第22話 いざ、学校生活
新学期に入り、ついに王立アークルード騎士学校の講義が始まった。誰もがアルス・ランフォードに注目する中だが、もちろん他二人にも少なからずの視線は集まっている。
「さてこの頃、ダンジョンの調査を通じて発展が凄まじい魔術学だが——」
一番の問題は座学である。騎士とて教養を身につけなければいけない時代、座学も進級に大いに関わってくるのだが、学業から離れていたアルスと、そもそも田舎出身で学業に触れる機会のなかったカイルは見事に初っ端からコケてしまう。
「やばいどうしよう、全然ついていけてない」
「四学年からの編入だからそりゃ当然。騎士学校に入る前師匠からは教わらなかったのか?」
「一応は……。僕の師匠はたまたま村をダンジョンから救いにやってきた人でね。なんとか基礎は叩き込んでもらったはずなんだけどなあ」
「こりゃ二人揃って補講だな」
「アルスも一緒ならまあいっか」
「よくねえよ……」
一方のフィーネは流石名門。家庭教師もついているのでそつなくこなしていた。
(あの二人、何やってるんですか……はあ)
◆
次は実技の剣闘の授業。
四学年ということもあり、実戦ベースのカリキュラムである。
「まずは校庭の外周を全力ダッシュ、それが終わればこちら側で成績を考慮した二人一組になって打ち合ってもらう。はい、始めェ」
担当講師の一括と共に、生徒一同全力の走り込み。
「はあ、はあ」
「あ、カイルじゃん。周回遅れだね」
ひらりと手を振りながら颯爽と駆けて行くファルニウス。
カイルはその後ろ姿をぜえぜえと息を吐きながら見送ることしかできなかった。積み重ねられた『基礎』が違うのだ。そして当然、『基礎』の積み重ねといえば——
(さすがに衰えてるが、努力すりゃ誰でもある程度出来る分野。ここであいつに負ける訳にはいかねえ)
そう、アルス・ランフォードである。全速力の猛ダッシュ。鈍った自分へ負荷をかける意味合いも兼ねてどんどん加速して行く。当然、カイルは抜かされ、周回遅れとなる。
(あの二人、おかしいよ……)
周りも概ね同意見。カイルは最後尾集団ながらもなんとか喰らい付いていたが、周りの二人を見る目は人でないものを見るような目だった。諦めにも近い、何か。
しかし前方の集団の瞳は違ったのだ。まだ、諦めていない。圧倒的な差をつけられようと、それでも負けじと走り込む。
(そっか、僕も諦めかけてた。でも多分、それじゃダメだ。ここで諦めないことが、前集団と後ろ集団の差……)
カイルは息も絶え絶えになりながらなんとか足のペースを早めていく。
「お、君、編入生?」
「あ、……うん」
懸命に走っていると横から声をかけられる。
野生的な風貌が印象的な青年だった。
「お前、編入生だろ? 俺、ヴァン・ガウニールな。そっちは?」
「僕、カイル・セルウィン……。よろしく」
「おう、よろしく。自己紹介ついでに教えてやるが、頑張ってるとこ悪りぃけど、あんま本気出しすぎない方がいいぜ。結局本番はこの後なんだから」
「で、でも」
「わかってるって。お前、アルスと仲良いんだろ? だから追いつきたい、共に並びたい。その気持ちはわかる。でもあの化け物に喰らい付いていける奴なんてここには数えるほどしかいねえ。お前はまだそのレベルじゃねえんだ」
「そう、なのかな……」
「初対面で言う話でもなかったか? まあでも、アルス・ランフォードを見くびらない方がいい。あいつはお前が思っている以上に、やべえ」
そう言ってみせると、ヴァンは周囲の様子などどこ吹く風といった様子でペースを乱すことなく走っている。
(で、でも頑張らないと……)
カイルはぶんぶんと頭を振り、邪念を追い払うようにして彼を追い抜いていった。
そうしてウォーミングアップの走り込みが終わると、本格的に剣闘の講義が始まった。
周りの視線は、より編入生の三人へと向けられることとなる。何せここからが本番なのだから。名門の王立学校がわざわざ編入枠を使って生徒を囲んだ意味、その実力は誰もが気になっている様子だった。
勿論一番の注目の的はアルス・ランフォード。二人一組の相手はファルニウス・セリオン。編入生早々序列一位が組み手である。
「相変わらず衰えている。早く戻ってこい、アルス」
「……チッ」
アルスとファルニウスは、数回剣を交えた後に会話していた。ファルニウスは普段の奔放な様子からは打って変わって冷めた目つきをしている。
「お前が剣で妥協したら何が残る? 名門御三家のような血筋もなければ、俺のような才能もない。そんなていたらくで結果を残せるとでも?」
「…………」
アルスは目を伏せる。返す言葉がなかった。
