表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士よ、再び剣を取れ  作者: 鶏のささみ
王立アークルード騎士学校
24/33

第24話 狂気

 剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

 ヴァンの苛烈な攻めに、アルスは受けに回らざるを得ない。


「どうしたァ!」

(焦るな……見極めろ、こいつの隙を)


 アルスはここで一気に後傾の姿勢を取った。それは攻めを捨てたも同義。ヴァンはその様子を見て、不敵に笑う。


(こいつの対応力からして受けに回らざるを得ないんだろう、なら対応される前に屠るまで)


 攻めるヴァンに受けるアルス、対照的な二人の剣に周りの生徒たちも息を呑む。何より、あのアルス・ランフォードが押されていると言う事実に皆驚きを隠せていなかった。


 ——ここで、周囲の人間はなんとも言えない違和感に襲われた。ヴァンが攻める、攻める、攻める。にも関わらずアルスが崩れる気配はない。


「……そういうことね」


 ぽつりと呟いたセリーナの言葉に横で聞いていたカイルが反応する。


「そういうことって、どういうこと?」

「あいつ、後傾姿勢を取ったでしょ。本来ならあんな戦い方ありえないの。受け一辺倒では必ず限界が来る。ミスをする。だから普通の人間はああいう戦い方はしない」

「それじゃあまずいよ、負けちゃう」

「……あいつが自分から愚策を取るなんて思えない。何か裏があるのよ」

「じゃあ、アルスが不利に見えてたのは……」

「そう、多分、全部あいつの策略。アルスの強さを押し付けるための、時間稼ぎってこと」

「……!?」


 カイルは思わずアルスの表情に目を凝らす。確かに辛そうな表情をしている。確かに歯を食いしばっている。けれども——




 ◆




 アルス・ランフォードとヴァン・ガウニールの決闘騒ぎは当然、教師陣の元へと知らせが届く。

 その様子を職員室の窓から心配そうに眺めていたのは、アルスら属する四学年担当教師、ゲイリー・ベルクナーであった。


(編入早々騒ぎを起こすとは……いやはや胃が痛い)


 名門御三家のヴァン・ガウニール。彼にガウニール家からの圧力がかかっているのは知っての通り。だが悲しいことに、教師の一存ではそれを取っ払ってやることはできない。


 ゲイリーは深くため息をこぼすと、視界に漆黒の長髪が目に入る。相対すはローグ・オーディン。慌てて腰を低くしながらゲイリーは気を使った。

 人の住むミドガルド大陸『最強』の騎士がわざわざ王立学校に講師として立ち入っているのである。それ相応の態度を示さねば無作法というもの。


「ロ、ローグ先生も見てらっしゃったんですね」

「…………」

「やはり気になりますか、アルス君のこと」

「チッ、黙っとけ」

「は、はい」


 そうは言いつつも、ローグは気が気でない様子で決闘の様子を見入っている。アークルード騎士学校に存在する『師弟』関係、その『弟子』の決闘となればやはり気が気でないのだろう。


 ゲイリーとて同じ気持ちであった。三学年時、この学校を退学する前の憔悴しきったアルスの姿は記憶に新しい。教師としてうまく導いてやれなかったことは今でも悔いている。


「この戦い、どちらに転んでも厄介なことになりそうですね」

「……お前はあれを見てまだわからんかァ?」

「は、はあ。見るも何も、あそこからどう転ぶかはわからないですよ。ヴァン君は攻め一辺倒、アルス君はそれに応じるようにとにかく受け主体。あの後傾姿勢じゃカウンターもやりづらそうですが、それが吉と出るか凶と出るかは——」

「ンなんだからお前は教師なんだよ。最後まで騎士として成りきれなかったゴミ以下がァ」

「そ、そこまで言わなくとも」

「るっせェ、黙って見とけ」

「…………」


 ローグの覇気に押され、ゲイリーは口を閉じる。

 彼がそこまで言うのなら、きっとこの闘いには何かあるのだろう、己が未熟なために気づくことはできないが——


「……な、るほど」


 アルス・ランフォードの異様なまでの後傾姿勢。そこから紐解ける何かが、あった。





 ◆




(いつまで続ける気だ、このやり取りを……!)


 ヴァン・ガウニールは内心吐き捨てる。

 幾ら攻めてもアルスの表情が大きく崩れることはない。その事がヴァンをどうしようもなく苛立たせる。


 つまるところ、アルスが狙っているのは体力勝負。


 だがそんなこと、普通は起こりえないのだ。

 敵の攻撃を受け続けるなど、攻めるなどより相当な体力を消費するはず。さらにはそれ相応の技術も求められる。受け手は攻め手より思考を必要とする。先読みする必要がある。その分の疲労が蓄積されるはずなのだ。にも関わらず——


(どこから来るんだ、その無尽蔵の体力は……!)


 ——ふいに、思い至る。

 今日の剣闘での講義、ヴァンは後方集団で走りながらその姿を見ていたではないか。アルス・ランフォードの無尽蔵の体力を。


(ま、まさか。いや、それとこれは別。いくら体力勝負に持ち込んだとこで、こいつの反射神経は並の域を出ない、どこかで取りこぼす、絶対……!)


()()()

「……ッ!?」


 そこでヴァンは、はたと気づく。

 攻め続ける疲労によって、無意識に『楽な斬り方』を選んでしまった。いつも通りの踏み込みに、いつも通りの角度。いつも通りの力加減で——


「シィッ」


 剣が弾かれる。

 ガキン、と音を鳴らし、ヴァンの剣は宙を舞う。


 ——飲み込まれる、そう思った。


 アルスの瞳に、ごうごうと渇望の炎が渦巻いているのを見た。力を欲し、勝利を欲し、頂を欲する。散々見てきた、アルスの恐ろしさまでの強さへの執着。どこまでも深淵へと続くような、漆黒の瞳があった。


(俺は、とっくに負けていたのか。勝負が始まる前から——)


 御三家だからやらなければならない。優秀であることを示さねばならない。今までのヴァン・ガウニールの行動は義務感からくるものであった。


 では、アルス・ランフォードは何を原動力にここまでする?


 異常な努力への執着、弛まぬ研鑽。どれをとってもおかしいのだ。凡なる身にて何がここまでそうさせるのか。


 狂気。

 

 としか言えまい。


 ヴァンは尻もちをつきながら、アルスの顔を見上げる。彼はおおよそ少年とは思えない覇気を放ちながら、凛と立っていた。


 自分にとっては死闘のように思えた。

 永遠かと勘違いするほどの長い時間だった。

 にも関わらず、彼は平然と立っている。


「は、はは……」


 思わず乾いた笑いが出る。


 ——が、すぐに視界に入ってきたのは、アルスの苦しそうな表情、そしてぜえぜえと肩で息を吐く姿。立っているのも限界、そんな様子だった。


 己は気持ちで負けたのだ。


「悪いな、ヴァン・ガウニール。この勝負——俺の勝ちだ」


 アルスは嗤いながら、剣を空高く突き上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