第28話 魔術師狩り
魔術師——そう呼ばれる彼らは魔大陸からダンジョンを通じてやってくる。その目的は未だ不明だが、人類を目の敵にして襲ってくるのは共通の特徴である。
「いいか、魔術師はどんな術理を使ってくるかわかったもんじゃねェ。初見殺しの魔術だってありえる。油断すんなよ」
「わかってますって」
「ならいい、足引っ張るなよ」
「……はい」
ローグとアルスが見据えるは、目深に白のフードを被った人型の化け物。
「……悪趣味なこった」
服装はまるで聖職者、ところが中身は腐臭のする人型の異形なのだから業が深い。
(お荷物一人抱えて狩るのも慣れたもんだ——が、こういう“違和感”は頭の隅に入れとこうか)
『最強』の騎士であるローグでさえ慢心はしない。何をしてくるかわからない、それが魔術師の怖さであるのだから。
ローグの目配せの合図と共に、二人は駆け出した。
これも魔術を使わせないうちに倒したいのが本音、悠長に相手が魔術を発動するのを待っているわけにはいかない。どう足掻いても出たとこ勝負になってしまう、これが対魔術師戦の怖いところである。
「◼︎◼︎◼︎◼︎!!」
魔術師が取ったのは拳闘の構え。魔力を帯びた拳ならば、ただの徒手格闘でさえ人体を葬り去る力を持つ。
「ンなもんに付き合うわけねえだろうが」
ローグは間合いを取りながら正確無比に剣でそれらを捌いていく。
「◼︎!?」
魔術師はその圧巻の剣技に目を見開いた。
自身の徒手格闘には絶対の自信があった。それをこうも崩されてはたまらない。
尚もローグは間髪入れず斬撃を挟み、魔術師の両腕を切り裂いた。
魔術師は即座に距離を取り、危険域から離れる。この男の間合いに入って勝負しては埒が開かない。それだけの隔絶した実力があることは確か。
一方で、ローグもその判断を見て警戒心を強める。
どんな魔術を扱うかは、実際にこの目で見なければわからないのだから。
「……『◼︎◼︎◼︎◼︎』」
詠唱の後に、みるみると切断された両腕から肉塊が生えてくると、次第にそれらは魔術師の両腕を形成していく。
「治癒魔術かァッ!」
ローグが吐き捨てる。
下手をすれば無限の再生力。どこまで集中を研ぎ澄ませ寸分違わず斬り伏せられるか、これはそういう戦いになった事を意味する。
「……な」
これを見たアルスも顔を顰めた。ただの攻撃魔術ならまだいい、ところがこれが変化系となると厄介。下手をすればローグ一人で手に負えない可能性だって出てくる。
「何ボケッとしてやがる、意図を汲め、俺の動きを予測しろ、そんで俺の間を縫って斬り刻め」
「……はい」
アルスは戦慄する。自分とローグの間にあまりにも隔絶した差があるのはわかっている。それでいて尚、自分に連携を求めているのだ。アルスが足を引っ張ればローグ自身でさえ危ないこの戦い、ローグはそれよりも連携して手数を稼ぎ、攻撃の密度を上げることを取ったのだ。
ローグの目配せと共に、アルスは魔術師との攻防に参加する。
(レベルが……違う! 思考が追いつかない!)
