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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王宮騒乱事件
45/46

第45話 責任の所在はどこにある

 ダンジョンのヌシである魔術師の死亡により、王宮にて発生した突発型ダンジョンの崩壊が始まる。

 アルスはその様子を呆然と眺めていた。自身に未だ手に残る、人を斬った感触と、なんとも言えぬ罪悪感。


 返り血を浴びた自身の顔を拭う。

 手のひらには、べっとりと紅い血がはりついていた。


 次元の裂け目にひびが入っていく中、呆然と立ち尽くしているアルスに女王クラウディアは声を掛けた。


「アルス、」

「……陛下」

「後ろを振り向くなとまでは言いません。失ったものを振り返るなとは言いません。そうすることは、彼も喜ぶでしょう——しかし、今それをするべき時間ではないのです」


 そう言うクラウディアの目元は微かに腫れていた。

 それは涙の跡か、あるいは。


「前を向くのです。私たちは託された。であれば、その想いを胸に、走り続けなければなりません。剣を取り、それを振るわなければなりません」

「…………」

「——薄情だと、思いましたか?」

「……いいえ」

「わかってくれたなら、よいです。経緯はどうあれ、よくやりました。私の騎士(・・・・)


 放たれたのは、今彼女にできる精一杯の励まし。

 それを勘付かぬほど、アルスも愚かではない。


「勿体無いお言葉です」




 ◆




 ローグ・オーディンはその現状を目の当たりにする。王宮に突如発生した人為的なダンジョン。それに飲み込まれた女王クラウディア・アークルード。


 ——助からないとも思っていた。


 良くて死骸を持ち帰る程度。


 そう思う程度には、事態の発見とその対処に時間を使わされた。国の長であるクラウディアの安否不明、そんな中ローグ一人で指揮系統を統括するのにはいささか無理があった。

 まぁ自分が普段から無茶苦茶しているから、といえばそうなのだが。


 そんな中現れた、血だらけのアルス・ランフォードとクラウディア・アークルード。


「……クソが」


 一人、見当たらないことに嫌でも気づいてしまう。


(これだから——弱い騎士は嫌いなんだよ)

 

 アルスの胸ぐらを掴み、見下ろすようにその相貌を見つめる。呆然と佇む出来損ないの学生騎士を。


 確かにアルスは成し遂げた。

 女王クラウディアを助け出し、アークルードの危機を救った。恐らく人為的な——それこそ知性を有する魔術師相手に対して勝利を勝ち取ったのだろう。


 それは騎士学生としては誇れるものだ。


 一人の騎士を犠牲にしているということに目を瞑れば。


「お前は、その程度の結果に甘える騎士だったのかァ? 妥協するような人間だったのかァ? 答えろ、ボケナス」

「…………」


 アルスはローグに対して目を合わせない。

 その虚な瞳はどこか別の場所を見ている。


 わかっている、これが八つ当たりなことぐらい。

 だとしても苛立つものは苛立つのだ。


 人の命一人程度で安く済んだとは思っていないか。

 自身が足手纏いになったせいでソロル・サンスロスが犠牲になったとは考えないのか。


 それらを改めてアルス・ランフォードに問う。


 学生には酷だろうか。

 それでも、ローグは問う。


 彼を一人前の騎士として見ているから。

 仕事を預かった以上、責任を持ってその対処に注力すべきだと思っているから。


 ……アルス・ランフォードという凡人に、期待しているから。


「ローグ、やめなさい」


 アルスを掴んだ手を、クラウディアが振り払う。

 その瞳は赤く腫れていた。


 彼女は優しい。

 人の死を、悲しいと思える人だ。

 人の死の先に何が起こるのか、理解している人だ。

 所詮、騎士という女王の手足に過ぎない存在をかけがえのない存在だと理解している人だ。


(……俺とは違う)


「貴方だってわかっているでしょう。たかが学生である彼に背負わせすぎです」


 どこまで行っても、学生風情。

 それで済むと思っている。

 その身分に甘えれば、妥協していいとさえ思っている。


 嗚呼、忌々しい。


「甘やかすな。こいつはアルス・ランフォードだ。それ以上でも以下でもない。力には責任が伴う。自身のせいで人の命を奪ったのならその責任を取る必要がある」

「——そんな言い方、ないでしょう。私は彼に助けられました」

「ああ。そうかもな。だから苛立っているんだ、俺は。陛下はこいつに中途半端な成功体験を与えてしまったんだよ」

「…………」

「アルス・ランフォードは選ばれし人間でもなんでもない。才能にも家柄にも恵まれていない。ただ努力しただけ。機会に恵まれただけ。その人間がのうのうと騎士の真似事をしたんだよ! その贖罪は果たして然るべきだろうがァ!」


 張り上げられたローグの声が、王宮内に虚しくこだまする。クラウディアは涙で滲む瞳を必死に抑えながら口答える。まるで駄々をこねる子供のように。


「——でも、私はアルス・ランフォードという人間に助けられたのです。彼はソロル・サンスロスから託されたバトンを繋ぎ、走り切った。それを讃えずどうしろと!」

「陛下がどう思おうと関係ない。これは、アルス・ランフォードと、ソロル・サンスロスという個人、ないしはその家族の話だ。首を突っ込むんじゃァない」

「それは、そうですが」

「個人的に何か恵んでやりたいならそうしろ。……けれど俺のこの口出しに文句は言わせない」

「…………」


 クラウディアは口を引き結んだまま、後ずさる。

 彼女とて理解している。


 ——そもそも、自分さえいなければ。こんなことにはならなかったのではないか。


 その罪悪感から、目を逸らすことはできない。




 ◆




 後日。

 諸々の後処理を終えたクラウディアは、アルス・ランフォードを王宮内に再び呼び出すことにした。


「さて、先日はありがとうございました。私の騎士」

「陛下。その称号は……あまりに俺に相応しくありません」


 そうでしょうか、とクラウディアは微笑する。

 アルスなくして自身が助かることはなかった。

 確かにソロル・サンスロスは死んだ。

 けれど、決してそれは彼のせいにはできない。


 どうしようもない時というのは、往々にしてあるのだ。


 ローグ・オーディンは妥協できない。だから彼に対して強く当たった。——アルス・ランフォードもまた、妥協できない人間なのだろう。だから託された想いを大事にできる。引き摺ることができる。そしてここまでの実力を努力で手にすることができたのだ。


(……私ぐらいは、彼を誉めてあげませんとね)


「私はこの恩を忘れません。いつかあなたに何らかの形で返すべきだとも思っています。……ですからそう落ち込まないでください」

「でも、俺は、」


 戸惑う子犬のような顔をした彼の頬を、優しく、そっと撫でる。


「貴方は私を助けてくれました。それは誰にも変え難い事実です。……たとえ貴方を批判する声が多かったとしても、私だけは貴方を守りますから」

「それは……嬉しいですが」

「現実と向き合わないといけない時は必ず来るでしょう。それは私だって同じです。でも、私と二人きりの時ぐらいは、ね」

「…………」


 不安に打ち震えるアルスの手を、クラウディアはそっと握りしめた。

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