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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王宮騒乱事件
42/46

第42話 我が真名は

 ダンジョンのヌシたる魔術師が住まうダンジョン中枢にて、ついに両者相まみえる。


「陛下!」


 ソロル・サンスロスは思わず叫んでいた。

 国の頂点、そして自らが絶対の忠誠を捧げるクラウディア・アークルードが、魔術師に抱えられている。まだ、生きていた。そのことに安堵せずにはいられない。


「なんで、殺さない……?」


 一方でアルスは魔術師に問う。

 もっとも、ミドガルドと魔大陸で言語が違う以上、それはただのつぶやきとしかならないが。

 

 アルスにとって魔術師とは暴虐の限りを尽くす亜人である。

 おそらくこの魔術師、クラウディアという人間に価値を見出しているが故、殺していないのだ。そこに知性がある。そこが、今まで倒してきた数々の魔術師とは違う。


 その違和感に、眉間をひそめる。

 ローグと繰り返してきたダンジョンアタックにより得た現場勘。

 この感覚が間違っていなければ——


(まさか、な)


 相手が強者であることは、間違いがない。


『◼︎◼︎◼︎◼︎……』


 そんな両名の呟きに応えるが如く、魔術師は唸り声を上げた。最早戦いは避けられぬ。されど、この胸に秘める何かが、争いなど止めよと言っている気がするのだ。


 わからない。何もわからない。


 ただ、彼は魔術を振るうのみ。

 魔術という、禁呪に手を染めたゆえ。

 その代償を払わねばならぬのだから。

 

 なんのために。


 ——ミドガルドの人間に、復讐し、延々と続く怨嗟を、断ち切るがために。


「覇ァ!」


 先に仕掛けたのはソロルであった。

 自らが忠誠を誓う女王陛下を救うために、立ち上がり、歩を進める。


 己の剣は誰かを護るための剣である。

 誰でもない誰かを助けるための剣である。


 ——己を掬い上げてくれた主君のために振るう剣でもある。


 クラウディア・アークルードという存在なくして今のソロルは存在し得なかった。

 彼女が道しるべとなり、己の進むべき道を切り拓いたのだ。彼女がいなければ今の恵まれた生活などなかった。ソアレという大事な娘を食わせ、騎士学校に入学させることも叶わなかった。


 ならばどうしてここで足など止めようか。

 仕える者ならば、一生分の恩を、ここで返すべきだろう。


 ソロル・サンスロスは止まらぬ。

 己の騎士道と共に、ひたすらに邁進するのみ。

 たとえその先、自身が朽ち果てようとも。


 剣を、振りかざす。


『◼︎◼︎◼︎◼︎……!』


 魔術師はその衝撃に苦悶の声を上げた。

 魔術の詠唱すら許さぬ刹那の剣戟。

 即座に、相手を強者だと察知する。


 この女王を身に抱えながら戦闘するのは荷が重いか。別に盾にしてしまっても構わないのだが。どうも、それに忌避感を覚える。——何故か。


 憎むべきミドガルドの一国の女王である。

 復讐のために、魔術という禁術に手を伸ばした。

 何を今更、血迷っているのだ。


「そこまでして私が大事なのですか! なんのつもりですか、異邦人!」


 クラウディアは声を張り上げて魔術師を睨みつける。片や魔術師とて、言わんとすることはわかる。

 何故、彼女を殺さない、何故、彼女を盾に戦わない。そんなこと、ずっと己でもわからぬのだ。


(それを聞くか、小娘。そんなもの、私でもわからぬのだ! 今の私にできることなど、ただ己の身を、ミドガルドの復讐へと費やすベルゼバブ様に捧げるのみよ!)


 瞬間、魔術師から魔力が迸る。

 最早手加減などできまい。

 ただ、目の前の異邦人を殺すのみ。


 人に禁じられし呪いの力、魔術。

 その真髄を、とくと見よ。


『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎(我が真名を告げる)……』


 赤い稲妻と、魔法陣が絶え間なく魔術師の周りを囲む。あまりに異様な光景。それは神聖な儀式のようで、それでいて、呪術の催しにも思える。

 

「ソロルさん!」

「……わかっている!」


 まずい。


 そんなこと、アルスとソロルは言葉を交わすまでもなく理解していた。後にも先にもこんな壮大な魔術を使う魔術師など見たことがない。


 魔術と一口に言っても、その大抵がせいぜい一芸にしか過ぎない。だからこそ今まで自分たちは裸一貫剣のみで渡り合うことができたのだ。

 

