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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王立アークルード騎士学校
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第27話 アルス・ランフォードの『秘密』

「この学校には『師弟』制度、というものが存在していて、生徒一人に対して個別に教師一人が個人担当としてつくようになってるの」


 ソアレの一言一句を、カイルは食い入るように聞いていた。


「そのアルス君の個人担当が、件のローグ・オーディン。大陸最強とも言われる騎士。彼によって討たれた魔術師は数知れず、とにかく強い、それが彼」

「そんなすごい人が『師匠』だなんて、アルスは羨ましいなあ」

「……それがそうでもなくてさ。成績上位者のみがローグ先生の講義受けられるんだけど、受けた人はみんな口を揃えてあの人の教え方は『鬼』だったって言うの。コンプラ意識の欠片もない、だとか」

「う、うわあ」


 カイルはここで勘づく。アルスの体中の傷、ひょっとしてそのローグ・オーディンにつけられた物なのでは、と。


「まさかアルスの傷って……」

「そう、どうせローグ先生になんかされたんだよ。——ね、アルス君?」


 急に話を振られて、アルスは眉をひそめながらも答えてやる。


「まあ、そうなるな」

「そ、それはひどいよ! 学校側とも掛け合ってさ、『師匠』を変えてもらった方が——」

「いいんだ。俺は、あの人に教えてもらうのが一番強くなれる近道だと信じてるから」

「……でも、いくらなんでもその体は——」


 言いかけて、カイルは口をつぐんだ。アルスの努力への執着。それは知っているつもりだったが、まさかここまでのものだとは思わなかったのだ。とは言え、アルスが必死に頑張っているのにそれを止めるのも何だか違う気がして。


「わかってくれたならいい。……はあ、口を開けばみんなこれだから外野と関わりたくないんだ」

「それはみんなが、それだけアルス君を心配してくれてるってことなんじゃないかな?」


 思いもよらぬソアレの一言にアルスは顔をしかめた。入学したての明るく振る舞っていた頃はまだしも、今の自分にそんな人望があるとは思えなかった。


「アルス君はアークルードに入学してから伸びたよね、もちろんそれが嫉妬を生むことだってあっただろうけど、みんな憧れてるんだよ。自分も努力さえしたらああなれるのかもってね」

「そう簡単になれたら第二第三の俺が出てきてもおかしくないだろ」

「そんなのわかってるって。アルス君はすごい。それでも、アルス君ほどじゃなくても君の後ろ姿を追いかけて伸びた子はたくさんいるはずだよ。それこそセリーナちゃんとか、ね」

