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騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王立アークルード騎士学校
25/30

第25話 ぼろぼろになりながらも


「勝者、アルス・ランフォード」


 ファルニウスの裁定と共に、歓声が湧き上がる。針の穴を通したような一撃、カウンターにてアルス・ランフォードが、ヴァン・ガウニールを仕留めてみせた。その攻防はやはり誰にとっても息を呑むものであったようで、


「……やっぱり、アルスはすごいですね」

「うん……。でもヴァンもあそこまでアルスに肉薄したんだ。僕たちとは踏み込んでる領域が違うんだよ」

「こちらも頑張らないと、ですね」

「そうだね」


 カイルとフィーネは二人の姿を恍惚とした様子で見つめていた。やはり、友人が活躍するのは嬉しいものである。


 まさに死闘。お互いがお互いの百を出し切る、素晴らしい試合だったように思える。


「ねえ、セリーナもそう思うよね——ってあれ、いない」

「あの人のことなんてほっとけばいいですよ。想い人の応援程度、してあげればいいのに」

「ま、まあ。そう言わず……」


 セリーナ・ローレンスの姿はいつのまにか消えていた。とにもかくにも、カイルはフィーネを宥めながらも戦闘の余韻に浸っていた。




 ◆




(足が重い。頭がくらくらする……。あとほんの数秒でも遅れていたら、立場は逆だったかもしれないな)


 人気のない校舎裏。アルスは一人、よろよろの足をなんとか踏ん張りながらそこまで辿り着くと、膝から崩れ落ちてしまう。

 校舎に背中を預けながら、アルスはその場にへたり込んだ。


「うっぷ」


 アルスは、思わず吐きそうになるのをこらえて、手を口で抑える。手が震え、剣を持つ力さえ残っていない。


(あんな戦い方、愚策も愚策。半ば賭けに近いだろうが。結局、俺に力がないからああせざるを得なかったんだ。——俺は、弱い)


 この学校で作り上げたアルス・ランフォードという絶対的強者の虚像。それを維持するのはもはや限界に近かった。


 日夜に渡る学友の剣筋の研究、過酷なトレーニング、捻出できる時間はなるべく剣に当ててきた。それが、この程度のブランクでここまで衰えた。

 凡なる身にて、妥協は許されない。にも関わらず、自分は妥協してしまった。徹し続ける事ができなかった。


(こうして壁にぶち当たると、昔のことを思い出すな……)


 初め、落ちこぼれだったアルスはありとあらゆる手段で上に行くことを望んだ。先生や級友から教えを請い、何もかもを糧とした。


 そんな中で見つけたのが、敵の剣を観察し、対策する技術。

 面白いほど勝てた。相手の弱点を突くだけ。相手の嫌なことをするだけ。ああ、自分にも才能があるのかもしれない、勝てている間はそんな気の迷いさえ起こった。級友を下し、名門御三家を下し、果てにはファルニウス・セリオンまでも下した。


 だがそれも泡沫の夢に過ぎなかったのだ。

 普通の人間は、いずれその戦い方では限界が来る。わかっていたことだろうに。妥協できない人間だけが、その戦いを選べるのだ。


 ファルニウスに言われた言葉を思い浮かべてしまう。自分から『狂気』を取ったら何も残らない。


 アルスは肩を大きく使ってなんとか呼吸を整える。


(やばいな、限界だ……)


 意識は朦朧としてきており、頭にはもやがかかったようだった。

 思考はぼんやりし始め、堂々巡りのように自責の念に襲われる。


 そんな時だった。


「立て、小僧」

「!?」


 ふと視界に入ったのはローグ・オーディン。

 大陸『最強』の騎士であり、『師匠』でもある男。


「なんで、ここに……」

「情けねえったらありゃしねェなァ。あぁん?」


 アルスはローグに胸ぐらを掴み上げられ、無理矢理立たされる。


「見たんですね……今日の戦い」

「あんなもんを剣闘と呼びたくはねェな」

「……すみません」

「俺はあんな無様な剣を教えた覚えはねェよ」


 思わず反射的に、アルスはローグを睨み返す。


「勝てば……いいでしょう」

「もう一度あの戦い方で勝てるって確信があるならなァ」

「…………」


 アルスは押し黙るしかなかった。そもそも、己のスペックで受け一辺倒など無理があるのだ。悪かったところを指摘するなら、そもそもこの状況を招いた過去の自分の行い、である。


