第30話 違いを見せつける
いよいよローグ・オーディン監修の実践的なグループワーク講義が始まった。
舞台は編入試験でも使われた、アークルード騎士学校敷地内の森の中。
ランダムに配置されたダンジョンの“ヌシ”に見立てた旗の在りかを見つけ、先に辿り着いたグループの勝利、である。
「なるべく接敵はしない方向で、セリーナは前方、俺が左右、ソアレは後方の確認を頼む」
「「了解」」
アルスの組は、逐一周りを確認しながら、他グループとは接敵しない方針で行軍を進めていた。
狙うはヌシを模した“旗”一点のみ。
若干運も絡むだろうが、充分立ち回りでカバーできる範囲だとアルスの脳内が結論づける。
「——よし、問題ない、進むぞ」
(……っ。不気味だわ)
(雰囲気が違う、いったいアルス君に何があったの)
そんな様子を見ていたセリーナとソアレは慄く。
ローグ・オーディンと“何かがあった”のは知っているがどのような日々を過ごし、どのような生活を送っていたかまでは、二人とも知らないのだ。
アルスから発せられる異様なオーラとも言うべきものに、思わず口を紡いでしまう。恐らくこれが、彼のこの数週間の『成果』だと勘づく。
(どんな日々を送ったらそうなるのよ……)
傷だらけのアルスを憂いながら、セリーナは彼の身を案じた。ただ、それ以上に安心すら覚えてしまう。
——彼の言う通りに動いていれば間違いない。
学生でしかない彼に、どこか本職の騎士のような安心感を抱くのだ。
確かに、冷酷である。
確かに、他を寄せ付けはしない圧倒的な“個”である。
それらは安心感とは程遠い物だろう。
しかしなぜだろうか、ロレーヌでのダンジョン騒動、彼に守ってもらった時のことを、思い出してしまうのだ。
◆
「……ついてない、最悪だ」
ゲニングは思わず舌打ちする。
「どうかしましたか」
「掻き乱しやがって。これだから天才は」
「……?」
フィーネが眉をひそめながら問うが、すぐにその理由を理解し、目を伏せる。
「——単独行動、褒められたものではありませんね。『神剣』のファルニウスさん」
「ん、どーもっ」
高方から跳躍してきた、ファルニウスの慣性の乗った剣が炸裂する。
「……くっ!」
それをフィーネはなんとか歯を食いしばり受け止めた。
ゲニングの組が開始早々真っ先に遭遇したのは単独行動していたファルニウス・セリオンであった。
今回の講義はグループワーク、故にこの行動は決して褒められるものではない。
だが、神に愛されし天才には関係のないこと。
周囲の評価などクソ喰らえ、エゴの塊はどこまでも突き進む。
彼にとってはこの舞台も、丁重に作られたお遊びの場でしかない。
「特別講義、その意味はわかっていますよねっ!?」
「関係ないね。俺は実際のダンジョン攻略でもこうする。それが一番手っ取り早い」
ファルニウスは弄ぶようにフィーネの剣をいなし、そのまま反撃を喰らわせる。
(旗は残り二名にでも任せてるのか……? クッソ、わかっていたことだがこいつの周りにいると碌なことにならん)
ゲニングは即座に思考を巡らせ、決断する。
「撤退だ、こいつに付き合ってちゃ旗どころじゃなくなる」
「……っですね!」
フィーネはなんとかファルニウスの猛攻を耐え凌ぐが、もう一人はファルニウスに難なく潰されてしまう。こうなった時点でグループは残り二人、勝ちの目は薄いが僅かな勝機に賭けるしかない。
「私が囮になります! ゲニングはそのまま旗を探してください! まだ負けが決まったわけじゃありません!」
「……っ。わかった」
ゲニングは隙を見て、この場から脱する。
自分一人で旗を探すことになってしまうが運が悪かったと割り切るしかない。
「……つまんないな」
「せいぜい、私で満足してください」
フィーネ自身でも、この数週間、アークルードに来てから伸びたとは感じていた。少なくとも、ファルニウスに瞬殺されるようなレベルではない。
だからこそ、時間稼ぎに徹する。
チームの勝利のために。
「本気でいくよ」
