦々しい夢から目が覚める。
ランフォード家の、見慣れた天井。
「ようやく起きたのね」
頭がぼーっとしていたから分からなかったが、アルスは手の平に感じた温もりに違和感を感じて即座に手を退ける。
「あら、そんなに不満だったかしら」
不機嫌そうにセリーナが碧眼を薄く細める。
この女、どうやらずっとここで起きるのを見守っていたらしい。
「……いや」
「素直じゃないのね。ありがたく受けとけるもんは受け取っときなさいよ、ばか」
「それをお前が言うかよ」
ふん、とそっぽを向くセリーナ。それをそのままにしておくのも何だか違う気がして、
「ありがとう、セリーナ」
「……それを言うなら私の方よ」
気持ちばかりの感謝を伝えると、彼女の頬がほんのり赤らむ。そんな様子に思わずアルスは苦笑した。
◆
ロレーヌのダンジョン騒動から一息ついた後。
ランフォード家の食卓に、セリーナが居候しているのにも慣れたものである。慣れとは怖い。
「アルスは流石だなあ。一時はどうなることかと思ったよ」
兄のアルフレッドは朗らかに語りかけた。
一方のアルスは満更でもないような、歯痒い様子で食事を頬張る。
「アルスはこれだけのことができる。絶対、騎士になれるわよ。……騎士学校に戻る準備、できた?」
セリーナがさりげなく騎士学校への編入試験の話を持ちかける。編入試験への申し込みの期日も近い。そろそろアルスも決断せねばならない。
「……ああ」
アルスは口に含む食事を飲み込んだ後、少し間の置いた後に答えた。
それと同時に父と母は華やいだような表情となり、兄は複雑な表情をする。
「それで……いいのかい、アルス」
「ああ、これは俺の決断だ。ありがとう兄さん、心配してくれて」
アルフレッドは複雑な表情を変えない。おそらく見抜いているのだろう、まだアルス自身が根本的に挫折から立ち直ったわけではないことに。
アルスとて、未だ決意は揺らいでいる。
この空白期間で、自分は天才達とどうしようもない程に差がついただろう。凡人の自分は、今この瞬間にも時間を無駄にしてはならないのだ。その、力を競い合う場に、再び自分は身を置こうとしている。
誰かのために剣を振るう?
それは逃げだ。
弱々しい己を、正当化するための……。
「じゃあ、すぐに準備をして出発することね。あんたの気が変わらない内に」
セリーナは表情の揺らいだアルスを咎めるように釘を刺す。
アルス自身のこの村の立ち位置は、元より騎士崩れの腫れ物である。やけに懐いた子供たちは置いておくとして、ここをすぐに離れることはできるだろう。
「わかってるさ」
アルスは仄暗い感情が自分の中から沸々と湧いて出るのを感じた。自分が強くなくてはならないという、醜い欲望。
「短い間だったが寂しくなるなあ」
「そうねぇ」
父と母の声などにも耳にも入れず、アルスは黙々と食事を進めた。
◆
「——そういうわけで、俺は騎士学校に戻らなきゃならない」
「まじかよ!」
「なんだって……」
「か、かなしい」
アルスの告白に驚きと悲しみの表情を見せる子分三人衆。その様子を相変わらずくすくすとセリーナは笑っている。
「アルスにいちゃん、頑張ってな!」
「絶対受かるよ、アルスにいちゃんなら」
「が、がんばってください!」
子供たちはそれぞれアルスに温かい言葉を向ける。
皆、彼のダンジョンでの勇姿を見て、大なり小なり尊敬しているのだ。
その後、おとなしそうな女の子が恥ずかしそうにもじもじしているのをセリーナが見抜いた。
「アルスに渡したいものでも、あるの?」
「は、はい……その、押し花を……と思いまして。ダンジョンの時、助けてくれたせめてもの感謝に……と」
「なら渡してやりなさい。ああ見えても、こういうのは喜ぶタイプだから」
セリーナが微笑むと、女の子はおずおずとアルスの前に出てきた。手に握られている押し花からは、精一杯作ったであろう跡が見える。
「ありがとな」
アルスは女の子の頭を撫でてやりながら、押し花を受け取る。女の子はぱあっと花が咲いたような笑顔をしながら頬を朱色に染めた。
「は、はい! こちらこそ、今までありがとうございました!」
「うん……大事にするよ」
これは、アルスの誰かのために戦ったと言う証なのだから。
アルスが大事に押し花を胸にしまうと、男の子二人がこちらに寄ってくる。
「アルスにいちゃんとまた会うには騎士になるしかないってことだよな……?」
「俺、頑張るからさ、騎士になるからさ、また会いに行ってもいいよな?」
騎士になるには、剣技だけではなく勉学も収めなければならない。農村の子にそれを求めるのも酷だろうともアルスは内心思いながら、
「君たちも、諦めなければなれるさ——騎士に」
彼らに、呪いともなりうる言葉をかけた。
この子らには辛く苦しい日々が待っているだろうが、それでも騎士になること自体はできる。
才能がなかろうと、生まれが悪かろうと、騎士学生として“世代の頂点”まで昇り詰めた自分がいるのだから……。
「騎士になるなら読み書き計算もできなきゃな」
「げっ」
「嫌だよー」
「が、がんばります」
最後に一刺し。
まあ、なるようになれの精神である。
どうせこれから彼らと関わることは自分にはない、とそんな風に思っていたから。
◆
「ほんと、あんたってば相変わらず人たらしよね」
「否定はしないさ」
アルスは背中にセリーナを乗せながら、アークルード騎士学校へと馬を走らせる。ちなみに、騎馬技術も騎士学校での教育の賜物である。
「……私からのペンダント、まだつけてるのね。らしくない」
セリーナは後ろから抱きつく姿勢で、嬉しそうに微笑んだ。
「……いいだろ、別に」
二学年の時にセリーナと休日を過ごした時に貰ったものだっただろうか。アルスとしても貰い物を処分するのは気が引けて、ずるずると形見のように付けている。
「やっぱあんたは根っこが優しいのよ。どれだけ削ぎ落とそうとしたって無駄よ。あんたが削ぎ落としたって、相手からの好意はそう簡単に消えはしないの」
「かくいう、お前もか」
「……言わせんじゃないわよ、ばか」
セリーナは頬を染めながらぷくりとほっぺを膨らませる。
「私としては心配なのよ。なんであんたみたいなばかに羽虫が寄ってくる心配なんてしないといけないわけ?」
「はいはい」
「適当にあしらうな」
乙女心とは複雑なのである。
アルスは辟易としながら、されども背中から感じるセリーナの体温に頬を緩めながら、馬を走らせる。