第46話 自責
王宮での突発型ダンジョン事件もひと段落ついた頃。アルスは一人の騎士の名が刻まれた墓碑の前で佇んでいた。
『ソロル・サンスロス』
自身の目の前で死んだ、男の名がそこには刻まれている。
自分のせいで死んだ。
自分が未熟だったから死んだ。
自分が、殺した。
アルスが奇跡的にあの魔術師を倒せたのは、魔術師の体になんらかの異変が起こったからであった。
決して自分の力などではない。
——だから、そこには自分がソロル・サンスロスという騎士を見殺しにしたという事実だけが残る。
アルスが罪悪感に苛まれたままぼうと突っ立っていると、聞き馴染みのある少女の声がした。
「……アルス君もいたんだ」
同学年の友人であり、クラスメイトであり、ソロルという一人の騎士の娘である——ソアレの姿がそこにはあった。
「……すまない」
アルスは思わず目を逸らした。
自分は彼女の親を見殺しにしたのだ。とても顔を向けられるような状態ではない。
ソアレはそんなアルスには目もくれず、墓碑をじっと見つめながら呟いた。彼女が何を考えているかは、わからないまま。
「あれから、王宮騎士団の人に聞いたんだ。パパの最期とか。何があって、どうしてこうなったのか」
「…………」
彼女はきっと知らない。
あの場で本当は何があったのか。
ソロルという一人の騎士が、何を思って、何がために命を落としたのか。
少なくとも、自分には友人として説明する義務がある——アルスはそう思った。
「あの、」
「——言わなくていいよ。わかってるから」
ソアレはアルスが紡ごうとした言葉を中途で止めた。その表情は、風に揺られた髪によって遮られ窺い知ることはできない。
「大切な人ってさ、明日も、明後日も、その次の日も、当たり前のように生きてるって思っちゃうよね。現実は、そんなことないのに」
「…………」
「私、パパのこと尊敬してたよ。だってみんなの憧れ、王宮騎士団の一員なんだもん。私なんかが知らないうちに、いろんな人の命を救って、たくさんの人に希望の光をもたらしてたんだろうね。……でもさあ」
ソアレは顔を覆う。
その覆った手のひらの指と指の隙間からは、透明な雫が溢れていた。
「パパなんか、だいきらいだよ。なんで勝手に死んじゃうの、ばか。こんなことを言うなんて失礼かもしれないけれど、本当は女王様のことなんてどうでもよかった。私にとってはパパが生きてさえいればそれでよかった。なのに、なんで……なんで死んじゃうの?」
失う未来など考えもしなかった。
ただそこにあって当たり前のもの。
けれど失ってようやく気づく。
だって彼は、騎士だから。
戦場で、常に命を賭して戦っていた。
その当たり前の事実に、ソアレは打ちのめされていた。
ソアレはそのまま膝から崩れ落ちた。
まだ新しい墓碑に顔を寄せ、ぽたぽたと涙を漏らす。
「私、これからどうしたらいいの? わかんないよ。だって、私はずっと、パパみたいな騎士になりたいと思って学校頑張ってきたのにさ」
そんな彼女にかける言葉など、見つかるはずがなかった。
◆
王立アークルード騎士学校は、突発型ダンジョンの事件の中でもつつがなく運営されていた。
いつも通りの日常。
女王が命を狙われた、とはいえその事件は解決された。ダンジョンの秘密など知らない大半の人間からしてみれば、「終わったこと」でしかない。
当然、そこに通う学生らからしてみれば、ほんの対岸の火事に過ぎない。——当事者がこの学校に通っている生徒ということに目を瞑れば。
そんな、重苦しい雰囲気が漂う教室の中。
「アルスはやっぱりすごいね」
「……そんなこと、ない」
カイルが足早にかけつけ、アルスに声をかける。
話題はもっぱら王宮内に発生した突発型ダンジョンである。アルスは、女王クラウディア・アークルードを救った英雄として、大々的に祭り上げられていた。