「お前が剣から逃げて、妥協したからこうなったンだよ。わかるかァ?」

「……わかってます」

「なら、これからお前が何すべきか、わかってるよなァ?」

「……わかってます」

「それでいい」


 ローグはアルスを突き飛ばす。アルスは情けない声を出しながら、その場に倒れ込む。


「分かってるなら言ってみろ。さあ、アルス・ランフォード。今のお前には何が足りない? 何が必要? 取捨選択しろ、お前の貧弱なスペックの中で出来ることだけを考えろ」

「……それは、」


 答えに戸惑っていると、ローグからみぞおちに蹴りが入る。


「あがっ」

「狂気、それしかないだろうがァ」


 何度も、腹を蹴られる。踏み潰される。

 紛うことなき体罰である。


「痛い……です」

「ンな当たり前なこと言ってどうする、ボケナス。雑魚は雑魚なりに限界まで負荷かけるんだよ。体に罰を染み込ませろ。しくじったら、お前をボッコボコにして分からせる。そうなりたくなかったら妥協するな」

「…………」


 そんなこと、わかっている。

 自分は凡人である。だからこそ妥協は許されない。

 天を掴むには、自分を傷つけ、痛めつけ、負荷をかけなければならない。

 ——答えなど、とっくに出ていた。


「俺に、教えてください。騎士とは、なんたるかを」


 どこまでも強さを求める、貪欲で狂気にまみれた漆黒の瞳がローグを睨みつける。その瞳を見て、ローグは不気味に笑うと、


「そうだ、それでいい」


 満足げな表情をした後、ローグは踵を返してその場を去っていく。去り際に、一つの言葉を残して。


「放課後、職員室で待っている。期待はするなよ、あくまで——懲罰の時間、だ」

「……ありがとう、ございます」

「フン」


 アルスはそのまま微かな笑みを浮かべながら、意識を飛ばした。歪な関係、されどアルスは強さを得られるのだから、この男から離れられない。

 



 ◆




 嫌な予感がしていた。いつだって彼は無理をする。

 自分の体の限界に気づかずに、無茶をして、傷だらけになって帰ってくる。


 セリーナは陰鬱になりながらも、アルスが去っていた先を追う。彼の顔を少しでいいから見せてほしい。

 彼が元気に笑っている表情を見せてくれるだけで、どんなに嬉しいことか——。


 セリーナは、人気のない校舎裏、そこにいるはずのない人影を見つけた。


(……やっぱり。でも、おかしい)


 そこには、全身痣だらけ、痛々しい姿のアルスが倒れ伏していた。

 セリーナが急いで駆け寄ると、彼が意識を失っていることに気づく。

 

(少なくともヴァンとの決闘の時にこんな傷はなかった。こんなこと、誰にされたの……)


 セリーナがアルスの顔を撫でるように触れると、アルスは閉じていた目をぴくりと動かして、その瞳を開ける。


「……ん、あ、セリーナか」

「な、なんでこんな姿になってんのよ!?」

「お前に言う必要はあるか?」

「ありよ、大ありよ」


 こんなひどい傷だらけの状態で、誰に知られるでもなく校舎裏で倒れ伏している状況はどう考えてもおかしい。


「誰にやられたのよ、これ」

「……言えない」

「はあ?」

「お前に無駄な心配はかけたくないんだ、分かってくれよ」

「そんなこと考えなくたっていいの! なんでアルスはいつもこんな目に遭わなきゃいけないわけ!?」

「……ローグ・オーディン」

「……ね、ねえ。それって」

「これだけ言えばわかっただろ。もうお前がどうこうする次元じゃないんだ。わざわざ『最強』が俺に時間を割いている意味、理解してくれ」

「…………」


 それだけ言うと、アルスはふらふらになりながらも立ち上がり、踵を返した。


「心配してくれてありがとう。それだけは、言っておく」

「……ッ」


 セリーナは何も言えず、その背中を見送るのみ。

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