第32話 まさかの評価
「さあ、とりあえず旗を取ろう」
「あんたが取りなさいよ、一番の貢献者なんだから」
「はいはい」
勝負が終わった束の間。
アルスとセリーナは語らう。
もう、決着は決まったかに思われた。
それを嘲笑うように、
「まだまだ遊び足りないだろ、アルス」
刹那、上空からファルニウスの斬撃が迸る。
奇襲に次ぐ奇襲、単独行動していたファルニウスがこの『遊び場』の匂いを嗅ぎつけない訳がなかった。
「……ッチィ!」
「あっは」
アルスはなんとか剣の柄でそれを受け止めた。
この時を待っていたと言わんばかりに、ファルニウスは獰猛な笑みを浮かべる。
「これだからお前は弱い。結局、切り捨てられないじゃないか。凡人のくせに仲間、女に縋って、心の拠り所を作りやがって。そんな甘い考えで天を掴めると思うなよ」
「……っうるさい」
「図星か、はは」
ファルニウスの伸びるような斬撃がアルスを襲う。
これがアークルードの綺羅星。
誰よりも速く、強く、それでいて正確無比。
「——わかってたよ、お前が来ることくらい」
「嘘つけ」
「俺の反応速度で、お前の奇襲に反応できるとでも?」
「面白い自虐だ」
ファルニウスの動きは魔獣に近い。
理屈に頼らない、感覚による剣捌き。
だからこそ次の動きが手に取るようにわかる。
ローグとのダンジョンアタックで鍛えられた極限状態での頭の使い方。
(問題はわかってても追いつけない所だが!)
ファルニウスの体の動きの“起こり”を見極め、即座に反応する。間違えれば死。そんな死線は何度も潜ってきた。それに比べれば、これぐらいどうということはない。
「——面白くなったじゃん、アルス」
「……ハッ」
ファルニウスの会話に返す余裕はない。
全身の血液を巡らせ、集中する。
(わかってんだよ、最後にお前が来ることぐらい、な)
今回の勝負はあくまで旗を手にした者の勝利。
ファルニウスのおままごとに付き合う必要はない。
だからこその、機転。
なんとか間隙を縫って、セリーナに目配せをし、合図する。
(……!)
セリーナがこくりと頷いたのを確認し、アルスは再びファルニウスの剣を見極める。
さらに、バレないように旗の遠くへと誘導する。
この間にセリーナが回り込めれば良い。
(間に合え、セリーナ)
瞬間、どろりとファルニウスの黄金の瞳が濁り、
「ねえ、楽しもうって話じゃなかった?」
「……!」
ファルニウスの冷酷な声が響く。
アルス、いやこの場でこの勝負を見届けていた誰もが怖気付き、身震いする。
この天才が本気で怒ったら、どれほどになるのか。
『お遊び』と称して剣を振るっていた彼の本気は、どんなものなのか。
——その片鱗が見え隠れする。
ファルニウスは即座にわざと体勢を崩し、方向転換しながらアルスの剣を捌く。
「そういえば、ここのみんなって俺の本気見たことないんじゃない?」
捕食者の目つきで、嗤う。
これがアークルードの綺羅星なのだと。
これが神に愛されし剣なのだと、証明すべく。
ファルニウスの神速の横薙ぎが、アルス、さらにはセリーナもまとめて、狙いを定める——
「馬鹿が」
「うわっ!?」
その瞬間、アルスは立ち尽くしていたカイルの体を引っ張り上げ、盾のように扱ってみせた。
「!?」
突然のことに、さすがのファルニウスも目を白黒させる。
こうして生まれたほんの一刻、それさえあれば——
「取ったわ!」
セリーナが旗を掲げる。これが、勝利の合図。
「——つまんな」
ファルニウスは不貞腐れたように頬を膨らませ、剣を手放す。消化不良な思いを抱えながらも、勝負は勝負。あっさりと負けを認めた。
「ちょっと! いきなり僕を盾にするなんて聞いてないんだけど!」
「悪かったって。でも、仲間もしくは魔獣の死骸を利用する——本物のダンジョンでも通用するんだがな」
アルスはカイルのやっかみに耳を塞ぎながら反論してみせる。ちなみにこの反論も実体験を元にしている。
「ひどい! 友達だろ!」
