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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王宮騒乱事件
41/46

第41話 あくまで希望的観測


 一度剣を置いた。才能というどうしようもない壁に阻まれ、挫折した。その結果が、村のイロモノ、穀潰し。我ながら情けない話であった。


 それでも、今自分はここにいる。

 誰かを助けたいという心根。

 それは失意の最中にあった自分を再びどん底から引っ張り出した、アルス自身の衝動的な気持ちであった。


 救う対象が、村の子供でも、一国の女王であろうと変わりはしない。平凡である自分が、誰かに認められたいという、承認欲求。


 子供らしいとも思う。


 けれど、それで胸を張って生きられるのなら、それに越したことはないだろう。


「ソロルさん」


 アルスの真っ直ぐな瞳に心を打たれ、王宮騎士の端くれであるソロルは瞑目した後、言葉を発する。


「……ふは、無謀な挑戦、結構結構。その為に生きてきたのだから」


 二人は迷わずダンジョンの下へと飛び込んでゆく。




 ◆




「……放してください」

『◼︎◼︎◼︎◼︎……』


 王宮内に突如として現れたダンジョンの中枢にて。

 此度のヌシである魔術師は女王クラウディアを傍に抱えながら、彼女の訴えを退ける。なれ果てとなった亜人に考えはない。

 魔王ベルゼバブの命令通りに、ミドガルド大陸の一国の女王を人質に捕えるのみ。


「私を殺さないのは理由があって?」


 ——いっそ殺してしまおうか。


 クラウディアの問いに、魔術師は瞑目した後、その思考を止める。大陸を隔てた異邦人、言語の壁はあれど何を言いたいのかは伝わる。

 だが魔術師となった代償、彼にもはや記憶などない。故に己を突き動かす行動理念もないのだ。

 あるのは魔王から受けた命令、そして煮えたぎるようなミドガルドへの復讐心のみ。


 空虚で、哀れだと思う。

 だがそれしか己には残されていないのだ。


「私はこのような小さき身ではありますが、一国の女王なのです。生きてアークルードを統べなければならぬのです。私自身が、たとえ年端のゆかぬ少女だろうと」


 クラウディアの発する確かな決意のこもった声に、魔術師は顔を顰める。


『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎……』


 己が拘束しているのは、一国の女王というところを除けば年端もいかぬ少女なのだ。罪悪感がないかと言われれば嘘になる。とはいえ、相手はミドガルドの人間。幾千年も続いた戦歴を無碍にできるほど、己も大きな存在ではない。


 ただ、思うのだ。

 己は何か大事なことを忘れてしまっているような。


 それこそ、彼女のような、護るべき人間がいたのではないかと錯覚するほど——


(アマリエル、様)


 一国を背負う少女、魔術師はそこにいるはずがない幻影を見る。似ているのだ。小さな体に一国の運命という大きすぎる使命を背負った彼女と。


(……はて、今私は何を)


 失ったはずの記憶、天罰によって抹消されたはずのそれが、自身を苛む。


(いいや、気のせいだろう)


 魔術師は頭を振り、来たるべきミドガルドの使者を待つ。なぜ彼女を殺さないのか、その理由を自分でも判別できないまま——




 ◆




 アルスとソロルはダンジョンの中に飛び込んだ後、互いに目標を認識する。

 女王クラウディアが囚われた今、一刻も早くダンジョンの楔となるヌシを倒さねばならない。

 ローグら王宮騎士たちも遅れてこちらに到着するだろうが、それでは遅いのだ。


「『最強』の騎士、ローグとの現場経験があれど、所詮騎士学生。私は君をそう見ている」

「……構いません」

「先ほどの決闘で見せた守りを捨てた火事場力も、そう現場で通用はしまい」

「わかっています」

「それでも尚、やるのかね」

「——はい。必ずやあなたの期待に応えてみせます」


 元より、アルスはダンジョン攻略が得意な方であった。結局、現場では才能も必要だがそれ以上に実戦経験が求められるのだ。状況に応じた臨機応変な対応、それに魔術という初見殺しの術理に対抗する術、など。


 今まで学生の身ではありえないほどのダンジョンアタックを繰り返してきた。学生の身はおろか、現役の騎士でも躊躇するような仕事量であっただろう。北方のダンジョン群。それらを日常のように攻略する日々など、ありえないことである。


「……結構。君に背中を預けるとしよう」

「光栄です」


 両名は頷きあった後、即座に駆け出し、ダンジョンのマッピングを開始する。


 迎え撃つはダンジョンより現れし魔獣。

 太古より魔術の呪いにより生み出された、意思なき獣達である。


「ふん」


 一撃。


 騎士の頂点、王宮騎士にとってはこの程度些事とでもいうように。ソロルは剣にて意思なき魔獣を葬り去る。


「……っ」


 対するアルスも負けじと魔獣を斬り捨てる。

 元より格上の人間であったローグに合わせてダンジョンアタックを繰り返してきた。ならばこの程度慣れたもの。合わせられなくてどうする——そういうように『教育』を施されてきた。


「ふは、やるな小僧」

「……どうも」


 ソロルも流石に認識を改めざるを得ない。

 手際がいい。無駄がない。驚くほど現場慣れしている。現時点での実力で見ても、ダンジョン攻略という一点においては本職の騎士となんら変わりはしないだろう。

 

 そして、彼は察する。

 要するに、ローグはアルスを退魔一点に特化した騎士に改造したのだ。努力で積み上げられた基礎の剣。なるほど、結局騎士の根源が退魔であるならば基礎を履修してさえいれば退魔に困りはしない。合理的な判断、そして凡人を無理矢理土俵に上がらせる手段としては申し分ない。


「このままいくぞォッ!」

「はい!」


 目標はこの国の女王、クラウディアの救出。

 当然、時間は限られている。


 クラウディアの姿は見当たらない。

 ならば無理矢理ダンジョンの楔となっているヌシを倒すしかないだろう。


 相手が“普通”の魔術師であるならば、それに越したことはないのだが。


(……本来ありえない王宮に出現したダンジョン、このダンジョンの発生が人為的に行われたと見るなら、普通ではないと考えるのが自然だが、な)


 ソロルの心配をよそに、二人はダンジョンの探索を難なく終え、まもなく中枢部へと辿り着こうとしていた。


 アルスは真剣な面持ちでソロルに問う。


「この先に、陛下が?」

「わからん。そうであると願うしかあるまい」

「ならば、信じるしかないですね」

「ああ、痕跡は残した。魔獣も目下のものは屠ってきた。ローグら後続の援軍が来るのも時間の問題だろう」

「それではもしも、の場合に間に合いません」

「分かっている。ここからが勝負どころ、だ」


 これが人為的なダンジョン発生と仮定するなら、相手の魔術師が魔王もしくは何らかの存在によって統率が取れている筈である。だからこそこの国の女王であるクラウディアを狙ったのであろう。


 そこまでは、言葉にせずとも両名認識済み。

 

「人質狙い……でしょうか」

「陛下が生きているとするなら、そうなるな」

「魔族が交渉を持ちかけるとは思えませんが」


 こればかりはわからない。

 そもそもミドガルドと魔大陸では介する言語が違う。クラウディアがまだ生きているという希望的観測をしてでも、状況は絶望的である。


 まあ、その時は——


「剣で、征するしかあるまいよ」

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