第29話 得た知見、それは職業としての『騎士』
アルス・ランフォードが編入早々休学してから、数週間が経とうとしていた。
同じく編入組のカイル、フィーネはそれなりに学校にも馴染んできており、各自一抹の不安を抱きながらも、つつがなく学校生活を過ごしていた、そんな時である。
編入早々休学していたアルス・ランフォードが帰ってきた——アークルード騎士学校、四学年の教室では、その話題で持ちきりだった。
「久しぶりだね、アルス——ってどうしたの、その体」
アルスが教室に入るや否や、真っ先に声をかけてきたのはカイルだった。見れば彼の肉体はそれなりにしっかりし始めていて、騎士学校の講義の成果が早速出ているようだった。
「……ただちょっと、“外”で色々あっただけだ」
そう言うアルスの体の随所には包帯が巻かれており、傷だらけの痛々しい様子が垣間見える。
「ちょっとどころじゃないと思うけど」
「カイルにとっては関係ないだろう」
「僕ら、友達だろう? 何かあるんなら言えよ!」
休学期間に何かあったのは明白。
心配そうにフィーネも駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、その傷は。ダンジョンに巻き込まれでもしていないと説明がつきません」
「二人してどうしたんだ。別にこんなの心配されるほどのものでも——」
「心配されるほどのものだから言っているんです!」
「…………」
遠からず、フィーネの心配は当たっている。
アルスはローグ・オーディンの指導の下、無茶なダンジョンアタックを繰り返していた。ブランクがあったのも災いし、魔獣や魔術師に手負わされた回数は数知れず。それが今のこのアルスの惨状の要因である。
「俺は楽しみだけど——ねえ、アルス」
この状況でも、ファルニウスは満足げに唇を吊り上げて笑っていた。彼にはわかっているのだ。アルスがどんな修羅場を潜り抜け、ここに舞い戻ってきたのかを。
「俺に何を求めているかぐらい、わかっているつもりだ」
「それでこそアルス・ランフォード、だ」
「……ふん」
一触触発の二人の中に割って入ってきたのはセリーナであった。
「あ、あんた。また無茶をして!」
「お前に言われる筋合いはない」
「筋合いもどうもこうも、友人がこんな目に遭って平気でいられる方がどうかしてるわ!」
「セリーナ、俺は騎士の道に進む限り“妥協”はしないと決めている」
アルスは真っ直ぐとセリーナの瞳を見つめ、続ける。
「それに、この道を薦めたのは君自身だろう。それでありながら、俺が何事もなくその道を歩めると思ったか? そんな自分勝手が通用するとでも?」
「……っ」
ここでセリーナは自分がいかに楽観的に物事を考えていたかを知る。
アルス・ランフォードはどこまでも自分を痛めつけ、負荷をかけ、前へ進む人間だったのだ。一度剣を置いていたことですっかり忘れていたが——
「アルス、そんな言い方しなくても……!」
カイルが眉尻を下げ、アルスの顔色を伺いながら訴えかけた。
「静粛に」
ここで、担任ゲイリー・ベルクナーの一喝が入る。
「もう朝のホームルームの時間ですよ。それに、今日からあなた達はより実践的な講義を受けてもらいます。丸一日かけてのグループワーク——より実際のダンジョン攻略に近い形で演習を行います」
どよめく教室。まるで示し合わせたかのようなタイミングで、アルス・ランフォードが戻ってきたということはつまり。
「お手並み拝見、というわけか」
神に愛されし少年、ファルニウスは嗤う。
◆
四学年ともなれば、二年経てば各々が騎士団に入団していく時期。そろそろ進路のことを見据えていかなければいけない時期である。
そんな中の、『実践的な』グループワーク。
この時期の成績は騎士団の就職にも大きく関わってくる。明らかに重要な講義が出てきたことで、生徒達の雰囲気はピリピリとしていた。
