第40話 争いの根源
魔術師、それは魔大陸からダンジョンを通してやってくる亜人である。
その目的と正体は未だ不明とされており——
「いつまで隠せば済むと思ってんですかねェ、陛下」
「口答えするようになったわね、ローグ」
アークルード王国の頂、女王クラウディア・アークルードは睨みつける。その視線が向かうはローグ・オーディン、王国最強と謳われる騎士である。
「魔大陸を悪と決めつけてしまえば事は簡単。体の良いプロパガンダなことだァ、フン」
「黙りなさい」
「俺はいいんですよ。精々陛下の剣となりますわ。問題はこの先、この『件』が公になった時、でしょう」
「……こうするしか、ないでしょうに」
「生ける英雄、ハワード・シグムント。彼により魔王は討たれ、平和な時代が訪れた。では、その前はどうなのか。なぜ魔術師達はミドガルドの人間を襲うのか。なぜダンジョンは現れるのか。避けては通れない問題、ですよ」
クラウディアはぎしりと唇を噛む。
尤も、その通りなのだ。今この国がしている事はのらりくらりと時間稼ぎをしているに過ぎない。
幾千年もの前からとっくに起動し始めていた、時限爆弾。
魔術師を統べる存在、魔王、その秘密を知っている以上は——
「私達に、できることなどありません」
「王族も、貴族も、騎士達も、見て見ぬふりをしてきた。そのツケを払うときは絶対来る」
「……彼らに、背負わせるのですか」
「持つ者は皆保身に走りたがる。彼らの中に背負える人間はそういないさァ。だが、持たざる者は、どうだろうな」
「……知っていたことですが。『彼』に期待するしかないのですね」
「どうだろうな、俺は知らんよ」
クラウディアが想起するは、凡の少年であった。
家柄も持たず、才覚も持たない。良い意味でも、悪い意味でも何も持たぬ、発展途上の騎士学生。
けれど土足でここまで踏み込んできた。その意味を、その覚悟を、評して。
「アルス・ランフォード、ですか」
クラウディア自身、期待している自覚はある。
この見えない鎖に繋がれたこの国を大陸を、打破する切り札として見るには、少々荷が重すぎるだろうか。
(少し、彼の方へ顔を見せるとしましょうか)
何も持たない、心根一つでのし上がってきた人間だからこそ、為せることがあるのだ。
◆
『この灯火は消えんよ。飽くなき復讐、そのために己の全てを費やすと決めた身、であるから』
男は人知れず立ち上がり、世界に産声を上げる。
周りを見渡せば、灰まみれの荒廃した大地、木々も腐り、枯れ果てていた。
『そうだろう、同志達よ』
『『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』』
男はなれはてとなった亜人たちに憐憫の目を向けながら目を伏せる。
これが、魔大陸。
魔術という禁忌に手を染め、神罰が下ったとされる大地の現状、であった。
『ベルゼバブ様、』
背後から男に声をかけたのは魔大陸の王女、アマリエル。
魔術の加護を受けながら、魔瘴の呪いを受けぬ、神聖な身である。
『アマリエル、余は止まらんよ。果ての果てまで』
『……ベルゼバブ様、もう止めにしませんか。こんなことをしても、何にもなりません』
『千年費やした。何代もの魔王が散っていった。それを無駄にしろと』
『それは……わかっていますが』
『余こそが、この争いに決着を付ける唯一無二の王となるのだ』
彼こそが、『魔王』ベルゼバブ。
世界の均衡を揺るがす、復讐の化身である。
『私は、もう、争いなど望みません』
『アマリエル、余は其方の意向など関係なしに征くぞ』
『ならば、私達は道を分かつまで』
幾千年、途方もない時間をミドガルドの復讐へと費やしてきた。元は同じ人間であったはずである。ほんの少しの差異が、争いと、憎悪を呼んだ。始まりは本当に些細なものだったのだろう、けれどこうして今に至る。もう、戻れはしないのだ。
それを分かってて、アマリエルは口を開く。
『私は、私のやり方で。ベルゼバブ様は、ベルゼバブ様のやり方で。どちらが先に争いを収めるか、といきましょう』
『小娘が。いつからそこまで反抗するようになった』
『もう、我慢の限界なのです。幾千年、同胞達がやられるのを見てきました。同胞達がミドガルドの人間を殺めていくのを見てきました。“あなたとは違って”』
『……其方は、それだけの時間を過ごしてきたのか』
王女アマリエルは動じない。『魔王』ベルゼバブもまた、黙り込む。
そう簡単に解決する問題ではない。ミドガルドと魔大陸、両者の間には深い、深すぎるほどの軋轢ができてしまった。
ならば、片方が潰れるまで殺し合うのみ、それが『魔王』として任ぜられた己の役目である、とベルゼバブは思う。
『私は決めました。貴方には関与しない、と』
『……よかろう、アマリエル。王女の懇意を無碍にするほど余も摩耗してはおらん』
『では、ありがたく』
そう言い残した後、王女アマリエルは文字通り姿を消す。転移魔術である。
『……余は止められんよ、アマリエル』
復讐の亡者は力無く嗤う。
果ての果てまで、復讐の灯火が消えぬ限り。
彼女が動いた以上、自分もすぐに動かねばなるまい。『魔王』として、災いを振り撒かねばならぬのだ。
『アークルード、まずは因縁の大地に向かわせるとしようか』
◆
王宮にて、ダンジョンが発生した、その知らせはすぐに王宮騎士団の下へと届く。
「陛下はどうしたァ!?」
ローグの怒号。
いつにない覇気で騎士達を威嚇する。
「……それが、“飲み込まれた”、らしく」
「はァ!?」
本当なら一大事である。
ローグは苛立ちを抑えつつ、冷静に状況を整理する。
まず、ダンジョンが王都に発生していること自体が異常である。ミドガルド大陸の人間は、長い時を経てダンジョンの出現が少ない地域に都市を置くようになっていった。小さな農村で突発型のダンジョンの発生があれど、このような大都市でダンジョンが発生するなど、人類史で見ても久しい。
それこそ、魔王のような統率が取れたダンジョン発生でもない限りは——
「……ま、さか」
最悪の状況を思考の片隅に入れる。
魔王の誕生、そんなことが起こってしまったならば尚のこと国の中枢であるクラウディアを失うわけにはいかない。
「人を集めろ! 緊急だ、どんな用事があろうと、全員引っ張って来いやァ!」
「「ははっ」」
◆
「「陛下!?」」
アルスとソロルが談笑していたのも束の間、目の前に現れたのは女王クラウディアがダンジョンに飲み込まれていく衝撃の光景であった。
王宮の床が軋み、雲母のように光を散らしながら、黒い亀裂が走る。禍々しい魔力が噴き上がり、荘厳な石造りの回廊が、瞬く間に異界の色へと塗り替わっていく。
そのあまりの禍々しさにソロルは立ち尽くすしかなかった。
それでも、アルスは立ち上がり力の限り叫ぶ。
「何をしてるんですか! 陛下を助けるんでしょう!」
「……だが、あまりにも無謀だろう!」
「さっきあなたが言ったばかりじゃないか! 騎士とは、人を助けるためにあるのだと!」
「……っ!」
誰かを守りたい、誰かを助けたい、誰かに認められたい——それらこそが、アルスの原動力。
だからこそ、恐れない。才能も、家柄もない自分には、それしか存在しないのだから。
アルスは何も顧みることなくダンジョンの入り口へと飛び込んでいく。誰かのために——その心根を、今、証明する時だと信じて。