なにしろ、あの女王クラウディアが直々に論功行賞を授与したのだ。話題にならない理由がない。
とはいえ、本人の意識もまた複雑であった。
アルスは空になったソアレの机を見て、黙り込む。
今日、彼女は学校を休んでいる。
親が亡くなったのだから、当然だ。
——そんな彼女のあの日の泣き顔が、ふとアルスの脳裏に浮かぶ。
自分が未熟だったから。
弱かったから。出さなくていい犠牲を出した。
傲慢だった。自分ならなんでもできると思っていた。「何か」を掴んだ自分なら、いけそうな気がした。そんな油断。
かと言って、ソロルの死がなければクラウディアが助かることはなかったかもしれない。
片方を取れば、もう片方は選ばれず、堕ちていく。当たり前のことだ。
多くの人間の目にはソロル・サンスロスという一人の男を失ったことよりも、女王クラウディアを救ったという事実だけが映るのだろう。多くの人々にとっては女王の命の方が大事であることは明白だった。
その命の天秤が、ソアレにとっては違うだけ。
そんなことを考えていると、横からセリーナがひょいと顔を出し、睨みつけてくる。
「何見てんのよ。さっきからずーっと、空席ばっかり見つめて。今日ソアレが休みだなんて、当事者のあんたが一番わかってるでしょうに」
「ソアレの父親は死んだんだぞ。俺の目の前で。当たり前だ」
「罪悪感?」
「……そうなる」
そう、罪悪感だ。
今アルスの心をずしりと埋めているのはそれに他ならない。
きっとセリーナも知らないのだろう。
自分が現場で惨めな姿を晒し、ソアレの親を結果的に死なせてしまった。そんな顛末を知ったら、ソアレと一番に仲良くしていたセリーナは、自分のことを軽蔑するだろうか。するに違いない。彼女はああ見えても、情に厚い人間だから。
「……馬鹿ね」
「そうだよ。全部、全部俺が悪い」
「その面でソアレと会ったわけ?」
「…………」
「少しは相手の気持ちを考えることね。自分が辛くて精一杯のときに、あんたの押し付けがましい罪悪感なんて体が受けつけないわよ」
そう言ってセリーナは空席になったソアレの机を見やる。そのまま辛い思いをしている、大切な友人に思いを馳せた。
「気を遣われたら、余計気を遣っちゃうでしょ。こういう時は、いつも通りに接してあげるのが一番本人のためになるの」
「でも、俺は」
「関係ない。そりゃあんたは私なんかよりは強いんでしょうけど、本物の騎士に比べればまだまだよ。この前の体験ツアーで散々わからされたわ。だから、気にしなくていいの。あんたは学生の中で、やれることをやった。結果は結果でしかないの」
「でも、俺が……もっと強かったら。ソアレのお父さんは死なずに済んだんじゃないかって。ずっと、考えてた」
「それは、そうかもしれないわね」
「でも、確かにあの時やれることは……やったつもりだと思う」
遮二無二剣を振るった。
幾度となく命の恐怖に晒されながら、それでも騎士として剣を突き立てた。結果として、女王クラウディアを救えた。確かに、最高の結果ではないかもだけれど、最善の結果にすることはできた。
「なら、あんたは誇りに思っていいのよ」
「…………」
アルスはこんな彼女に、救ってもらっている自分が惨めで仕方がなかった。それでも、幾分背負うものを降ろせて、心が軽くなったのも事実で。
「それこそ私は勝負の土俵にすら立たせてもらえなかった。お互い、今の強さじゃ、やりたいことなんてやりきれない実力なのはわかってるでしょ?」
「ああ」
「私たちも強くなりましょ。いつか来たるその日に、悔いのない結果を残せるように、ね」
セリーナは、じっと空席となったソアレの机から目を離さない。それは、彼女なりの確かな決意の表れなのなもしれない。
そんな彼女を見て、アルスもまた、心を入れ直す。
(後ろばかり振り返っても、駄目だな)
前を向いて、進む。
それしか道は残されていないのだから。




