第36話 怖いのはここから
王宮騎士団体験ツアー。
聞こえはいいがその実際の様相は地獄であった。
要するに、やっていることは王宮騎士の小間使い、である。
アークルードの学生達一同は、王侯貴族達のお茶会にて給仕をさせられていたのであった。
「ぐぐ、きついよお」
開始早々根を上げていたカイル。
そもそも彼は田舎者、王侯貴族相手のご機嫌取りなど本分ではない。
礼儀作法を間違えずに、適切に貴族達との関わりを持つ——これのどんなに大変なことか。
「ん、だから言った。君は向いてない」
ファルニウスは出される前の食事をつまみ食いしてみせながら、なんてことないという風に貴族達の相手をしていた。
彼からしてみれば礼儀作法、身のこなしも騎士の仕事の延長線に過ぎないのだという。
自由に王宮を駆け回る姿を見て、これだから天才は、と内心ため息をつくカイルであった。
「こら、そこ。姿勢制御も騎士の内。その程度の体幹が備わっていないなど笑わせるわ」
「は、はい!」
ここでカイルのあまりの格好悪さに、案内役である王宮騎士ソロルからの怒号が飛ぶ。
現実は無情なのだ。
(こ、これが王宮……きつすぎるよ)
井の中の蛙、大海を知る。
◆
「さて、ここから君たちには実際の訓練に参加してもらう」
王宮から離れた訓練場にて、騎士学生達は案内役の騎士、ソロル・サンスロスの指導を受けていた。
王宮騎士団体験ツアー、次なる体験はいよいよ実戦演習である。
「まずはそうだな——私と一対一。順番に手合わせしてみようか。負けたものは外周を走り込む。本職の騎士達と剣を交えるまたとない機会だ。教師をやっているような者とは違う、『本物』を味わわない手は、ないだろう?」
皆、ごくりと唾を飲んだ。
そうだ、自分たちが求めていたのは貴族のご機嫌取りなんかではない。
手に汗握る、剣の世界である。
「ここからが本番、ってわけ」
神に愛されし少年、『神剣』のファルニウスは一人呟く。
学校では『下』の人間しか見ることがない。
どいつもこいつも雑魚ばかり。
見込みはあっても雑魚止まり。
名門御三家、だの、騎士の名家の血統、だの。圧倒的な天賦の才には関係のないことである。
追いかける存在もいない。
並び立つ存在だって出てこない。
天才故の孤独。
だからこそ、この機会を狙っていたのだ。
今こそ、自らの剣がどこまで届くのかを試す時。
どこまでも傲慢。エゴの塊。
それでいい。それがいい。
——それでこそ天才は突き抜ける。
「ん、俺と勝負だ、騎士のおじさん」
学生の集団の中から我先にと抜け出し、ファルニウスは王宮騎士ソロルへと剣を向ける。
「……いい心意気だ。当たって砕けろ、学生達よ」
それに応じ、剣を抜く現役の騎士ソロル。
退魔の剣、これよりその一端を、彼らは知る。
◆
「ぐ、ぐえええええ!」
ここにもまた、弱り果て、嘆くカイルの姿があった。
確かに今回の訓練、間近に本職の騎士を知れるまたとない機会である。だが、相手は教師ではない。当然手など抜けるはずもなく——
「地獄かよ!!」
ここにもまた、不満をぶちまける騎士学生が一人。
ヴァン・ガウニール。名門御三家の彼もこのツアーに参加していたのだが。
「俺たちをどんだけ走らさせりゃ気が済むんだァ!」
現役の騎士、ソロルの鬼の如きしごきに精神をやられていた。
終わらない剣闘、終わらない走り込み。
これが地獄か、と思わず二人は顔を見合わせる。
「ヴァンもそう思うよね!?」
「カイルもそう思うかぁ!」
相手は教師ではない。
はなから教え導くことを目標にしていないのだ。
王宮騎士団という選ばれし者だけが集う集合体の『常識』を『体験』させているだけ。
「あらあら、若いっていいわねえ」
そんな様子を隅から見ながら、けらけらと笑う女王クラウディア。この女王、いい性格をしている。というか本人も充分若いだろ、というツッコミはさておき。
「そろそろあなたも出てみては? うずうずして仕方ないでしょう、貴方なら」
「では、陛下のお言葉に甘えて」
脇で一部始終を見ていたアルス・ランフォードも苦笑しながら剣を抜き、その輪に入っていく。
見据えるは頂点、ならばここなど経過点でしかない。
◆
「ふは、今回も惜しいところまではいったな。冷や冷やさせてくれる」
「……ん、かっは」
嗤うソロルに、項垂れるファルニウス。
現役の騎士にたかだか学生がここまでやれているだけで凄いのだが、負けを知らぬ天才からしてみれば屈辱でしかない。
「……見てて面白いのか、アルス」
「はっ、当たり前だ」
「クソが」
睨みを効かせながらファルニウスは走り込みへと移ってゆく。
彼に代わるは、アルス・ランフォード。
努力一つで成り上がった、凡の剣、である。
「ふは、またいい目つきをした者がやってきたものだ。今年は豊作だなあ!」
ソロル・サンスロスは盛大に笑いながら、挑戦者を迎え撃つ。
心根一つ、何処まで行ける。
両者、剣を抜き——
「よろしくお願いします!」
「うむ、さあかかって来なさい!」
まずはアルスが刹那の横薙ぎを喰らわせた。
それを鼻を鳴らしながら受けきるソロル。この程度、魔物に比べれば造作もない。
「筋はいい、『本職』のような鋭さもある。だが惜しい。力、速さ、全て凡の域を出ない」
「……そんなことッ」
そんなこと、わかっている。
どこまでいっても己は凡人。
所詮、天井には辿り着けない、努力という欺瞞で塗り固められた自分というぼろぼろの虚像。
それがどうした。
才能など、この手でいくらでも捩じ伏せてみせる。
「があっ」
しかし、足りない。何もかもが。
本職の騎士の前には、すべて無に帰す。
才能でも、経験でも上回られた自分に何が残る?
答えは何も、
「期待外れか」
残らない、である。
ほんの一太刀、刹那のカウンターにて、虚像が崩れ去る。
「……精進します」
アルスは歯を食いしばり、屈辱に耐えながらその場を後にした。
足りない。ならば喰らうのみ。
アルスはソロルの姿を食い入るように見つめながら訓練場の外周を走り込む。
「……心意気はよし」
ソロルはその様子を視界に入れながら、次の挑戦者を待つ。
◆
「雑魚がァ」
「彼が怖いのはここから、でしょう?」
「…………」
訓練場の隅も隅。
ローグ・オーディンと女王クラウディアは語らう。
お互い、視界に入れるはアルス・ランフォード。
無様に敗れ、走り込む彼の姿をクラウディアは微笑みながら見つめる。
「さあ、見せてもらいましょう。あなたが彼に執着する理由、その一端を、ね」