 人為的なダンジョンの出現、明らかに知性を有する魔術師——それが意味することを両名は理解しかけていた。それでもなお、見ないフリをしていたのかもしれない。


『◼︎◼︎◼︎◼︎(我が名は)……』


 明らかにこれは、魔王、それに近しい存在の何かである。


『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎(バルバトス)』


 刹那、赤い稲妻と暴風が辺りを覆い尽くす。

 神罰により失われし自我、記憶。得たのはそれらを無視して有り余るほどの強大な力。


 魔術師は真名と共に、人と魔、その両名の格の差を告げる。


 名を、バルバトス。

 魔大陸より堕天せし、弓を携えし魔神、である。




 ◆




 魔術師バルバトスは朦朧とした意識の中、夢を見る。


 かつて己が人間であった頃。まだ、魔大陸の人間が禁忌に手を染めず、平穏に暮らしていた頃のことであった。


 遥か昔、幾千年も前のことである。


『アマリエル様』

『何ですか、バルバトス』


 統一王国ムスプルヘイム——通称魔大陸の王女アマリエルは朗らかな笑顔で返す。

 王女アマリエルは万民を照らす太陽のようなお方であった。争いを好まず、蝶や花を愛でるような気品に溢れた少女であった。


『——それが、ミドガルドなる大陸より来たりし使者と現地の民が争っているようで……』

『争いはよくありませんね』

『ですが、ミドガルドの民は異邦人なのです。言語も違うのですよ。その者を手厚く歓迎するなど』

『言語が違くとも、出自が違くとも、我らムスプルヘイムの人間とミドガルドの人間は同じヒト族ではないのですか』

『……ですが民衆達は反発しており、ミドガルドの使者も強硬姿勢を取っています』


 バルバトスは眉間に皺をよせ、気まずそうに答える。


 ミドガルドの人間は遥か昔、大航海時代の最中、船に乗り、夢にまで見た新大陸の発見を果たしたのだ。

 これが、現在では魔大陸と呼ばれる、統一王国ムスプルヘイムの所在地である。

 ——もっとも、現在では魔王の誕生により、魔大陸への渡航など禁忌とされてしまったが。


『我らムスプルヘイムも、様々な争いがあって一つの巨大な王国になりました。言語の壁があれど、大海原の向こう側の人間であれど、協調できるはずでは?』

『…………』


 王女アマリエルは常に大きな理想を抱くような、偉大な王族であった。それは若いゆえの現実を見ない理想論かもしれない。綺麗事かもしれない。

 けれど、王女アマリエルには、それをやってのけてしまうのではないかと思う程の、カリスマがあったのだ。


『私たちも使者を送りましょう。平和的解決に向けて』

『……ベルゼバブ様にはどうお伝えすればよろしいでしょうか』

『私がやったことです。お義父様もわかってくれるはずですよ』


 アマリエルは年相応の、悪戯でもしたかのような可愛らしい笑顔で言ってみせた。


『……貴方の仰る通りに』


 王女アマリエルは、まだまだ発展途上の身の小さな少女である。それでいて、彼女の描く展望は大人のそれとは変わりはしない。小さき身でありながら、一国の運命を、期待を、背負っている人間であった。


 バルバトスは、その思想に、心根に、酷く惚れ込んだ。


 彼女はムスプルヘイムを愛していた。

 そしてそれ以上に、人間というものを、愛していたのだ。


『嗚呼』


 ——夢から醒める。

 何か大事な物を忘れてしまったような気さえする。


 亜人となった黒色の頬を伝う一粒の涙。


(何故私は、泣いている)


「◼︎◼︎◼︎◼︎!!」


 傍に抱えている少女が必死に何かを叫んでいる。


 最早聞くに値せぬ。

 どうせ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎様のようなお方など、現れぬのだから。


(何を、考えているのだ、私は)


 ここから先にいけばもう引き返せぬ気がする、とバルバトスは思う。


 けれども、進むと決めたのだ。

 それが終わりなき怨嗟の輪廻だとしても、それしか最早道はのこされていないのだから。


「◼︎◼︎◼︎◼︎!!」


(私の心配などするな、其方にとって私は異邦人であろう? 禁忌に手を染めし、亜人なのであろう? であれば何故——そんな哀しそうな瞳で私を見るのだ、少女よ!)


 魔術より創られし弓を携え、紅き稲妻の矢を、引き絞る。傍の少女から目を背けながら、粛々と、己のやるべき復讐の道を進むのだ。


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