「雑魚がァ、足手纏いになるなあッ! 猿じゃねえんだから限界まで脳味噌使えッ!」
「……っ!」
わかってはいるが、脳の処理速度が根本から違うのだ。これまでローグと共に訓練と称してダンジョンアタックを続け、それなりに連携はできるようになってきたが、本気の戦いとなると話が違う。
だが、言い訳は言っていられない。とにかくローグの動きから次の行動を予測し、隙間を埋めるように斬撃を叩き込む。
相手はいくら斬り伏せようと再生する異形の化け物。二人がかりでないと話にならないのだから。
「手間かけさせんなよ雑魚がァ」
「◼︎◼︎◼︎◼︎!」
ローグとアルスによる一方的な蹂躙。
魔術師側もなんとか身体を再生させていくが、次第にその速度が追いつかなくなってゆく。
切り離された部位から再生していく肉塊を、完治する前に斬り伏せる。この作業を、相手の治癒が追いつかなくなるまで繰り返す。——そうして、肉塊が肉片となるまで、徹底的に魔術師の肉体を斬り刻む。
「これで終わりだ、遅延ゾンビ風情で調子に乗るな、雑魚がァ」
ローグは余裕綽々と言った様子で、魔術師にトドメの斬撃を喰らわせる。あれほどまで健闘していた魔術師の身体は幾多もの斬撃で切り刻まれ、もはや肉片だけになってしまった。
ぼこぼこと泡立つ肉片をローグは忌々しげに踏み潰すと、肉片は潰れてなくなり、再生が止まる。
それと同時に、ダンジョンを維持していたヌシが滅びた以上、ダンジョンも崩壊し始めた。
「終わった……」
その様子をぼうと見つめていたアルスはほっと胸を撫でおろす。
「ボケっとしてんじゃねェ。次、いくぞ」
「……本気で言ってますか」
「この俺に口答えするとはいい身分になったなァ?」
「そういう訳ではない、ですが」
「時間がある限り経験を積め。それがお前と、それ以外の人間の差になる。騎士の現場での動きを知っている、それがお前の、何よりの強みになるんだからよォ」
「……わかり、ました」
思いの外自分のことを考えていたローグの物言いにアルスは内心驚いた。やはり、この男の考えは読めない。
されど、この男にさえついていけば、確かに自分の求めていた騎士の姿に、なれる気がするのだ。
だからこそ、ついていく。
それが狂気の道を歩んでいるのだとしても。
◆
ところ変わって、アークルード騎士学校での剣闘の授業にて。
ゲニング・エルヴィとセリーナ・ローレンスの組の間には険悪な雰囲気が漂っていた。
「集中しろ、セリーナ。剣に身が入ってないぞ」
「……うるさいわね、ゲニング」
「アルス・ランフォードにおんぶに抱っこ、仮にもローレンス家の令嬢だろうに」
「それとこれとは関係ないでしょう?」
「アルスの奴がいなくなってからこの体たらく。少しは調子を戻したらどうだ。彼がときたま休学するのは、別に“いつものこと”だろう」
「……わかってるわよ」
同じ名門御三家同士、確執はある。
それ以上に大きいのが、アルス・ランフォードという少年の存在だろう。
ゲニングは、彼を越えるべき好敵手として認識し、セリーナの方はといえば、彼の勇姿に魅了され、憧れ、背中を追いかける者として認識している。セリーナはアルスから直接教えを乞うこともあった。言うならば、目標設定の差。
この目線の違いというのは、想像以上に大きい。
「ローグ・オーディンの指導が入る以上、またアルスは強くなって返ってくる。彼にあったブランクが埋まる。ともすればもう二度と、俺達は追い抜けなくなってしまう」
「私は彼と並び立てればそれで——」
「その見方がもう駄目だと言っているんだ。俺は御三家の矜持というくだらないままごとに付き合う気はない。だが、彼が行きつく先、もしやするとファルニウスでさえ抜き切った先。そんな狂気とも言える道の果てに、生半可な気持ちで並び立てると思うのか?」
「それは、」
「やるからには全力で、だ。友人として、彼を想うなら尚更な」
セリーナは口を引き結び、ゲニングの物言いを心の中で咀嚼する。
——友人として、彼のことを想うなら。
ゲニングとセリーナ、双方の考えの根っこは同じなのだ。彼がここを退学するまでの三年間、共に研鑽し、高め合ってきた仲。
だからこそ、視点は違えど思うことがある。
「あんなのを続けてたら——アルスが壊れちゃうか、心配にならないの? 現にアルスは一度剣を置いた。友人なら、そこまで慮ってやるのも務めじゃなくて?」
「セリーナの言いたいことはわかる。だけど、あいつはもう止められない。ここに戻ってきてしまった以上、ローグ・オーディンは彼を育て上げる。たとえ壊れた人形のようになってしまったとしても」
「——っ」
言われてセリーナは身の毛がよだつ。
もしやすると、彼はもう二度と引き下がれなくなってしまったのかもしれない。
彼の生まれ故郷、ロレーヌでのんびりと過ごした時期は、彼にとっては、本当に幸せな時間だったのかもしれなかったのだ。
自分が彼を再び、この舞台に引きずり出した。
果たしてそれは彼の気持ちを本当に考え抜いた決断だったのだろうか。答えは出ない。
(アルス。あんたは本当に、大丈夫なの)
ローグ・オーディンについて行き、再び帰ってきたアルスが、どんな顔で、どんな様相をしているのか。
セリーナには見当もつかなかった。




