第24話 狂気
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
ヴァンの苛烈な攻めに、アルスは受けに回らざるを得ない。
「どうしたァ!」
(焦るな……見極めろ、こいつの隙を)
アルスはここで一気に後傾の姿勢を取った。それは攻めを捨てたも同義。ヴァンはその様子を見て、不敵に笑う。
(こいつの対応力からして受けに回らざるを得ないんだろう、なら対応される前に屠るまで)
攻めるヴァンに受けるアルス、対照的な二人の剣に周りの生徒たちも息を呑む。何より、あのアルス・ランフォードが押されていると言う事実に皆驚きを隠せていなかった。
——ここで、周囲の人間はなんとも言えない違和感に襲われた。ヴァンが攻める、攻める、攻める。にも関わらずアルスが崩れる気配はない。
「……そういうことね」
ぽつりと呟いたセリーナの言葉に横で聞いていたカイルが反応する。
「そういうことって、どういうこと?」
「あいつ、後傾姿勢を取ったでしょ。本来ならあんな戦い方ありえないの。受け一辺倒では必ず限界が来る。ミスをする。だから普通の人間はああいう戦い方はしない」
「それじゃあまずいよ、負けちゃう」
「……あいつが自分から愚策を取るなんて思えない。何か裏があるのよ」
「じゃあ、アルスが不利に見えてたのは……」
「そう、多分、全部あいつの策略。アルスの強さを押し付けるための、時間稼ぎってこと」
「……!?」
カイルは思わずアルスの表情に目を凝らす。確かに辛そうな表情をしている。確かに歯を食いしばっている。けれども——
◆
アルス・ランフォードとヴァン・ガウニールの決闘騒ぎは当然、教師陣の元へと知らせが届く。
その様子を職員室の窓から心配そうに眺めていたのは、アルスら属する四学年担当教師、ゲイリー・ベルクナーであった。
(編入早々騒ぎを起こすとは……いやはや胃が痛い)
名門御三家のヴァン・ガウニール。彼にガウニール家からの圧力がかかっているのは知っての通り。だが悲しいことに、教師の一存ではそれを取っ払ってやることはできない。
ゲイリーは深くため息をこぼすと、視界に漆黒の長髪が目に入る。相対すはローグ・オーディン。慌てて腰を低くしながらゲイリーは気を使った。
人の住むミドガルド大陸『最強』の騎士がわざわざ王立学校に講師として立ち入っているのである。それ相応の態度を示さねば無作法というもの。
「ロ、ローグ先生も見てらっしゃったんですね」
「…………」
「やはり気になりますか、アルス君のこと」
「チッ、黙っとけ」
「は、はい」
そうは言いつつも、ローグは気が気でない様子で決闘の様子を見入っている。アークルード騎士学校に存在する『師弟』関係、その『弟子』の決闘となればやはり気が気でないのだろう。
ゲイリーとて同じ気持ちであった。三学年時、この学校を退学する前の憔悴しきったアルスの姿は記憶に新しい。教師としてうまく導いてやれなかったことは今でも悔いている。
「この戦い、どちらに転んでも厄介なことになりそうですね」
「……お前はあれを見てまだわからんかァ?」
「は、はあ。見るも何も、あそこからどう転ぶかはわからないですよ。ヴァン君は攻め一辺倒、アルス君はそれに応じるようにとにかく受け主体。あの後傾姿勢じゃカウンターもやりづらそうですが、それが吉と出るか凶と出るかは——」
「ンなんだからお前は教師なんだよ。最後まで騎士として成りきれなかったゴミ以下がァ」
「そ、そこまで言わなくとも」
「るっせェ、黙って見とけ」
「…………」
ローグの覇気に押され、ゲイリーは口を閉じる。
彼がそこまで言うのなら、きっとこの闘いには何かあるのだろう、己が未熟なために気づくことはできないが——
「……な、るほど」
アルス・ランフォードの異様なまでの後傾姿勢。そこから紐解ける何かが、あった。
◆
(いつまで続ける気だ、このやり取りを……!)
ヴァン・ガウニールは内心吐き捨てる。
幾ら攻めてもアルスの表情が大きく崩れることはない。その事がヴァンをどうしようもなく苛立たせる。
つまるところ、アルスが狙っているのは体力勝負。
だがそんなこと、普通は起こりえないのだ。
敵の攻撃を受け続けるなど、攻めるなどより相当な体力を消費するはず。さらにはそれ相応の技術も求められる。受け手は攻め手より思考を必要とする。先読みする必要がある。その分の疲労が蓄積されるはずなのだ。にも関わらず——
(どこから来るんだ、その無尽蔵の体力は……!)
——ふいに、思い至る。
今日の剣闘での講義、ヴァンは後方集団で走りながらその姿を見ていたではないか。アルス・ランフォードの無尽蔵の体力を。
(ま、まさか。いや、それとこれは別。いくら体力勝負に持ち込んだとこで、こいつの反射神経は並の域を出ない、どこかで取りこぼす、絶対……!)
「見えた」
「……ッ!?」
そこでヴァンは、はたと気づく。
攻め続ける疲労によって、無意識に『楽な斬り方』を選んでしまった。いつも通りの踏み込みに、いつも通りの角度。いつも通りの力加減で——
「シィッ」
剣が弾かれる。
ガキン、と音を鳴らし、ヴァンの剣は宙を舞う。
——飲み込まれる、そう思った。
アルスの瞳に、ごうごうと渇望の炎が渦巻いているのを見た。力を欲し、勝利を欲し、頂を欲する。散々見てきた、アルスの恐ろしさまでの強さへの執着。どこまでも深淵へと続くような、漆黒の瞳があった。
(俺は、とっくに負けていたのか。勝負が始まる前から——)
御三家だからやらなければならない。優秀であることを示さねばならない。今までのヴァン・ガウニールの行動は義務感からくるものであった。
では、アルス・ランフォードは何を原動力にここまでする?
異常な努力への執着、弛まぬ研鑽。どれをとってもおかしいのだ。凡なる身にて何がここまでそうさせるのか。
狂気。
としか言えまい。
ヴァンは尻もちをつきながら、アルスの顔を見上げる。彼はおおよそ少年とは思えない覇気を放ちながら、凛と立っていた。
自分にとっては死闘のように思えた。
永遠かと勘違いするほどの長い時間だった。
にも関わらず、彼は平然と立っている。
「は、はは……」
思わず乾いた笑いが出る。
——が、すぐに視界に入ってきたのは、アルスの苦しそうな表情、そしてぜえぜえと肩で息を吐く姿。立っているのも限界、そんな様子だった。
己は気持ちで負けたのだ。
「悪いな、ヴァン・ガウニール。この勝負——俺の勝ちだ」
アルスは嗤いながら、剣を空高く突き上げた。