第38話 信じて
凡人では到底扱いきれない、『最強』の騎士ローグ・オーディンの型を流用する。——ありえないことである。
そもそもの肉体のスペックが違うのだ。
ただ、積み上げられた技術、そして勝負勘。これに関しては、アルスは間違いなく彼に近づいているといえよう。何せ、ずっと間近で、『最強』の剣を、その目で見てきたのだから。
だからこそこのような荒業が通用するのだ。
自身の防御を捨て、極限まで“攻め”に集中する。それ以外は切り捨てる。
「そのような剣、現場で通用するとでも!?」
王宮騎士、ソロルは思わず本音を吐露してしまう。
守りを捨てた剣が、命のやり取りをする魔術師との戦闘で役に立つとは思えなかったのだ。思わぬ反撃に焦る一方で、内心落胆さえする。
アルスの基礎に忠実な凡の剣。
それは決して頂にはとどかぬとも、 “いいところ”までは行けてしまう。
騎士生命としても、それが長続きするのだから、それに越したことはないだろう。
だが、アルス・ランフォードはそうは思わない。妥協ができない。
農家の次男坊として生まれた彼は、『何者か』になりたいのである。
はたから見れば、どうしようもない承認欲求。くだらない、けれどそれが彼の原動力。上を見ればきりがない。わかっていて、頂を目指す、それがアルス・ランフォードなのだから。
「通用しないなら、通用させる。間違えたら死ぬのならば、間違えないようにする。——それだけの努力をするまで、だ!」
「小癪ゥ!」
またもソロルの剣がアルスの頬をかすめ取る。——が、それすらもアルスからしてみれば計算の内。相手は現役の退魔の騎士、ならば自分の安全圏など削らなければ話にならない。
削る。削る。どこまでも、削る。
今まで鍛えてきた基礎の剣、決して無駄ではなかったのだ。
その礎があるからこそ、アルスは間違えぬと確信をもって剣をふるうことができる。
「シイッ!」
今度はついにアルスの剣がソロルの頬をかすめた。
間違いなく、『最強』の騎士、ローグ・オーディンの剣筋。
守りを捨てたからこその、刹那の斬撃。
ソロルの方もさすがに堪えてきたのか眉をひそめる。
「——まるで魔獣とでも戦っている気分だな、ふはは!」
それでも余裕の笑みは絶やさない。
まさに、王宮騎士の矜持。
自身こそが、多くの騎士の憧れである王宮騎士団所属の騎士である、とその眼で、その刃で、語る。
「そりゃどうも!」
アルスの獣の如く俊敏さから繰り出されるは、上段からの刺突。確実にここで獲物を喰らう、そう定めた決死の一撃。
「ぐっ、はは!」
ソロルはなんとかそれを剣の柄で受け止めるが、そのあまりに歪な剣筋に頬を引き攣らせることしかできない。あまりに埒外な攻撃。アルス・ランフォードの異常な執念が、彼をここまで追い詰めた。
アルスが持ち得る物は心根一つ、それのみである。
にも関わらず、この剣を成り立たせる異常性。
狂気、そう形容するしかあるまい。
◆
ソロル・サンスロスは自身を顧みる。
一体どこで道を踏み外したのだろう、と。
気付かぬうちに、楽な道に逃げていたのだろうか。
王宮騎士団という、アークルード随一の騎士団に入って浮かれていたのだろうか。
娘、ソアレ・サンスロスをアークルード騎士学校に通わせ、心の底では、後進の育成に心を取られていたのだろうか。
いいや、そんなことはないとソロルは自身に言い聞かせるが、目の前のアルス・ランフォードという少年がそれを否定してくる。
おおよそ才を持っているとは思えぬ小柄な体躯に、限界まで詰め込んだ細々とした筋肉。
凡の頂とも形容できる基礎の剣筋からして、相当な努力を積んだことは間違いない。
間違いなく、今の自分にはない要素である。
その涙ぐましい努力と、ローグ・オーディンという『最強』の化身の庇護下という特殊な環境が、彼を“成らせた”のだ。
——その彼に、自分が敗れるかもしれぬ、というかすかな不安が脳をよぎる。
自身は女王のお膝元、王宮騎士団の騎士である。決してそんなこと、あってはならないのだが。
(ならぬ。クラウディア様の御前で恥をさらすなど、あってはならぬ)
思考が、濁る。
自身の立場がそうさせる。
周りの視線がそうさせる。
