第44話 断ち切る
騎士とは常に命を賭けて戦う職業である。
アルスも頭でわかってはいた。
——けれど、心の奥底でそれを実感できていなかったのかもしれない。
ソロル・サンスロスは死んだ。
無惨にも体を魔術によって焼き焦がされ、骸となったのだ。
友人のソアレにどう顔を向けたらいいのかもわからない。罪悪感、無力感、様々な感情がないまぜになってアルスの胸を貫くが——考えるより先に体が動いていた。
「……ッ!」
今のバルバトスに向かっていくなど自殺行為に等しいものであろう、それでもアルスは動いた。
彼の死を無駄にせんとすべく。
胸を張って誇れるような最期とすべく。
『◼︎◼︎◼︎◼︎……!?』
恐怖と狂乱に包まれた極限状態、だからこそアルスは守りを捨てる。
真似るは『師』であるローグの戦型。
才能によって積み上げられた“それ”を、努力で、さらには不退転の覚悟を持って自身の物へと昇華させる。
「相打ち上等だ、クソ魔術師」
『……!』
死なば諸共。
乾坤一擲。
全てを、この一撃に託す。
「——もう、やめてください!!」
アークルードを背負う少女、そして遥かより続いてきたミドガルドと魔大陸の争いの歴史を知る少女、クラウディアの悲痛な叫びが虚しくこだまする。
◆
遥か昔。何千年も前。
ミドガルドの人類が航海の技術を手に入れ、大陸間を行き来できるようになった頃の話である。
始まりは、ほんの些細な行き違いだった。
大陸間を隔てた言語の違い、文化の違い。
そして何よりも、統一王国ムスプルヘイムが誇る『魔力』という未知なる力が、ミドガルドの人間を恐怖に駆り立てた。
魔力を用いて独自に発展を遂げていた魔大陸こと統一王国ムスプルヘイムは、初めこそミドガルドの人間を友好的に受け入れた。しかしミドガルドの人間はそうもいかなかった。
目の前に吊り下げられた禁忌の果実。
堪えることなどできようか、実際ミドガルドの人間は出来なかったのだ。
隙を見ては技術を盗み、資源を略奪する。
果てにはミドガルドから持ち込まれた感染症により、免疫の持たないムスプルヘイム人は大きな打撃を受けた。
国家は大混乱に落ち入り、内戦、さらにはミドガルドとの戦争にも突入し、統一王国ムスプルヘイムは事実上、滅亡した。
そんな行動が、許されるはずもなかった。
「知っているのです! 私は!」
闇に葬りさられた歴史の一端を知る私、クラウディア・アークルードは心のままに叫ぶ。
ミドガルドはこの数千年、被害者として振る舞ってきた。都合の悪い真実に蓋をして。魔大陸が復讐に手を染めたことを利用して。
今更、許されるはずがない。
幾千年もの前の話、されど禁忌により、亜人となり、魔術師となりながら生きながらえ続けるムスプルヘイム人にとってはつい昨日のことである。
私たちにとって、遥か昔のことであったとしても、なのだ。
「だから、どうか!」
必死に私は声を上げる。
情けなく涙をぼろぼろと流しながら、声を上げ続ける。
ソロル・サンスロスは死んだ。
ならば次の番はアルス・ランフォード、まだ学生である。たかが学生が、自らの命を差し出し、私を救おうとしているのだ。
諦めぬ理由など、ない。
言語の違いがあれど、魔力の差異があれど、相手が知性ある魔術師であるとするならば。そこに対話の余地が生まれるはずであるから——
「あなた達がどれだけ辛く苦しい想いをしてきたか、その先、どれだけ困難な道の果てにその技術に辿り着いたのか、知っているのです! けれど復讐の果てに何が残りましたか! 虚しくはならないのですか!」
声を上げ続けよう。
「私を殺してあなたが満たされるのなら喜んでこの命を差し上げましょう! けれど貴方はそうではない!」
現に私は生きている。
むしろ守られているような気配さえする。
何故なのか。
そこに答えがあるはずなのだ。
「半端にも知性を得たあなたは、幾片かの記憶の残滓を得たあなたは——自我を取り戻しかけているのです!」
みっともなく、魔術師の腕に縋る。
泣いて泣いて、喚く。
——そして、微笑む。
相手を諭すように、我が子をあやす母親のように。
無様だろうか。みっともないだろうか。
それでいいのだ。
「どうか、二人とも……争いはやめにしましょう。幾千年も続いた怨嗟を、ここで断ち切るのです」
こうした態度が、異国を繋ぐコミュニケーションの架け橋となるはずなのだから。
『◼︎◼︎◼︎◼︎……』
唐突に、魔術師が私の頭を優しく撫でる。
ごつごつとした、男らしく、逞しい手のひらであった。
「……?」
何かが伝わったような気がする。
私にはそれを確かめることはできないけれど。
彼は穏やかな笑みを見せた後、私を突き飛ばし、紅き雷の矢を構える。
不思議と、その様子を私は安心して見守っていた。
◆
(……嗚呼、思い出したよ)
バルバトスはクラウディアの涙を目にして、おぼろげな意識の境界線を乗り越え、自我を取り戻す。
魔術師となり、狂気に溺れた自らの身を救い出してくれたのは、側のアークルードの女王であった。
本当によく似ている。
側の彼女は王女アマリエル様によく似ている。
……このように儚なげな顔を見せることもあった。
それでいてこのように、まるで我が子を愛しく愛でるような微笑みを見せることもあった。
結局のところ、国を治めんとする少女はこのような立ち振る舞いをするのだろう。
その姿が、その矜持が、バルバトスにとってはどうしようもなく美しく思えるのだ。
(泣くでない、アークルードの女王よ。其方の悪いようにはせん)
自らに向かってくる黒髪の少年も、若い頃の自分を思い出して、バルバトスは思わず笑みを浮かべる。
その歳で死を覚悟し、突貫してくるなど並大抵の胆力の持ち主ではない。
彼にはあるのだろう、戦士としての矜持が。
それとも、女王に対する忠誠心か。
……どちらにせよ、悪くない。
(ここで終わるのも、また一興)
分不相応な力を分け与えられた。
復讐心から禁忌に手を染め、魔術師となった。
自我を失い、狂気に溺れ、破壊の化身となった。
——もう、いいではないか。
争いは絶えぬ。
復讐の連鎖を断ち切らない限り。
ならば己がここで断ち切ろう。
(きっとアマリエル様も、それを望むだろうよ)
バルバトスは脱力し、紅き雷の矢を構える。
そして魔術により創られし雷の矢が放たれた。
その矢の向かう先は——
◆
アルスはがむしゃらに走り出していた。
討つべきは眼前の魔術師。
紅き雷を扱いし、友人の父を屠った仇である。
復讐心が、己を突き動かす。
であるというのに、クラウディアは泣きながら叫んでいる。
知っている? 何を?
復讐?
むしろ、それを思うのは此方側ではないか。
アルスは何も知らない。
幾千年前に起きた悲劇も。
魔大陸との争いの根源も。
故に、ただ遮二無二、剣を構える。
『……アリガトウ。——アマリエル様ヲ、頼ンダ』
片言なミドガルドの言語で、魔術師が口を開いた。
(……待て。何が、起こって——)
そう思った際には、時既に遅く。
魔術師の手元から紅き雷の矢が放たれた。
されど同時にアルスは剣を振り抜いていて——
——人体を斬った感触だけが手に残る。
魔術師から放たれた鮮血が、返り血を受けたアルスの身を紅く染め上げる。
放たれた紅き雷の矢は上空へと飛んでゆき、その中途で、花火のように破裂した。




