第31話 圧倒
「旗を探せと言われても土地が広大すぎるよ、いったいどれだけ探せばいいのやら」
カイルは嘆息する。
広大な敷地の中にポツンと配置される旗を見つけるなど無理がある。勿論、複数に別れて捜索すれば負担は減らせるが、現実のダンジョンでそうはできない以上、今回の講義でもそれは難しい。
八方塞がりな状況と言っても差し支えない。
「……考えがあるんだが、二人とも、いいか?」
ヴァンがおもむろに口を開き、カイルと少女に問う。
「——たしかに、それならアリかも」
「わ、わたしも賛成です!」
◆
フィーネを囮にし、一人残されたゲニングは森の中を必死に駆けていた。
(とんだ災難だった……。ひとまず俺一人でも逃げられたは良いものの……)
一人で行動しているということはつまり、他の組に捕捉された時点で脱落。かなりの不利な状況に立たされたことを意味していた。
やれることと言えば、他の組に気付かれることなく後を追い、旗を横取りするしかない。
ただ——
(俺をつけてるのか!?)
気配を隠しもせずに、ゲニングの後を追ってくる三人の足音。見逃されているのか、泳がされているのか、いずれにせよ決して楽観できる状況ではない。
ただ、一人になり、身軽になったことで捜索範囲はかなり広がった。後を追われているにしろ、ここで賭けに出るしかない。
辺りを必死に見回し、旗を見落とさぬように首を上下左右に振る。
(——!)
あまりにも幸運、ゲニングの目の前によく目立つ黄色の旗が掲げられていた。
(ここで仕掛けてくるか!? いや、いずれにせよ、今ここで取りに行くしかない……!)
ゲニングは旗を手に伸ばすが——
「引っかかったなァ!」
ヴァン・ガウニールの獅子の如き咆哮が響き渡る。
◆
(——今だ)
アルスの目配せと共に、セリーナとソアレの二人が頷くと、ヴァンの組とゲニングが交戦している間に突入する。
まずはセリーナが流れるようにゲニングの伸ばした腕を弾く。そのまま旗と相手の間に陣取り、これでアルスの組は旗を守る側となった。
「んな馬鹿な!」
ヴァンが吐き捨てる。
ここまでアルス達の気配に全く気づかなかった。
自分たちは追っているようで追われていたのだ。
「諦めないで、ヴァン! まずはセリーナを無力化することに集中しよう!」
カイルと横の少女はセリーナに対して剣を向けようとするが——
「それが出来たら、な」
斬。
アルスの重き一閃により、ヴァンの組の少女は脱落、カイルも後退を余儀なくされる。
「——アルス!」
カイルはその様相に思わず怖気付く。
この数週間、自分は伸びたはずである。彼に習い、基礎を重んじ、取りこぼしがないよう積極的に努めてきた。しかしアルスは、編入試験の時の雰囲気などゆうに超えていた。
その身に纏うは、強者の鎧。
今までの彼とは何かが違う——
「遅い」
そう感じた時には既に、手遅れ。
アルスの閃光の如き一閃がカイルの手元を抉る。
「なっ、」
カイルは反応速度には自信がある方である。天性の才を持っているとも自負していた。
ただそれ以上に、アルスの刃は力強く、速かった。
まるでファルニウス・セリオンに、ハワード・シグムントに——圧倒的強者にやられた時のような剣の影を、そこに見る。
(嘘、なんで)
カイルの手から騎士剣がこぼれ落ちる。
閃光の如き一閃、天へと掴みうる何かを、そこに見た。
◆
「負けてたまるかよ!」
カイルが呆けたままその場に立ち尽くしている中、ヴァンは叫ぶ。
負け犬の遠吠え?
何が悪い。
何度もアルスに負けた。負けて負けて負けた。
ならば名門のプライドなど必要ない。
元々己は、挑戦者であるのだから。
ヴァンは勢いのままに剣を引き抜き、力ずくでソアレの剣を弾き、蹴り飛ばす。
「ごめんなさい!」
悲鳴と共にソアレがその場に倒れ込む。
旗までの障害物、残るはセリーナ・ローレンスのみ。
「悪いなセリーナ、そこはどいてもらうぜ!」
獅子の如く突貫。
見据えるは旗のみ、最短最速で、決着をつける。
◆
一方のセリーナは逡巡していた。
このままヴァンに背中を向けて旗を取ることは出来ない。背中を向けた瞬間、ヴァンの突貫が自分の背中を襲うだろう。
だが、このまま彼を相手取ることは可能だろうか、今の彼は勢いづいている。学内の序列でも彼よりは下。正面切って戦えるかと言われたら、否である。
だから思わず、“彼”の方を見てしまう。
清々しいほどに頼りになる、逞しい背中。
いつも“彼”の努力を隣で見てきた。
ダンジョンで、身を挺して守ってもらったことだってあった。
こういう時、なんだかんだ言っていつも助けてくれるのは、“彼”だった。
信じているのだ。狂気じみた努力を裏付ける、傷だらけの、“彼”の姿を——
「疾ィッ!」
セリーナの想いに応えるように、ヴァンの背後から、アルスの蹴りが炸裂する。
「が、は」
突貫の勢いも相まって、ヴァンは地面に転がされる。
セリーナが呆気に取られていると、そこにはアルスの姿があった。
いつも、彼は助けてくれる。
今日だって、ピンチを救ってくれた。
それが、どこかもどかしくもあり、誇らしいと思う自分もいる。
『かっこいい』騎士——そう言われ真っ先に思い浮かべるのは、憧れ、追いかける、彼の背中。
「これで、満足か? お嬢様」
らしくもない、キザな言い回し。
でも、どこかそれが心地良くて。
「生意気ね。そんな軽口叩くなんて数年早いわよ、ばーか」
「はは、そりゃ悪かったよ。ちょっとくらい、助けてやった礼でもしたらどうさ」
アルスは苦笑しながら、辺りを見回していた。
違う。
自分が言いたかったのはこんな当たり障りのない返しではなくて——
「——あ、ありがとう」
彼は受け入れてくれるだろうか、こんな駄目な自分を。
「……素直なお前は、気が狂うな」
アルスはセリーナの艶やかな金髪をくしゃりと撫でながら、笑みを漏らす。
そんな彼を見ていることができなくて、自分の頬が火照っているのを感じながら、セリーナはアルスから目を逸らした。