「…………」

「あはは、セリーナちゃんの話となるとアルス君は相変わらずだね」

「——うるさいな」


 アルスが露骨に嫌そうな顔をすればするほど、ソアレは微笑む。


「でも、やっぱり私気になるな。アルス君の何がローグ先生をそこまで惹きつけるのか」

「それはアルスが強いからでしょ?」

「それなら入学時から強かったファルニウス君につけばいいでしょ? それに学校も特別扱いでローグ先生の『師弟』関係はアルス君ただ一人。おかしいと思わない?」

「さあな、俺も知らんよ」

「えー、教えてよお。私、気になるなー」

「雲の上の人間の思考なんて気にするだけ無駄さ」

「まあ、確かにね」


 アルスは適当に話を逸らしながら、頭の上に思い浮かべた言葉を振り払う。ファルニウス・セリオンにはなく、己にあるもの。


 狂気。


 アルスは息を吐き出しながら、目を伏せる。

 ローグ・オーディンの思考が読めない。その牙城に己はこれから飛び込むのだと考えると、憂鬱になる。




 ◆




 放課後、アルスは職員室に足を踏み入れた。

 ローグ・オーディン、大陸最強である騎士である、彼に会うために。


「失礼します。四年、アルス・ランフォードです」


 すると奥から、肩まで伸ばした黒髪をたなびかせながらローグ・オーディンがやってくる。


「フン、どの面下げてここに来たって感じだなァ」

「…………」

「『懲罰』、の時間だ。ついてこい」

「……はい」


 ローグが踵を返して職員室から出ていくのを、その背中を追いかけるようにアルスは歩み出す。


 アルス・ランフォード、完全無欠の凡人、その秘密の一旦を担う、『懲罰』訓練が開始する。




 ◆




 翌日、四学年の教室にて。


「と、いうわけでアルス・ランフォード君はしばらく学校を休むことになりました」


 担任、ゲイリー・ベルクナーのまさかの一言に教室の一同は騒然とする。勘づいているものもいれば、戸惑っているものもいる。


「理由を聞かせてもらっていいですか?」


 セリーナはここぞとばかりに手を挙げ、ゲイリーを問いただすが、彼の表情は芳しくない。


「家庭の事情、だそうで」

「そんな訳無いでしょう。それに編入早々『例』の件では、あまりに可哀想です」

「残念ですが、私から答えられることはこれ以上ありません」

「…………」


 これに対する反応は様々だった。


 ヴァンは隣席のゲニングに対し眉をひそめながら問う。

 

「どう思う、ゲニング」

「どう思うも何も、ローグ先生が関わっているとしか思えんが」

「……ただ一つ言えることはあるよな」

「ああ」

「あいつはまた一段と強くなって帰ってくる」

「——まあ、大方リハビリといったところか」


 一方のファルニウスは意味ありげに笑みを浮かべ、何も口に出さない。

 カイルとフィーネは心配そうな表情を浮かべながら、何が起こったのか分からず戸惑っていた。


「皆さん、静粛に。アルス君のことが気になるのは充分わかりますが、私達がどうすることもできない領域なのです」


 担任教師でさえ口を挟めない領域、それが示す意味を、皆が思い至り、恐れ慄く。


 混乱の中、本日の朝のホームルームは終了した。




 ◆




「ついてこい、雑魚ォ」

「…………」


 そんな中、アルスはアークルード王国北方のダンジョン発生群へと赴いていた。王都アークから馬車で片道一週間程。

 北方地域は突発型のダンジョンが頻繁に発生する地域とされており、騎士の大半はこの北方地帯にて仕事に従事する。

 海洋を隔てて、ミドガルド大陸の中でも魔大陸に一番近いとされている地域である。そんな苛烈な場所で所詮一学生でしかないアルスが何をするかと言えば——


「ついてこい、遅いぞ、ノロマァ」

「……わかってますよ」


 ダンジョンアタック、である。

 本来なら現役の騎士を何人か用意して、さらにはヌシを討伐するのに数日かけるのがダンジョン攻略。


 それを一日で、幾つものダンジョンを攻略していくローグとアルス。もちろん、これによって莫大な経験を積めるが、それ以上にリスクが大きい。

 大陸最強とも言われるローグの戦力あってこそのなせる技。


「魔獣程度に手こずってんじゃねェ。一撃で仕留めろ」

「……っはい」


 ローグが魔獣を切り捌いていく中で、後方のアルスは彼が取りこぼした魔獣を一撃で葬り去っていく。


 本来、ダンジョン攻略はもっと慎重に行われるべきものである。北方地帯に王国民はほとんど住んでおらず、被害の拡大を恐れる心配もない。故に、現場の騎士の命を最優先、が鉄則なのだが。

 

「命を惜しむな、薄皮一枚差し出せ。限界まで負荷をかけてこそ意味がある」

「……ッ」


 アルスの頬を魔獣の爪が掠める。アルスは堪らず押し込むような形で剣を差し込み、魔獣の息の根を止める。


「そう、それだ。凡人のお前の価値のない命よりも、効率を重視しろ。俺からしてみればお前の命、一銭にもならんのだからな」


 ローグは剣を高速で捌きながら、アルスに指示を飛ばしていく。最近ではアルスもだいぶ慣れてきており、言葉を交わさずともローグの意思を汲み取れるようになってきた。


「いいか、騎士はどこまで行っても団体行動。社会に出てから必須とされるのはチームワーク。俺が何も言わずとも俺の意思を汲み取れ、そうすれば雑魚と組んでもそれなりの仕事にはなる」


 ローグの言葉を頭に徹底的に叩き込みながら、アルスは無心で魔獣を切り裂いていく。


 この際にもローグはダンジョン内の地図を頭の中で補完し、正確なマッピングを行なっていく。


「さ、今回のヌシがお出ましだぞ」


 ローグが指した先、そこには災厄の元凶、魔大陸からやってきた魔術師が佇んでいた。

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