第35話 お茶しません?
「ふふ、そんな肩肘張らなくたっていいでしょうに」
アークルード女王、クラウディアの妖艶な笑みを浮かべながら諭す。
アルスは肩を縮こまらせることしかできない。たかだか騎士学生一人と一国の女王である。あまりにも立場が違うのだ。
先程から、メイド服姿の給仕が入れ替わり立ち替わりでクラウディアとアルスのカップに茶を注いでいく。
住んでいる世界が違いすぎて、アルスは目を白黒させることしかできない。
要するに、詰んでいるのだ、最初から。
「細かい礼儀作法など気にしなくて良いのです。私はあなたそのものに興味があるのですから」
「……は、はあ」
「噂は聞いていますよ。王立学校期待の星、最近めきめきと実力を伸ばしているようじゃないですか」
「そんな、自分は陛下のお目にかかるような人材ではありません」
上を見ればキリがない。
ファルニウスという明らかな天井。
他の騎士学校にもそのような生徒はいるだろう。自分はせいぜい、成績優秀な秀才止まり。
だからこそ、わからないのだ。この女王が、それほどまでに自分に執着する理由が。
「ローグ・オーディン——私は彼の翼を自由にはためかせる権利を与えているのですよ。これだけ言えば、お分かりで?」
「……!」
ローグ・オーディン。
『最強』と名高い王国随一の騎士。当然、そんな男が自由な行動を許されるはずもなく。
彼は女王のお膝下、王宮騎士団のそれ相応のポストに就いている、ということになる。
彼もまた、なぜか自分に執着している。
そこに、女王が自分を気に入った何かがあるはず。
その理由を上手く頭の中で紐づけようとするアルスだったが——
「まだ、難しいですかね。何せ『先』のことですから。あなたがこの先どうなるか、どう立ち回るのかもまだまだわからないのですから」
「……それも、そうですね」
「いいのですよ、気にしなくて。別にあなたを試した訳ではありません。未来など、誰にもわからぬことなのです」
クラウディアはカップを手に取ると、アルスも息を呑むほどの所作でそれに口をつける。見た目こそあどけない少女だが、優雅で、艶やかで、それでいて妙な色気があった。
アルスも見よう見まねでお茶を飲もうとするが、どうも上手くいかない。こんなことになるのであれば任意履修の貴族社会でのマナー講座でも受けていればよかった、とアルスは内心後悔する。
「そうですね、あなたの緊張を解くためにも少し気楽な話でもしましょうか」
「気楽な話……とはなんでしょうか」
「あなたの普段の学生生活の話ですよ。なんでも構いませんよ。私を学友とでも思ってもらえれば」
「……そんな恐れ多いことはできませんよ」
「あら、困りましたね。ではこれでどうでしょう。これは女王陛下からの命令です、だとか」
「…………」
まるで人物像が掴めない。
蛇の如く人を絡めとる思慮深さを見せることもあれば、こんな風に年相応の少女の姿を見せることもある。——そもそも、王というのはそういう多面相なものかもしれないが。
命令なのだからしょうがない。
腹を括って、アルスはほんの少し砕けた態度でぽつりぽつりと学生生活のことを語っていく。
「ふふ、面白い」
ときおり、こんな風に純真無垢な笑顔を見せることがあるのだ。
だからこそわからなくなる。ある種魔法のような、人の心を動かす力。
アルスが気づくと随分時間が経っていたようで。
「……すみません。喋りすぎてしまいましたかね」
「いいんですよ。私は大変満足しました。このような気持ちになったのは久しぶりです。初々しいというのはいいものですね」
「それならよかったです」
「少々思うところがあるとすれば、ローレンス家の令嬢さんに嫉妬してしまうくらいですかね」
「……は、はは」
アルスは思わず苦笑する。
まさか看破されるとは思わなかった。アルスからしてみれば、学友のことは平等に話していたつもりだったのだが。
「こほん、ともあれ、そういう関係は大切にすべきですよ。彼女もまた、私と同じく力あるところに生まれた者。少なからず、あなたの存在に助けられているはず。本心を打ち明けられる相手がいないというのは辛いものですから」
「…………」
「あなたの話を聞いていると、もし身分が違ったならば——たらればですけれど、私とあなたが同じ平民だったとして。あなたと同じ時を共有できたらいいのになと思ってしまいます」
「陛下、いくらなんでもその発言は」
周りの給仕の視線が、アルスの方へ刺さる刺さる。
肝を冷やすしかない。
この女王、自分がどれだけの立場にいながらどれだけの発言をしているのかわかっていないのか。
「立場は弁えているつもりです。それでもなお、あなたには伝えたいと思ったまでです」
(……頼む、いい加減にしてくれ)
さらにいたたまれない空気になり、思わず内心愚痴るアルスであった。
だが、悪い気はしないのだ。
自分のこれまでの努力を認められたような気がして。
思えば、対等な仲間というのは少なかった。
自分と同じ心意気、心根一つで成り上がろうとするような仲間は。それこそ、傷の舐め合いとも言えるような関係性は、ない。
上か、下か。
他人をそのような尺度でしか図ったことがない。
そこまで気づいて、言外に自分の悪所を指摘されているような気になって、アルスは女王の強かさに内心恐れ慄く。
一方で、クラウディアも思うのだ。
片や生まれながらに進むべき道を定められた身。
自分はこうするしかなかった。
諦めるしかなかった。
どれだけ内に秘めたる思いを持ちようと、立場がそうはさせてくれない。
だからこそ、心根一つで成り上がろうとする——その行動に移れる時点で、アルスのことを羨ましいと思ってしまう。
王に選択肢はない。
進むべき道を日々邁進するのみ。
何かを『成し遂げたい』から事に及ぶのではなく、何かを『成さねばならない』から事に及ぶ。
その違いが、ひどく羨ましいのだ。
彼はローグ・オーディンの『弟子』、だからこそこのような会合も許されている。今はこんな脆い関係性に過ぎないが。
(……なんて、いつか本当に『そう』なる日が来るかもしれませんよ?)
内心そう思いながら、クラウディアはふわりと微笑む。
いつの日か、彼が自分の下で働く——いや、そうではないだろう。
彼と同じ立場で、対等な立場で働く、そんな夢を見るのは傲慢だろうか。
決して直接口にはしない。
ただ、結果的にそうなるのであれば悪くない、と王宮の蛇は胸中でくつくつと嗤う。




