第23話 己の道を往く
序列戦。それは同学年の生徒同士で決闘を行い、どちらが上に立つのかを決める戦いである。
「悪く思うなよ、アルス・ランフォードォ」
「……簡単に勝てると思うなよ」
決闘は昼休み、校庭にて行われていた。立会人はまさかのファルニウスが手を上げた。
一度は退学となったものの、編入し再びこの地に帰ってきたアルス・ランフォード、そして名門御三家、ガウニール家のヴァン・ガウニール。誰もがその決着の行方を見守ろうとしていた。
ヴァンの序列は三位。アルスはここに勝てば一気にひとっ飛びで序列三位、晴れて上位層の仲間入りとなる。
「ヴァン、お前が家がらみで苦労しているのは知っている。だからと言ってここまで事を急ぐ理由はあったのか?」
「……っるせえ。今やらなきゃいつお前を倒せる? 衰えてんだろ、まだ鈍ってんだろ、なら今しかねえ」
(さすがにブランクは見透かされている、か)
「お前からしたら心底くだらねえ意地の張り合いだろうな、そんでも名門御三家は強くあらなきゃならねえんだ。序列で示さなきゃなんねえんだ」
ガウニール家という、ある意味呪い。誰よりも優秀でなければならない。力を示さねばならない。その矜持が、ここまで三家を繁栄させてきたのだから。
そんなヴァンは、苦しげに目を細めながら訴えかけてくる。
「ファルニウスはまだわかる。だがお前はどうだ? アルス・ランフォードは努力を重ねて見事名門御三家を打ち倒せるようになりました、そんな綺麗事が通用するとでも? あるのは、入学当初落ちこぼれだった田舎者のお前に、名門御三家が惨めにも敗れた、その事実だけなんだよ」
「…………」
「俺がここでお前を倒す。そしたら誰にも邪魔されねえ。——俺は俺の道を往くんだ!」
ヴァンが吠える。ガウニール家という鎖に縛られながらも、懸命に吠える。自らの自由を欲すように、自らの道を示すように。
「……受けて立とう」
一方のアルスの瞳からは、ごうごうと漆黒の炎が漏れる。それは、果てなき、渇いた、強さへの欲望。
そのまま正眼に剣を構えた。染み付いた体の動きをイメージする。決して間違えは、しない。積み重ねられた、凡の頂。
「両者、向き合って。よーい」
ファルニウスが声を張り上げ、手を挙げる。
その黄金の瞳は、輝きに満ちていた。その貌は、笑顔に満ちていた。
ファルニウスは予感していたから。この戦い、勝った方が己の首元に届く。ならば、見届けるまで。
「どん」
剣と剣が、交錯す。
◆
アルスとヴァンの戦いを見届けに、多くの生徒が校庭に集まっていた。あのアルス・ランフォードと名門御三家、序列三位のヴァン・ガウニールとの決闘である。皆、その行く末を見守っていた。
かくいうカイルとフィーネ、そしてセリーナもその輪に入り、じっとその戦いに見入っていた。
「今日知り合った子、そんなにすごい人だったんだ」
セリーナから名門御三家の情報を知り、驚愕の様子のカイル。剣闘の授業で偶然話しかけられ、偶然組み手となった相手がこれなのだから、驚くのも仕方なし。
「それをいうなら、私も、ね」
すかさずセリーナがカイルに指を指しながら、指摘してくる。
そう、この女、舐められがちだが名門御三家のご令嬢である。ずい、と顔を近づけながら言ってくるので、カイルはその美貌にどぎまぎして思わず目を逸らした。
「あ、あはは……」
苦笑を漏らすカイルを他所に、フィーネはセリーナに訝しげな目線を向けながら口を尖らす。
「意外です。あなた、そういうことを誇示するの、嫌いなタイプだと思っていました」
「……教えてあげてるのよ。人の身分も知らずに、のうのうと人のテリトリーに入ってくるバカは散々見てきたから」
「それってアルスのことですか?」
「……っさいわね」
「何を聞かされてるんでしょうか、はあ」
そんなやり取りをしつつ、三人ともとりあえずはアルスの勝利を祈る。なんだかんだで関係性を構築しつつある三人であった。
◆
(……こいつ、なかなか!)
激しい剣戟の中、アルスは驚愕に目を見開く。驚くべきはその苛烈な攻め。縦横無尽な攻撃がアルスを襲う。アルスは防御に徹する他なかった。
だが、間違えない。アルスとて防御には自信がある。経験から来る勘には頼らない。学習するのだ、一挙手一投足を。
重ねて言うが、アルス・ランフォードは『才能』を持ち得ない。小柄で華奢な肉体。反射神経も動体視力も決して優れているとは言えない。
ではなぜここまで剣の実力を伸ばしたのか。もちろん『師匠』であるローグ・オーディンの教えも大きかったが、それ以上に、こと序列戦においてはアルスの学習能力が大きかった。
目で見て、盗む。徹底的に相手の癖を観察する。そこから導き出される計算結果を持って、相手を徹底的に追い詰める。——それこそが、アルス・ランフォードの名をここまで知らしめた、いわば虚像の姿である。
「どうした、アルス・ランフォードォ! ファルニウスの言う通り、衰えてんだろ! そんな甘えた意気込みで勝てるほど御三家はヤワじゃねえぞ!」
「……クッソ」
だが、アルスのブランクがそうはさせてくれない。
セリーナ・ローレンスも、ファルニウス・セリオンも、長く戦い研究した間柄であった。セリーナに圧勝し、ファルニウスと肉薄した戦いを演じれたのも、それが大きい。だが、ヴァン・ガウニールは違う。
(こいつ、俺が居ない間に、何があった!?)
ヴァンの剣が、狂犬の如くアルスの心を噛みちぎる。わからない。対策が練れない。故の防御、受けの姿勢。しかしそれは——
「バレてるぜえ! アルス! 所詮お前の強さはハリボテ! お前の異常な努力、ずっと見てきた俺は全部知ってる。だからこそわかるんだよ、お前の弱点がなあ!」
(黙れ。黙れ、黙れ。名門御三家の甘い汁を吸ってきた分際で、散々才能に恵まれた分際で、俺の努力の何がわかる!? お前は恵まれていながら一度俺に負けた! だったら勝てるはずなんだ、見つけろ、こいつの『隙』を……!)
思わず感情的になって、思考が逡巡するも根本的な解決には至らない。
受ける、受ける、受ける。とにかく受ける。わからない故防御に手を回すしかない。
そんなアルスの様子に周囲も段々ざわめいていく。
あのアルス・ランフォードが劣勢、ということに。
「嘘、ですよね」
「そんなわけないよ、アルスは強い。僕たちは知ってる」
そこには、カイルとフィーネの会話を唇を噛みながら必死に聞き流すセリーナの姿があった。
(あいつは誰よりも努力してきた。私が一番知ってる。だけど、あいつの強さの本質は、今この場じゃ発揮できない……)
アルスにはその強さの性質ゆえ、弱点がある。
——アドリブに対応できないのだ。
退魔の騎士としてはあまりにも致命的。だからこそ、『最強』と謳われるローグ・オーディンの教えを受けることとなった。アルスが彼に何を教わったのかは知らないが、ダンジョン攻略において彼がその弱点を晒すことはない。
しかし対人、しかも期間を空けていたとなれば話は別。相手の戦い方に変化が生じれば対応に時間がかかる。そこを今、アルスは突かれているのだ。
セリーナは拳を握りながら、戦いの行く末を見守ることしかできない。