第21話 名門御三家
学生間の噂とは存外伝わりが早いもので、新学期早々、ある噂がアルスの所属する学年に広がった。
『あのアルス・ランフォードが帰ってきたらしい』
校内はもっぱらその話題で持ちきりである。
ファルニウス・セリオンに阻まれるまで、一度は天を掴みかけた騎士学生。それが一旦ここを離れたとはいえ戻ってきたのだ。学年中にその衝撃が走っていた。
「おいおい、本当にあのアルス・ランフォードなのかよ、同姓同名の別人だったりしねえよな」
「ふん、知らんよ」
「あーあ、あの野郎がいなくなって『名門御三家』も安泰ってとこだったのに、なんだかきな臭くなってきたなあ」
「嫌味か?」
「ローレンス家、ガウニール家、エルヴィ家。各々が面子のために子供使って凌ぎ合わせてる最中に出てきたのがファルニウス・セリオンとアルス・ランフォードだろ。あいつらの強さはブッ飛んでる。あーあ、うちの父さんも今頃気分悪りィだろうな」
「俺はくだらない家同士のしがらみなんぞ気にしないが」
「てめえは気にしてなくともお前の親はどう見る。結局、子供は親が居なけりゃ自力で歩むことすらままならんのさ」
「…………」
友人の言葉に言い返すことができず、男は何も言えずに黙ったまま唇を噛み締めた。
アークルード王国には『名門御三家』と呼ばれる騎士の家系が存在する。
お馴染みの美少女、セリーナ・ローレンスを擁するローレンス家、そしてガウニール家とエルヴィ家。
三家はそれぞれ、表向きは協力しその地位を高めながらも、その実裏では子供を使い、派閥争いや権力闘争に精を出してきた。
その状況をめちゃくちゃにしたのが、神に愛されし少年、『神剣』のファルニウス・セリオンに、アルス・ランフォードである。
アルス在学当時の序列はファルニウスとアルスのワンツーフィニッシュ。名門の面子丸潰れである。
そんなアルス・ランフォードが帰ってきたのだからさあ大変。学内の序列も当然変動するし、派閥同士の軋轢も複雑なものとなる。この状況、子供達はどうみるか——。
「俺はさ、まだチャンスあると思ってんだよな」
そう切り出したのはヴァン・ガウニール。現在の序列は三位。野生味溢れる好青年である。
「——というと?」
聞き返したのはゲニング・エルヴィ。現在の序列はファルニウスに次ぐ二位。整った顔立ちを持つ美青年。学内では彼を慕う女子生徒の名が後をたたないとか。
「要は、アルス・ランフォードは剣を置いてたわけだ。少なからずブランクがあるんだよ。今は本調子じゃねえ」
「……そうだろうな。あいつは退学間際、憔悴しきっていた。まるで何かに取り憑かれたように」
「ならその間に決闘でもなんでもしちまえばいい。そしたら親父達からぐちぐち言われることもなくなる」
「あまり気の乗る話ではないな」
「でも、やるしかねえだろ。子供一人で解決する問題でもねえんだよ……」
「——お前は、アルスのこと友人だとは思っていないのか?」
「思ってるさ。でも、それとこれとは話が別だ」
ヴァン・ガウニールはそう言うと、チッと舌打ちをする。
貴族のしがらみとはそういうものなのだ。いくら表で仲良くしようが、『家』に言われたら逆らえない。
ヴァン・ガウニールとゲニング・エルヴィ。彼らのこうした友情も薄氷の上に成り立っているにすぎない。
◆
「なんであんたが同室なわけ!?」
「知りませんよ。こっちだって願い下げです」
アークルード騎士学校の女子寮のとある一室。
セリーナ・ローレンスとフィーネ・モードレットは激しく睨み合っていた。
ローレンス家といえば名門御三家に連なる一大貴族。同室すら憚られる女子も多く、結果として寮の一室を独り占めできていたセリーナであったが、編入生がやってきたとなれば仕方なし。丁度一名分空いていたとなればそこにフィーネがやってくることになるわけで——。
「はあ、せっかく私が部屋を独り占めしてたのに」
「名門の血に盾付き、そのようなことをするのは好ましくありませんね」
「たまたまそうなってただけよ? みんな恐れ多くて私と一緒の部屋になりたがらないのよ」
「はあ」
「悪かったわね、嫌われ者で」
セリーナは口ではそう言うが、実際はそうでもない。高嶺の花、という奴である。
それに、ローレンス家の令嬢と何かトラブルになった、とでもなれば貴族社会での風当たりは強くなる。“大人の事情”で、話したくても話しかけられない者が生徒の中には大勢いるのだ。
『セリーナ・ローレンスには手を出すな、その美貌を見るだけに留めておけ』
彼女の話題をだせば男女問わず次々と口に出されるのがこれである。
そんな彼女と関われるのは、バックボーンなど何も持たない田舎者か、こうしてやってきた何も知らぬ編入生くらい。
「もう、しょうがないわね。私が学校案内してあげるから。困ってアルスのところに泣きつかれても困るし」
「それはありがたいですが……前から思っていたんですけど、あなたとアルスってどういう関係なんですか?」
(あーもう、なんでアルスには羽虫ばっか寄ってくるわけ? あいつ田舎者なのよ? 普通は名門ならそういう男は避けるでしょうが)
「……何か考え事でも?」
「——いや、あいつは、」
フィーネが問うと、セリーナは目を逸らし、口をごもごもさせながら答えた。
「ローレンス家なんて立場、関係なく私のことを見てくれるのよ。……だから、気を抜ける、というか」
「そう、ですか」
フィーネからすると、圧倒的強者、背中を追い、憧れるもの、というのがアルス評である。同年代の女子からの、別視点からの意外な評価を受けて、素直に感心していた。
「ほら、ついてきなさい。私が案内してあげるから」
「……ありがとうございます」
(アルスは、彼女のなんだかんだ言って優しい部分に惹かれているのでしょうか。——はあ、女の見る目がなくて心配になりますよ)
内心、失礼な物言いで愚痴るフィーネであったが、とはいえこの学校について知らなくてはいけないことも承知している。渋々彼女の提案に乗ることにしたのだった。
◆
「は、はくしゅん」
「アルスがくしゃみなんて珍しいね、新鮮」
「う、うるさい」
「ええ、そんな照れなくてもいいのに」
散々失礼な評価を下されているとは露知らず、アルスはカイルとファルニウスの学校探検に付き合わされていた。
「ここは図書室。慎ましいおっぱいを拝める」
「本を読むところ、な」
「小さいおっぱいも愛せよ、アルス」
「そういう話じゃない」
「ファルニウス君は天才肌というか、変わってるね……」
「ここは食堂。ビュッフェ形式。健康的な味付けだが、意外と美味しい。あと、いろんな人がくるからいろんなおっぱいを拝める」
「いい加減にしてくれ」
「あ、あはは……」
「ここは校庭。剣闘の授業なんかもここでする。ちなみに持久走の授業の時のおっぱいの揺れがおすすめ」
「「…………」」
両者、呆れてもはや言葉すら出ない。この天才、はっきり言って無茶苦茶すぎる。天才は大抵どこかがおかしいと言われればそれまでなのだが。
「あ、『神剣』のファルニウス君だー!」
「ん、どうも」
こんなやりとりをしていながら女子生徒からそこそこ人気なのが解せない。白髪、黄金の双眸、中性的な顔立ち。いや、確かにモテる要素はあるのだが、だからといってこのおっぱい星人が女子にウケるなど、二人は考えたくもなかった。
「さ、まだまだいくよー」