しかし、そのやりとりを見つめる周囲の様子はまた違ったものであった。
皆、圧倒されていた。ファルニウスとアルスのレベルの違う剣戟に。付け入る隙すらなかった。しかも、ただでさえ本気のファルニウスとまともに勝負になっている時点ですごいのに、ファルニウスからして見れば衰えていると言ってみせたのだから舌を巻くしかない。次元が違う、と言うしかない。
「な、言ったろ。あいつらはレベルがちげえ。まともに目指す領域じゃねえんだわ」
二人の様子を見ていたヴァンはカイルに説いてみせる。彼らもまた、組み手同士。
「た、確かにそうだけどハナから諦めるのは違うんじゃないのかな……」
「それは俺にボコボコにされといて言えるセリフじゃねえだろ」
「あ、あはは……」
カイルの結果はまあ悲惨なものであった。才能ありとは言ってもまだまだ発展途上の身。流石に序列三位の名門御三家、ガウニール家の御令息とやり合うにいささか実践経験が足りなすぎた。
「ま、お前に光るものがあるのは否定しねえがな。反応速度はいい。上位層との実践経験積めばそれなりにはなるだろ」
「あ、ありがとう……」
カイルは素直に感謝するが、言ってしまえばこんなアドバイスを受けた時点で格下認定されたものだ。彼もプライドがないわけではない。内心に消化しきれない心のもやを抱えながら、拳を握りしめる。
その様子を見て、ヴァンは眉を下げ苦笑した。
「は、これで諦めねえってか。……せいぜい俺も足掻いてみるとしますかねえ」
「……?」
「いいって、こっちの話。ただの独り言さ」
「よ、よくわからないけどお互い頑張ろうね!」
「……そうだな」
そう言うヴァンの姿は、どこか遠くを見つめていた。権力には対価がいる。名門御三家、その重りは、少年一人が背負うには少々荷が重い。
ところ変わって、フィーネ・モードレットの二人一組の相手はセリーナ・ローレンスであった。
「今度は私の勝ち、ですね」
「うっさいわね、たまたま勝ったぐらいで調子乗らないでよ」
「ふん。それでも勝ちは勝ちです」
「こんのぉ」
仲が良いんだか悪いんだか。仮にもルームメイトなのだからもう少しまともな関係を築いたらいいのに、というのは禁句である。
とはいえ、そのやり取りの様子を見る周りの生徒は肝が冷える思いであった。名門御三家のローレンス家令嬢、セリーナにあそこまで露骨に反抗的な態度を取るものなど今までいなかった。
彼女とアルス・ランフォードが親しいらしい、という噂が広まることはあっても、結局それは彼がバックボーンの持たない田舎者だからこそ見ないフリをされていただけのこと。モードレット家と言えばそれなりに名の知れた名家であることはある程度の教養があれば知っている。
下手をすればお家騒動にすらなりかねないぞ、と。
ある意味別の意味で、フィーネは他の生徒の興味を惹くことになってしまった。
◆
さて、色々ありながらも午前中の授業を終えたアルスとカイルの二人は食堂で腹を満たしていた。ちなみにフィーネは家のコネクションを使ったのか、既にある程度人間関係を構築していた。恐るべしコミュ力、である。
言ってしまえば、彼らは傷の舐め合いのような関係性である。カイルは田舎者ゆえなかなか友達ができず、アルスは旧友との気まずさから人間関係の構築に難儀していた。
「だめだ、ついていける気がしない」
「そりゃ、王国トップの名門校だから。死に物狂いで追いつかねえと喰われるぞ」
「アルスは良いよね、実技方面では優秀でさ……」
言いかけてカイルはその口を慌てて塞ぐ。アルスにその話をするのは禁句である。いくら隔絶した実力があろうと、そこに血の滲むような努力があることはこちらも承知。カイルが恐る恐るアルスの顔を覗けば——取り繕ったような表情のアルスがいた。
「……気にすんな。慣れてるからさ、そういうのは」
「ご、ごめん」
一抹の気まずさを覚え、二人の間に静寂が訪れる。
そんな様子を見計らってか、一人の男がアルスに声をかけた。
「よう、アルス。元気してたか?」
「……何の用だ」
「こいつをお見舞いしてやれば、わかってくれるかね?」
声の主はヴァン・ガウニール。彼は飄々とした様子で、アルスの頭にハンカチーフを被せてみせる。それがもたらす意味は——序列戦の申し込み、である。
「へえ、編入早々決闘、ね」
「こっちからしてみれば、逆だよ。編入してすぐだからこそ、だ」
辺りからは驚愕の声が広がる。名門御三家のガウニール家の令息が決闘を申し込んだと言うことはすなわち。
「……御三家も難儀なこった」
「へ、悪かったな。ちょっとぐらい付き合ってくれよ大人のおままごとに、な」
「手は抜かないぞ」
「そりゃ勿論。真剣勝負といこう」