「ええ、どうぞ」
◆
それぞれの組がそれぞれの動きをする中、ヴァン・ガウニール率いる組は順調に探索を進めていた。
「ファルニウスの組の子達は簡単に倒せちゃったね」
「三対二、それも主力を欠いての戦いだ、成功させなきゃ困るわ」
「じゃあひとまずは、ファルニウスと接敵しないのが僕たちの目標だね」
「まあそうなるが——アルスの動きが気になるな」
「……確かに」
「あいつはローグ先生と何かやったんだよ、でなきゃあんな怪我ありえねえ。となればあいつは何か仕掛けてくる」
「僕たち以上に伸びてる可能性があるわけだ……」
ヴァンとカイルの会話を聞きに徹する残りの一人の少女。もともと自分は、彼らのように戦闘が得意なわけではない。
自分のグループが勝つためには、必ず足手纏いになる、彼女はそう感じていた。
「な、ならもしもの時はわたしが囮になりますので——」
勇気を振り絞って声を出す。
自分の貢献などたかが知れている。ならいっそのこと——そう思った故の発言だったが、
「馬鹿かよ、負ける時は全員一緒だわ」
ヴァンに一蹴される。
「今回の講義は現実のダンジョン攻略を模しているわけだろ? なら、現実で仲間の命差し出せるわけねえよ」
「そうだよ、一緒に頑張ろう! 僕たちは気にしないからさ」
カイルの後押しもあって、意見は却下されてしまう。確かに彼らの言うことは一理あった。現実のダンジョンで、自分が命を差し出せるとは思えない。
「は、はい……」
ひとまずはついていくしかない、と必死にヴァンとカイルの二人の背中を追う少女であった。
◆
講義の様子を見ていた、担任のゲイリーは訝しむ。
今回の特別講義はあくまでオリエンテーション、大規模な物とは言えど、最初から実践的な動きを求めている訳ではない。
まずは生徒に、広範囲に渡る目標の捜索の感覚を掴んで貰えればいい、そういう意図の講義である。
(アルス・ランフォード——なぜ彼の組だけが、本物の騎士のように動けているのですか)
一組だけ違う、明らかに洗練された動き。
様子からしてアルス・ランフォードの指示なのは間違いない。
まるで本職の騎士による指示が飛んでいるような——。
驚きの様相を隠せないゲイリーに対して、横にいたローグが自慢げに鼻を鳴らす。
「これが、実際に現場での経験を積んでいるやつとそうでないものの違い、だ」
「……ローグ先生、彼をここまで育て上げるなんて、一体どこまで、何をすれば」
「俺を見て真似をし、自身に活かす。それだけだ。騎士として一番の『手本』があるのに、なぜここの生徒は出来ないんだろうなァ」
「……彼はそれが出来た、ということでしょうか」
「答えてはやらんよ」
『最強』の騎士、ローグは嘲笑う。
存外、弟子の活躍に喜びを隠せない様子だった。
しかし、その笑みから漏れる狂気に、思わずゲイリーは後ずさった。
これが天を掴むものと、そうでないものの違いだと、理解する。
◆
(一見、運頼りに見えるが、この勝負、適切なマッピングを行った組が勝つ)
アルスの組は、アルスの脳内で行われる適切なマッピングに基づき、森の中の捜索を行なっていく。
これもローグとのダンジョン攻略で育まれた技術である。
(そろそろ検討もついてきた、だが問題なのは——)
アルスは旗の在りかの目星はついている。
だがそれ以上に憂慮すべきなのは、今まで避けてきた戦闘に入らねばならないかもしれないということ。
「足音が聞こえるわ、二人とも注意して」
セリーナの警告に顔をしかめるアルス。
ここにきて行動範囲がぶつかった。
(相手がファルニウスじゃないなら、勝てる目算はあるが)
「どうすんのよ、アルス。ここは迂回していく?」
「いや、このままだ。旗があるのは足音の方向なのは間違いない。ここが勝負所だ」
「……信じていいのね」
「ああ、間違いない」
「なら、私も賛成だよ。アルス君が言うんなら間違いない」
「……わかったわ」
セリーナ、ソアレの二人の賛成を元に、アルスの組はむしろ足音の方向へと進んでいく。