人間とは、えてしてそういうものであるから——。
視界の片隅、ソロルはこの決闘の様子を見ているクラウディアの方をちらと見る。彼女の目に、今の自分はどう思われているだろうか。王宮騎士でありながらこの体たらく。落胆、軽蔑、それとも——
(笑っている……だ、と)
ソロルは愕然とした。
予想外の反応である。
それと同時に、その意味を理解し、絶望さえする。
今の彼女が見ているのは己ではない。
アルス・ランフォード——自身が所詮秀才止まり、と一蹴した彼を見て、笑っているのだ。
凡人では掴みうることのできぬ、天の領域に“成った”彼を。
(……自惚れていた、か)
ソロル・サンスロスも一人の娘を持つ父として、大人の自覚はある。
当然、この盛大な勘違いにも気づくわけで。
ときおり、娘のソアレから耳にしたことはあったのだ。
アルス・ランフォード——かつて世に名を轟かせた騎士学生の名を。
まさかこれほどまで化けていたとは、いや化けるとは思ってもいなかったが。
(刻むとしよう、その名。しかと受け取った)
ソロル・サンスロスは一人の男として、一人の娘の父として、再び剣を取る。
己の立場に恥じぬよう、全力で。
それが己の失いかけていた、騎士道であると思うから——。
◆
その場にいた誰もが、息をのむ。
アルス・ランフォードが、この土壇場にして“成った”。
誰もが、そこに幻想を見る。理想を見る。
アルス・ランフォードが勝利するという『もしも』を。
学生の身で、王宮騎士に、一矢報いるという所業を。
しかし——。
「現実は甘くはないぞォ、アルス・ランフォードォ!」
ソロル・サンスロス、王宮騎士の端くれといえど、ここで意地を見せる。
そもそも、学生の中では抜きんでた経験値を持っていたアルスといえど、現役の王宮騎士が相手となれば話は別。相手の経験値は膨大、亀の甲よりも年の功、である。
踏ん張りを効かせ、狙っていたカウンターの一撃にて屠る。
これこそ王宮騎士の矜持。数々のダンジョンにて、魔術師を屠ってきたからこその大局観。
「あ、がっ」
アルスの守りを捨てていたからこその攻め。一歩間違えれば即死、そんな綱渡りの剣だったからこそ、そこに勝機がある。ソロル・サンスロスは最初からそこを見ていたのだ。
鉄が弾かれる鈍い音と共に、アルスの手元から、剣が滑り落ちる。
「ふ、は。久しぶりに冷や汗などかいたぞ」
「…………」
「認めよう、その強さ。学生にしてそこまで達するとは恐れ入るよ」
「……ありがとう、ございます」
全力を出した。
普段の自分ではありえない手を使った。けれど確かな手ごたえを感じた。それでも勝てない——これが王宮騎士の壁。
悔しさが思わず滲み出る。
「はは、その目、まだ勝つつもりか。怖いなその目は」
「……目、ですか」
「ああ。執念とでもいうべきか。その目は怖いと思ったよ、本気で」
どろどろとあふれ出る強さへの乾いた渇望。
その根源こそ、アルス・ランフォードの漆黒の瞳。
体感したソロルだからこそわかる。間違いなくそれが彼の強みなのだと。
狂気ともいえる強さへの執着。
ここまで恐ろしいと思ったのは彼も久しい。
「間違いなく、同じ立場になって働くことになるだろうね。ふは」
「……そう、でしょうか」
「女王陛下もご満足の様子だぞ、見てみなさい」
「……!」
アルス自身、負けを経た自分に価値などないと思っていた。
確かな手ごたえがあったからこそ、効いた。
けれど周囲の様子というのは案外そうでもないようで——。
「ねえ、期待通り、でしょう?」
「……負けは負けだろうがァ」
微笑みを絶やさないクラウディアに、どこか嬉し気なローグ。
「すごかったよ! アルス!」
「ん、ようやくこっち側に戻ってきた」
満面の笑みのカイルとファルニウス。
「…………」
勝てない自分に価値などないと思っていた。
だからこそ一度剣を置いたというのに。
周囲はそれを許さず、むしろ自分を褒めたたえる。それがどうしようもなくアルスには歪に思えてしまうのだ。
「期待していますよ、アルス・ランフォード」
クラウディアは慈愛の笑みを以って諭す。
彼が、彼こそが、新たなる時代の騎士だと信じて。