「その友達が死ぬことだってあり得る。ダンジョンはそういう場所だろ」
「それはまあ、そうだけど……」
なんとかカイルを言いくるめ、アルスは内心胸を撫で下ろす。
アルスがセリーナの方を見やると、やけに誇らしげに胸を張っていた。
「アルスがおっぱい魔人なんかに負ける訳がないでしょ、ばーか」
「え、セリーナ、ファルニウスのその一面知ってたの!?」
「……なんでばれたの」
「女の噂話はすぐ回るのよ! ばーか、これもアルスをけちょんけちょんに挑発した報いだと思いなさい!」
「……これは、非常にまずい」
周囲はあまりの雰囲気の変わりように唖然としていた。
『神剣』ファルニウス・セリオンの本気、からの『おっぱい魔人』のファルニウス・セリオン。
なんと哀愁漂う落差だろうか。
ともあれ、一件落着。
第一回、ローグ・オーディン監修特別講義は、アルス・ランフォードの小隊の勝利で幕を終えた。
◆
和気あいあいとした雰囲気も束の間、講義の後は勿論、反省会である。
学生にとって最も嫌な時間と言っても過言ではない。
しかもあの『鬼教官』ローグ・オーディンの指摘なのだから耳を塞ぎたくなる。
「まず、最低評価の組から発表するぞォ。ほれ、ファルニウス小隊」
「げっ」
「げっ、じゃねえんだよボケナス。何を思って仲間無視して単独行動してんだよ。一番ありえねェわ。出席点剥奪するぞ」
「…………」
ファルニウスがわかりやすくしゅん、と落ち込む。
セリーナに例の件をバラされ周囲の女子生徒の評価がダダ下がりしていたことも要因である。というか、そこが大半。
「次、ありえないドベがいたから許してやらんこともないが、低評価、ゲニング小隊。一番危険なのはファルニウスってわかってたろ。気配も消さずに堂々としてりゃそりゃ捕まる」
「……その通りです」
「あとゲニング・エルヴィ、その後の単独行動も低評価。何故尾行されているとわかっていながら旗に手を伸ばした? というかその前にさっさと撒け。一人なんだから融通効くだろうがァ」
「……はい」
「そんでもってこっちも低評価、ヴァン小隊。何おいしいところ奪い取った気でいやがる。あんなん偶々、偶然上手く行っただけだろ。しかもそこをアルスにぶんどられると来た。お前達は何してたんだァ?」
「……ッ」
先程から散々な評価である。
というか、そもそも旗を取れなかった時点でほぼ最低評価に近い点数を付けられるなどやっていられない。
気分はハズレ教師を引いた時のまさにアレ、である。
「——最後に。アルス小隊」
どうせここも重箱の隅を突くようなことを言われて低評価——誰もがそう思っていたのだが。
「何も言うことはねェよ。可もなく不可もなく、ってところだなァ」
まさかの高評価に面喰らう一同。
旗を取れたから? それだけでは説明がつかない。
「まず、マッピング。これはダンジョンに置ける必須作業な。これを一番正確、下手をしたら本職の騎士並みのものをやってのけたのがこの小隊。無駄もない。接敵も最小限、それでいて他小隊との行動範囲も考慮していた」
皆、その評価に口を開ける。
アルス・ランフォードの指示によるものなのは間違いないだろう、それだけのことをできるのはあの小隊に彼しかいない。
あの勝利は実のところ、限りなく確実に勝利を掴めるよう、アルスの采配によるものが大きかったのだ。
「ただし、高評価はつけん。これで満足してもらっちゃァ困るからな。——ともかく、だ。これがお遊びの見習い騎士と本職の騎士の差、だ。ダンジョン攻略は結局のところ実践経験が一番なんだよ、それを胸に刻みこみながら今後の講義を受けるんだな。以上」
ぱちぱちぱちぱち、拍手が降り注いだところで、ローグが顔をしかめながらその場を後にする。
「代わりまして、担任のゲイリーです。皆さん本日はお疲れ様でした——」
アルス・ランフォードに何があったのか。
ローグ・オーディンは彼に何を仕込んだのか。
一同は、傷だらけ、痣だらけの彼を、探るようにじっと見つめていた。