「噂によるとこの講義、ローグ先生の監修らしいぜ」
「ローグ先生ってもしかしてアルスの——」
三人一組のグループ分け、ヴァンとカイルは同じ組に振り分けられていた。
今の時間はというと、簡易なルール説明、及び各々のグループの意見の擦り合わせのために設けられた時間である。
「要するに、わざわざ『弟子』を休学させたことに見合う成果をこの講義で出させるつもりなんだろ」
「……じゃあ僕たちのチームは不利ってことになるのかなあ」
「そんなこともねえだろ。この数週間、お前は慣れない環境でよく伸びた。驚くほどにな。その成果を逆にアルスに見せつけてやろうぜ」
「う、うん!」
そう、何を隠そうカイルは、アルスがいない内に伸びた人間である。
元々剣に関しては人一倍の才能があったが、教育を充分に受けていられなかった身。それがアークルード式の基礎を重んじる学習環境とマッチしていたのだ。
「ヴァンも頑張ろう、お互いにさ。リベンジマッチになるかもしれないんだ」
「そうだな。俺も今回は、タダで負けてはやらねえよ」
◆
グループ同士の交流が深まり、教室が活気に溢れる中、アルスの組はというと——
「私がリーダーをやるわ。あんた、そんな怪我じゃ指示どころじゃないでしょ」
「心外だな、セリーナ。実力では俺に手も足も出ない癖によくそんなことが言える」
「あんたねえ! こっちは心配してるって、わかって言ってるの!?」
「実際のダンジョン攻略でも協調性が求められる。セリーナ、いい加減にしてくれ。俺の指示に任せろ、と言っているんだ」
「ま、まあまあ二人とも落ち着いて——」
アルスとセリーナの間には険悪な雰囲気が流れ、それをお互いの友人でもあるソアレが嗜める、と言う構図になっていた。
「まず、今回の講義のルールは、編入試験でも使われた巨大な森が舞台だ。それをダンジョンに見立てている。森の中に隠された、ヌシに見立てた“旗”を最初に手にしたグループの勝利、だ」
「何解説面してんのよ、アルス」
「セリーナ、うるさいぞ」
「ちょっと二人とも、グループワークなんだから我慢してよ。急にどうしちゃったの」
アルスからしてみれば何度もこなしたダンジョン攻略、それのままごとというのだからこのような態度になってしまう。
他の生徒達にとっては重要な講義だったとしても、アルスにとってはお遊びにしか見えないのだ。
「ともかく、俺がマッピングをするし、俺が指示をだす」
「横暴だわ」
「それで勝てるに越したことはないだろう」
「……本当に言ってるのね」
「ああ。今回の講義は、戦わずして勝つ。それが俺たちの目標だ。ファルニウスがいる以上、接敵して損することはあっても得することは一つもない」
「……具体的な考えはある、と」
ローグ・オーディンとのダンジョンアタックで積み重ねた、“実戦経験”。
それは決して誰もが羨むような甘い訓練でもなかった。辛く、厳しい、苦い思い出であった。
しかし、同時にそれは彼を騎士たらしめる一因ともなる。
だからこそ、言葉一つ一つに重みがあった。
「……わかったわよ。ひとまずはあんたに任せるわ」
セリーナも喉まで出かかった言葉を押し込み、ひとまずはアルスに賛同する。
こういう時の彼が、どれだけ頼りになるかは、身を持って知っているから。彼がどれだけの修羅場を潜り抜け、ここに舞い戻ってきたのかは、身体についている数々の傷や痣が物語っている。
◆
「それでいい、学生風情に本物の騎士がなんたるか、教えてやれ」
ローグは唇の端を僅かに歪め、嘲るような笑みを浮かべた。
その瞳の先は、アルス・ランフォード。いよいよ、手塩にかけて育てた『弟子』の晴れ舞台、である。
「ここで浮き彫りになるのは、お遊びとしての騎士、職業としての騎士、その違いだァ」




