第37話 極致へ
走っては剣を交え、その度に現役の騎士の圧倒的なまでの力量の差に倒れ伏す。
「ふは、今回は惜しかったな、凡の剣よ」
「…………」
「確かに“場慣れ”している。学生によくある詰めの甘さはない。だが所詮それまで」
アルスは歯噛みしながらソロルの言葉を受け止める。
そもそも今回の形式、持ち前の学習能力を活かせる時点で他の学生達よりも幾分有利なのだ。
それがこうも歯が立たないとは——。
「とはいえ、一番伸びたのも事実。決して一芸に秀でている訳ではない。基礎を固めた分対応力はあるのだろうな」
「……ご指導、感謝します」
アルスは考える。今の己に足りない物。
ファルニウスでさえ歯が立たないこの相手に、どうすれば一本取れるのか。
足りないのは才能、そう結論づけるのは簡単である。だからといってその甘言に逃げてはならない。
己は凡の身、だからこそ妥協は許されない。
逃げて、逃げて、逃げた先。そこに何が待ち受けていた。あったのは空虚な現実だけ。
今一度、アルスは己を見つめ直す。
この男に食らいつくには自分の何かを変えなければならない。基礎頼りのアルスの剣、それは強みでもあれば弱点でもある。相手は格上、剣の基礎など履修済み。そこで差がつくなどあり得ない。であれば——
「最後にもう一度、させてくれませんか」
「まずは走って来い、話はそれからだ」
「……っ、ありがとうございます」
◆
ペナルティの走り込みを終えたアルスは呼吸を整えながら、今一度、ソロルへと向き合う。
「何度やっても同じ結果なことには変わらんよ。ただ、その心意気は認めよう」
「……それはどうでしょうかね」
両者、剣を構え——先に動いたのはアルスであった。大地を踏み締め、刹那にて間合いに入り込む。
(……この坊主、まさか)
その剣筋にソロルは顔を歪める。
なぜならば、その剣は何度も間近で見て来たから。
どうやっても辿りつかない、剣の極致。『才』があるからこそ許される、荒技。
大陸最強、ローグ・オーディンの剣筋を、そこに見る。
「あり得んぞ、なぜお前がそれを!」
ソロルは見抜いていた。アルスの剣は基礎の積み重ね、決して秀でた何かがあるわけではない。
凡の身には到底、扱いきれぬ技術のはずである。
にも関わらず、この男は成し遂げている。
何かが変わったのか、あるいは元々隠していただけなのか。ソロルはそのあまりの変容に困惑するしかない。
「だから言ったでしょう?」
「……フハハ、小癪な!」
アルスはローグとのダンジョンアタックを通して、その技術を見て、学んでいた。
だからといって、それがアルスに扱い切れるかどうかは別である。アルスは才に恵まれたローグとは違い、小柄で体の肉付きも良くない。身体構造が違えば、当然体の使い方も異なる。
だからこれは一種の賭け、である。
己の身体がローグの技術に耐え切れるかどうか。
扱いきれず、それに振り回されて仕舞えば元も子もない。
とはいえ出し惜しみしていられないのも事実。
だからこそ、削る。
限界まで『妥協』を減らし、最善策を取り続ける。
間違えないことを前提に行動を組み立てる。
リスクは百も承知、そうでもしないとこの男には勝てない。
「あり得ないな、守りを捨てたか!?」
「攻撃は最大の防御、とだけ」
防御など無駄である。そもそも間違えなければ防御に回ることはない。だからこれも、削る。
「シィッ!」
ソロルの剣がアルスの頬を切り裂く。
寸分違えばあわや大事故、にも関わらずアルスの表情は揺らがない。
(薄皮一枚、くれてやるよ)
そんな感覚は散々、ローグに身につけさせられて来たのだから。生死の境など、何度も潜り抜けて来た。
「胆力も充分、か」
ソロルは冷や汗を掻きながら、アルスの剣を受け止め続ける。相手はリスク承知の攻め、ならば危険を冒す必要はない。隙を狙って、カウンターにてお終いにすれば良い。
驚きはすれども、怖くはない。
そもそもアルスの強みは基礎によって積み重ねられた正確無比な剣である。それを捨ててしまうなどソロルからしてみれば言語道断であった。
たかが一勝、そのためにそこまで差し出す必要はない。
——そう、思っていたのだが。
ソロルは失念していた。というより知らないのだ。
アルス・ランフォードの異常なまでの勝利への執着を。凡の身にてここまで剣を極めるということがどういうことを意味するのか。
たかが一勝、されど一勝。
受けを捨てた狂気の剣は、その油断を貫かん。
◆
その様子を見ていたカイルとヴァンは唖然としていた。今までの彼からは考えられない戦闘スタイル。
全てを投げ捨てた、博打のような剣術。
「あんなの、間違えた瞬間終わりじゃないか」
「……でもよ、あいつなら間違えねえって、思っちまうんだ」
ヴァンが思い出すは、自分が仕掛けた決闘。
幾度にも渡る攻防、彼は受けに徹し、一度も間違えることなく、自分に勝利してみせた。
その経験があるからこそ、彼なら成し遂げてしまうのではないか、と恐れてしまう。
一世一代の下剋上——その様子を二人は固唾を飲んで見守る。
◆
一部始終を見ていた神の子、ファルニウスは笑みを浮かべた。
だってそうだろう、まさか自分の足下を脅かす存在など現れるなどとは思っていなかった。
だからこそ期待してしまう。
一度は地に堕ち、己の剣によって両翼をもがれた凡夫。その再起を今、自分は間近で見ているのだから。
◆
「ボケナスがァ」
『最強』の騎士、ローグは顔をしかめる。
己の剣が凡夫に扱えるなどとは到底思ってもいなかった。あの少年は、自分の予想を越えてみせたのだ。
自身の“安全”を削ることによって攻めに転じる。
なかなかできることではない。並外れた胆力、精神力がなければ続かない。それこそ、何度も死戦を潜り抜けて来た経験などなければ——
つまりは、アルス・ランフォードに注いだ無数の時間、決して無駄ではなかったのだ。
凡の身にて剣の極致に至る時代が、やってきた。
「ふふ、やはり、あなたの見込み通りじゃありませんか」
一方で隣のクラウディアはくすりと微笑んだ。
王族として十数年間生きて来た。
そうして磨き上げられた審美眼。
彼女にとって、大抵の人間は、接していればどんな物を秘めるかわかってしまう。
それは便利でもあり、つまらなくもあった。
だが彼は違う。
決して人には見せないであろう内に秘めたる狂気。
それがどんな時代のうねりを生み出すかを、クラウディアはまだわかりかねていた。
だからこそ、面白い。
「激動の時代が来ますよ。あなたの言った通り、でしたね」
「……陛下」
「まさかこんなにも早くだとは、思いませんでしたが」
激動の時代、勝ち馬に乗るのは己であるべき。
王宮に住まう“蛇”はその様子を睨みながら、じっと未来を見据える。




